第20話 笑顔のおもいで
液晶タブレットに表示されている五十嵐さんは俺が高校生の時に描いた物だ。
当時、美術部の部長をしていた五十嵐さんの描いた作品を学園祭の展示で初めて目にした時から彼女の絵に惹かれて、それをきっかけに帰宅部から美術部に入部を決めたんだっけ。
だから五十嵐さんは年齢が俺より下であったけれど、ある意味先輩でもあるんだよな。
「集塵、この絵ってあの女だよな?」
「んぁ? あーそうだな、以前練習でお互いを描いたことがあって、その時のだよ」
「よく描けているではないか、この自信過剰なすぎるくらいの満面な笑みとか」
「なんか嫌味のある言い方するな? そういや、お前なんで五十嵐さんのことを名前で呼ばないんだ? 知らないわけでもないだろうに」
「……」
「なんだよ、五十嵐さんのこと嫌いなのか?」
「そういうわけではない……えーと、わ、わたしは五文字以上の名を呼ぶのが苦手なんだ」
「は?」
「……もうその話はいい! 寝るぞ集塵!」
「いや、俺は寝ないが……」
「勝手にしろ!」
「勝手にします……」
「寝るからな!」
「おやすみなさい……」
銀髪は寝室の方へ向かうと一度だけ振り返り頬を膨らませたフグ面を俺に見せると暗闇に消えていった。
あいつ何を急に怒っているんだ? まぁ、いずれにせよ、ようやく邪魔が居なくなって仕事に集中出来るな。
俺は画面に表示されている五十嵐さんの似顔絵を数秒見つめた後に画面からそれを消すと、仕事の絵を改めて表示させてペンを持つ指先に少し力を入れた。
「よし! 描くぞ!」
「にゃぎゃーーーー!!」
「うぉ! なんだうるせーな!」
ねこの叫び声が聞こえてきたと思ったら本人が寝室の方から飛び出してきた。
まさかとは思うが、こいつらわざと俺の邪魔をしてるんじゃねーだろうな……
「集塵! にゃんとかしてくれにゃ!」
「なんだよ、俺は忙しいんだ。何が起こったかは知らねーけど、自分で解決してこいよな……」
「冷たいにゃー! 銀髪がわたっちのことを、いきなり殴ってきたにゃ」
「なんかお前がしたんじゃねーか? 息が臭いとか色々あるだろ?」
「失礼だにゃ! まるで、ねこの息が臭いみたいにゃ」
「歯、磨いたか?」
「……」
「わたっちは歯を磨きたくても歯ブラシを買うお金がないにゃ……」
ねこって歯を磨くのか……
「わかったよ、明日にでも新しい歯ブラシ買ってきて俺の使っていた方やるから早く寝ろ」
「なんで新しい方じゃないにゃ! 酷いにゃ!」
「居候のくせに贅沢言うなよな」
「集塵なんて嫌いにゃ! わたっち五十嵐のとこにいって寝てくるにゃ!」
「別にいいけど、お前五十嵐さんの部屋番号知ってるのかよ?」
「し……しらないにゃ……」
「で?」
「お、教えてくれないかにゃ?」
「やだ」
「……」
「大人しく寝ろよな……」
「わ、わかったにゃ……」
ねこは諦めたのかトボトボと寝室に戻っていった……ちょっと可哀想なことをしたかな? それにしても殴られたと言っていたけど銀髪の奴、相当寝相が悪いのか?
幸せそうに寝ている、ねこが銀髪の寝相で殴られている姿は想像すると中々に面白い絵面な気がして少し可笑しくなってきてしまった。
もしその瞬間に遭遇したならじっくりとその戦いを見届けようと思う。
「今度こそ集中してやるぞ!」
――それから俺は一気に集中力を高めて何とか銀髪たちが目覚めるまでには完成まで持っていくことが出来た……気がついたら外はもう明るくなっていて窓からは陽の光が差し込み、床に敷かれたブルーセレストの色をした絨毯を照らしていて、普段目にする色よりも綺麗に感じた。
「さてと、部屋が騒がしくなる前に俺も少し眠るとするか……」
俺は両腕を上にあげて大きく伸びをするとあの二人が眠る寝室へと足を運んだ。
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