軌跡を綴ったその紙束を

熊坂藤茉

いつか笑って読めますように

 日記とは、小さなタイムカプセルであり、綴った誰かの歴史であり、読み返した誰かへの手紙のようなモノだと思う。

 鍵の付いたモノもある。大学ノートやルーズリーフに書き殴っていくモノもあるし、絵を各スペースだったり、デジタルデータのみで存在する場合だってあるそれは、そこに存在するというただそれだけで強く印象に残ってしまうだろう。

 誰かの手で、何らかの意図で以て綴られた断片的な情報。それを読み解くことは即ち誰かの〝せい〟の追体験でもあり、詰まるところどこかの誰かを一方的に消費することにも繋がるのだ。他者に日記を読まれることをいとう気持ちをいだくこともあるだろう。そも、人に見せる用の日記とそうでない日記があるのだから、至極当たり前の話ではあるのだが。


 では何故今そんな話をしているのかと言えば、答えは実に単純なモノであり。


「こんだけ探してなんで全然見付からんのじゃオレの日記帳ー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ――十年前、魂の中学二年生が大いに暴れていた頃の己が記した青春のドス黒ダイアリー。それが実家のどこを探しても出て来ないという、あまりのヤバすぎ案件が発生している為であった。


* * * * * * * * * *


「ない……マジでない……どこやったんだよもしかしてちゃんと燃やしといたのか当時のオレ」

「兄ちゃんに限ってそれはナイナイ。そもそも片付け下手クソ野郎なんだから、見付からないのは想定内でしょ」

「弟の冷静な分析がクッソ刺さるんだが?」

「それより他のとこに入れた心当たりとかない? ホントに今の家に持ってってないの?」

「ねえよあんな劇物持ち出してたまるか!」

「だよねぇー」


 背後で他人事ッツラしながらむしゃむしゃとチュロスを貪る弟と会話を交わしつつ、実家のありとあらゆる収納を引っ繰り返していく。いくがホントに出て来ない。記憶の彼方にすっ飛ばしてたへそくり(高校の時に隠してたお年玉)が三万円程出て来たのは嬉しい誤算だが、違う欲しいのはそれじゃない。いや食費とかめっちゃ助かるけども!


「うぅう……内定決まったから引っ越し準備の為に身辺整理したかったのに、何でどこにも無いんだよ……」

「それ多分大学進学決まった時にやるべきだったねー」

「正論が耳に痛い!!!」


 半泣きで段ボール箱を漁る姿はいっそ笑える絵面だろう。笑うしかないとも言う。

「どこ行ったんだよオレの黒歴史ダイアリー……」

「うーん……これある意味一番最悪のパターンなんだけどさあ」

「おう」

「彼女さんに電話を」

「待て待ていやないそれだけはない絶対あいつんちにだけはない!」

 弟の提案に蒼褪める。可愛い可愛いオレの彼女。ぽわぽわではにかんだ顔が何よりも愛おしいあの子が、よりにもよってオレの激ヤバシーズンの軌跡を手にしている可能性とか考えたくない。

「そもそも持ち出すようなタイミングないだろ!?」

「一回だけ連れて来たことあったじゃん。そんで母さんが『女二人でヌン茶してみたいわぁ~』って二時間くらいコンビニに追い出されたことが」

「あったわ」

 付き合い始めの頃だったし、今は基本的に現住所イチャイチャしてるから綺麗さっぱり失念していた。ていうかそれでいくと一番の下手人が最悪すぎるんだけど。

「……取り敢えず母さんについては一旦考えないことにして電話してみるわ」

 ぴ、と履歴から彼女の携帯に掛けてみる。程なく「もしもし?」と甘い声が聞こえて来た。


「どうしたの? ご実家でお部屋のお片付けしてるんじゃなかったっけ?」

「ああ、まあそうなんだけどちょっと確認取りたくてさ。……前に実家に行ったことあったよね。母さんと二人でお茶した……」

「覚えてるよー。でもそれがどうかし――あー!」

 突然の可愛らしい叫び声。何事かと思えば端末の向こう側からどたどたと慌ただしい物音が。


「これ! この日記帳の事!?」

「ヴァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ビンゴじゃねーか何しとんのじゃ母さん!


「あのね、お母様がね、『いつか本人が笑って見れるくらいの大人になったら見せてもらってね』『あの子のことだからきっと捨てようとしちゃうと思うし、私も片付けが得意じゃないから彼女ちゃんに預けておくわ』『もし自力で置き場所見付け出した時は二人で相談してね』って言われてて……ごめんね、すっかり忘れちゃってた」

「見てないならいいんだ……うん……」

「交換日記とか公開ブログじゃないんだし、勝手には見ないよぉー!」

 あわあわと慌ててる彼女の可愛さにちょっとだけ救われた。……でもそっか、母さん的には本人が書いた成長記録みたいなモノとして捉えられてた、のか……? 何も分からん。親の考えって大体分からん。


「……いいや、場所は分かったんだし。そのままもうちょい持っててくれる?」

「え、いいのー?」

「そら正直あんましよろしかないけど、笑って見れる日が来た時になくしてたら困るしな」

 苦笑しながらそう返す。今はまだちょっと己のイタさががアレ過ぎて直視出来ないけど、もう少し大人になれば案外酒の肴として楽しめるのかもしれない。そう願いながら保管を頼めば、彼女は快く引き受けてくれた。流石はマイスイート、そういう柔軟な適応力に惚れ直すぜ。


「大事にしまっておくねー。読み返したくなったらいつでも」

「腹が決まったらちゃんと言うけど多分今すぐは読みません!」


 ……読めるの、いつになるんだろうなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

軌跡を綴ったその紙束を 熊坂藤茉 @tohma_k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ