【KAC202211】悪魔の交換日記~悪魔が優しく応援してくる~

タカナシ

「悪魔的交換日記」

 4:44に合わせ鏡をした間に日記を置いておくと、悪魔から日記に返信があり交換日記がスタートする。


 そんな都市伝説が深夜のテレビに流れる。


「あ~、明日も朝6時からか。もう寝ないと」


 飯野いいのシンは、世間一般ではブラック企業というところに勤め、なんとか3年目を迎えていた。

 しかし、そろそろ体は限界とでもいうように、帰ってきてからぼぉーっとする時間が増えた。


 本当なら少しでも寝る時間を確保した方が正しいのだが、そういったことすら思考が回らずにいた。


「あぁ、日記、今日の分……」


 ずっと習慣になっている日記。最近はスマホで打つことができるので、随分と楽になったと感じながら、スマホに、


『今日もきつかった。3年目で身だしなみで怒られた。今までは良くて今日ダメだったのは何故だ? やはり上司が代わったのが悪い。深夜までやっているディスカウントストアで姿見を購入』


 ここ最近は毎日こんな感じの愚痴日記で、ほぼ日記とすら呼べないようなものであった。


 もともと玄関には下駄箱の上に小さな鏡があり、それで身だしなみを一応整えていたのだが、シャツにシワがついているやら、ズボンの丈が変だとか、全身ダメ出しを受けた為、姿見を購入し、今は乱雑に玄関に置かれ、もともとの鏡と向かい合っている。


「あぁ、電気と鍵……」


 シンは玄関の鍵を閉め、電気を消す。

 そのときに、スマホを下駄箱の上に置きっぱなしにしていたのだが、そんなことには気づかず、部屋へと戻り、無理矢理に目をつむり就寝した。


 翌朝、目覚ましの音で強制的に目を覚ますと、寝不足でくまがくっきりと浮かぶ顔を鏡に映しながら身支度を整える。

 最後にスーツを着て玄関の姿見でしっかりと確認。


「はぁ、これなら大丈夫かな。ん? あれ、スマホがないぞ」


 キョロキョロと探しながらまずはベッド周りを見るが見つからず、ふと昨日玄関に置いたことを思い出し、再び戻る。


「あった、あった。けど、充電が少ないな……ん? なんだこれ?」


 スマホを開くと、そこには昨夜打った日記に追記されている。

 そこには――


『こんばんは。この度はわたくし、デビル伊藤との交換日記契約ありがとうございます。本契約を通し、生活にいろどりを添えるのが私の使命となっております。今後ともご利用のほど、よろしくお願いします。

※交換日記の期間は1年間。クーリングオフ期間は8日間とさせていただきます。その後の契約の破棄はできません。

 

 シャツを洗濯するとき、裏返してフロントボタンを閉めると、汚れが落ちやすいうえにシワにもなりづらいですよ』


「なんだこれ?」


 シンはもう一度疑問を繰り返した。

 

「デビルって言っているのは何かあるのか……」


 ふと、昨夜の都市伝説を思い出し、もしかして悪魔なのか? とも思ったが悪魔にしては親切だなと思い直した。

 次にクーリングオフ期間とあったので、金銭を要求する詐欺まがいのものに引っかかったかとも思ったが、特にそういった様子もない。そもそもオフラインの日記機能で、そんなことが出来るとも思えなかった。


 もしかしたら昨日あんなテレビを見たせいで、寝ぼけて自分が書いたのかもしれない。そう思うことにして、シンは頭を切り替え出社した。


 しかし、このとき、シンは気づいていなかった。そもそもクーリングオフを申請する場所などないということに。



 再び帰宅が真夜中になる。

 死んだ魚の目をしつつ、ぼぉーっとしながら、日記を打ち込む。


『定時で帰りたい。なんで俺だけ遅くなるんだ。どう考えてもイジメじゃないのか?  無能な上司が俺に仕事を押し付けてくる』


 今日はしっかりと充電器に乗せ、気づいたら床で寝ていた。


「痛ててっ。床で寝ちゃったのか」


 肩に痛みが強く走るが、会社に行く為に痛みをおして朝の支度を整え、家を出る前にスマホを確認する。

 すると、


『こんばんは。遅くまでお疲れ様です。あなたが皆の仕事を引き受けているのですね。ですが、あなたが倒れたら皆も困ります。無理せず周囲に助けを求めることも重要です。

 

 床で寝ると寝返りが出来ず、血行が悪くなるので、体に痛みが出ます。

 軽くストレッチをすると改善されます。試しにラジオ体操の深呼吸をしてみましょう』


 試しに2、3回深呼吸をすると、肩の痛みが少し和らいだ。

 

 その日の朝は頭の中にラジオ体操の曲が流れ、シンはいい気分に浸っていたが、それを上司がぶち壊す。


「し、死ぬ……」


 独り会社に寝泊まりしなくてはならない程の仕事を渡され、なんとかやっていたが、思考能力が各段に落ちていることを悟り、軽く休憩を取ることに。


「日記……」


『眠い。眠いけど、お前の代わりはいくらでもいる。クビになりたくなければもっと働けと言われた』


『それは嘘ですね。あなたの代わりはいません。あなたは唯一無二の存在です。自信を持ってください


 眠いときはしっかり寝るのが一番ですが、どうしても眠れない状況のときには、手の平にあるツボが効果的です。片手で拳を作った時、中指と薬指が当るところに眠気を覚ますツボがあります。反対の手の親指でグリグリ押してみてください』


 シンはすぐに帰って来たその文章を読み、人知れず涙した。


「これ、本当に悪魔なのか? 優しすぎるだろ」


 それからシンはこの交換日記を心の支えに仕事に奮起した。

 毎日優しい言葉とアドバイスをくれるデビル伊藤。そのおかげでなんとかやってこれたが、ある日、


「おい。飯野、お前、スマホ見てる暇があるなら仕事しろっ!!」


 そう言って、シンからスマホを取り上げると、そのまま床に叩きつけた。


「っ!? な、なんてことをっ!!」


 スマホの画面には蜘蛛の巣のようにひび割れが入ってしまっていた。

 正直、スマホ自体はどうでも良かったのだが、あの悪魔との交換日記は果たしてスマホを交換しても行えるのだろうか。もし出来なかったら……。


 シンの心にメラメラとどす黒い怒りが生まれていく。


 その日の日記には、上司の悪口。そして、どうやって殺してやろうかという怨嗟が綴られた。

 そして、シンの心の中には、悪魔ならこの行動を応援し、背中を押してくれるだろうというほのかな期待もあった。


『待て待て。殺人はダメだ。止めておけ。それじゃあ、あなたが救われない。そこまでの覚悟があるのなら、仕事を辞めなさい。まずは、どうせ辞めるのならしっかりと休みなさい。寝て美味しいもの食べて、それでゆっくり一日を過ごしてください。正しい思考で、最善の行いをしましょう』


 さらに備考と称して、辞表の下書きまで書かれていた。


 その言葉で少し冷静になったシンはデビル伊藤に言われるがまま、休み、その後辞表を提出した。


 慌てふためく上司の顔はシンの溜飲を下げるのには充分すぎるほどだった。


 新しい就職先も見つけ、シンは充実した1年を過ごした。

 あっという間に、デビル伊藤との契約期間が最後の日を迎える。

 最後の日記は日記というより、悪魔に向けた感謝の言葉だった。


『ありがとう。デビル伊藤さんのおかげで、過労死も殺人もしなかった。今の幸せがあるのは貴方のおかげです』


『最後で交換日記お付き合いいただきありがとうございます。私も飯野さまと契約行え、大変充実いたしました。飯野さまの今後が明るく照らされるよう影ながらお祈りさせていただきます』


                ※

 

 魔界にて。


「さて、本日はカリスマ悪魔、デビル伊藤さんにインタビューさせていただきたいと思います。さて、デビル伊藤さんは交換日記の悪魔として有名ですが、その言いづらいのですが、交換日記という特性は悪魔の中では弱い方だと思うんですよ。それでもこれだけの契約数を稼いでいる秘訣を是非お教えいただきたいのです」


「ええ、わかりました。まず、私たちの目的は契約して、契約者の死後に魂を貰うことですが、よく皆様は悪い人の魂を奪いがちです。他には善人を悪の道に落としたりするわけですけど、私からしたらナンセンスです」


「と、いいますと?」


「なぜなら悪人はいるだけで周囲の人間を陥れ挫折させ憤らせる。つまり私たちと契約しやすくなる人間を大量に生んでくれるのですよ。だからそういう人物の近くでアミを張ります。

 そして善人を悪の道に落とすと、だいたい、まず、悪人を殺す道に走るんですよね。そうなると私のアミに掛かる人間が減りますからね。マイナスなんですよ。そういうの計算せずに悪逆の限りを尽くす悪魔がまだいるは、これからの令和の時代、変えていかないと悪魔も生き残れないとは常々思っているんですけどね」


「なるほど。ありがとうございます。悪人は逆に泳がせ、新たな契約の芽を育てるのが秘訣ということですね。素晴らしい、まさに悪魔的思考です! さて、それでは最後に、他の悪魔に向かってアドバイスなどあれば、お言葉頂けないでしょうか?」


「はい。そうですね。私は弱い力と言われてもそれを100%発揮できるよう考えて計算して思考して、この地位に辿り着きました。皆様も一度立ち止まって自分の強みを考えてみてはいかがでしょう。それでもどうしてもダメだと思ったら私のところにきてください。アドバイスくらいならできますよ。あっ、もちろん悪魔の皆様には契約しなくてもしますよ」


「はい。ありがとうございます。これで、カリスマ悪魔、デビル伊藤さんのインタビューを終了します」

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