第176話 タイツ

 背後から聞こえた声は、ねこで間違い無かった。気のせいか少し目が潤んでいるように見える。


「集塵っ! 良かったにゃ! 本当に良かったにゃ!」


 え!? 飛んでっ!


「ぐあっ! 痛っ! と、突然ジャンプして乗ってこないでくれ……」


「にゃーーーー! ごめんにゃーー!」


 ねこは、突然太ももの上に飛びのってくると、まるでねこのように頭を俺の胸元に擦りつける。


 俺は、ねこの両脇に手をいれ、横に降ろすと床に染み付いた血の跡に気がついた。


「この血はなんだ……」


 ちょっとまて……俺……トラックにかれて死にそうになって……銀髪……そうだ!


「ねこっ! 銀髪はどうした! どこにいるんだ!」


「にゃ!? そ、それは……」


「何かあったのか!? 話してくれ!」


「銀……ホリエ姫は今、モウツのところにいるにゃ……でも……」


「でも、なんだよ? 大体、なんでモウツのところにいるんだ!」


「それは……い、言えないにゃ……」


「どういうことだ!」


「痛いにゃっ! は、離してにゃ!」


「ハッ! わ、悪い……」


 つい必死になって、ねこの両肩を強く握ってしまった……ん?


「この腕……」


 ねこの肩から手を離した瞬間、俺は違和感を覚えた……視線を腕から足元へと移した俺の目に見えたものは、どこかで見たことのある着衣だった。


「なんだこの格好……」


 まてよ……見覚えがあるぞ……。


 俺は急いで洗面台へと向かい鏡に映る姿を確認した。


「こ、これは……なんで俺は、銀髪のタイツを着ているんだ……」


 このとき俺は初めて銀髪のタイツを着ていることに気がつき、同時に此処に運ばれてきたときの記憶が蘇ってきた。


 覚えているぞ……俺が瀕死の状態のときに銀髪たちが話していた会話を……ハッ!


「ねこっ! まさか銀髪……銀髪はどうなった! 無事なのかっ!?」


「にゃぁ……」


「クッ! モウツのところに行ってくる!」


 俺は、その場を立ち上がると、おぼつかない足で部屋を後にした。



 俺が、これを着ているということは、銀髪は身体を守るものがない状態ということだ……少しの間なら問題はないだろうけど、俺がトラックにかれたのは昨日の夕方から夜にかけてだ……もう既に日が変わって朝になっていることを考えると、あまり良い状況とは言えないはず。


 あのタイツは事故にあって瀕死に近い身体を一晩で治癒してしまうくらいのものだ……そこまでカバーしてくれるこのタイツを脱いでしまった銀髪は……。


 ――俺はまだ、このタイツについての性能も銀髪の詳しい病状も理解していないんだ……無事でいてくれよ銀髪……。

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