第4話 高速回転
「いーか―なーいーっ!!」
声の方へ振り替えると五十嵐さんの手を払う銀髪の姿があった。大声で叫びだし、さっきまで俺が使用していた乾燥機に向かって勢いよく走り出す。
「速いっ!」
瞬きする間もない速さで走る銀髪は、気が付いた時には乾燥機の前まで移動していて、小さな手から伸びた指先が乾燥機の蓋を掴んでいた。
「ちょっ、まてっ!」
銀髪は静止の声を気にも止めずに乾燥機の中へ飛び込んでしまった。五十嵐さんは驚きのあまり、ポカーンと口を開いたまま身動きがとれないでいる。
中に入り込んだはいいが蓋を閉めることは難しかったのだろう。中途半端に開いたままになっている。俺はゆっくりと近づいて、そっと覗いてみた。
「うーむ、これはどうしたものか……」
光の届かない暗い円筒の中で銀髪は窮屈そうに丸まっている。俺が目の前に立っているので更に暗さが増しているだろう。もっと暗くしてやりたい所だが丁度良い物が見当たらない。
俺が物色していると様子を見に五十嵐さんが横に並んだ。暗さは倍増だな……流石、五十嵐さん! これで外からの光は九十パーセント位カット出来ただろう。どうだ銀髪、この暗闇に耐えられるかな?
「そんなに交番に連れて行かれるのが嫌なのかしら? これって抵抗している感じ……よね?」
「うーん、子供じみた抵抗だな」
「子供なんだから当たり前でしょ? 銀髪ちゃん、そんな所に隠れていないで出てきてくれないかなぁ?」
五十嵐さんは子供をあやすように、やさしく声をかける。こういった所は、さすが女性だなって感じだ。
「やーやーなのー」
「急に可愛い声を出し始めたな……」
「うーん。困ったわねぇ……どうしよ?」
「どうしよって言われてもなぁ……そもそもさっき五十嵐さんに全てを託したし」
「そうだけど!」
五十嵐さんは再びフグのような顔をしている。仕方ない、少しは助け船を出してやるか。オレは乾燥機の取手を掴むと中途半端に開いていた蓋を閉めた。
「えっ? えっ?」
「こういう奴はやさしく言ってもダメだ」
「いやいやダメダメダメ……それはまずいよ集塵くん」
俺は乾燥機の蓋に顔を近づけると銀髪に聞こえるように話かけた。
「きこえるかー銀髪。俺が今から十数える内に出てくるならクロワッサンを半分以上食べてしまった事は全て水に流してやる」
「え? そこ?」
「しかーし! もし出てこなければ……」
俺はポケットに残っていた百円玉を天に掲げた。残念ながら、キランっ! というような効果音と光は付かない。
アニメ化されたらつくかもね……これ一枚では乾燥機を動かすのに金額は足りないし、そんな危険で馬鹿なことは本気で思ってはいないが脅すのには十分だろう。
もっとも百円玉を知らない時点で無意味な可能性もあるが、これで身の危険を感じたなら出てくるかも知れない。
そこに賭けてみよう。
「もうわかるな銀髪。この輝く銀色のメダルを投入すれば、おまえはぐるんぐるん地獄に……」
――その時だった。銀髪の身体が見る見るうちに小さくなっていき、まるでハムスターのように中で走り出した。
乾燥機の中は硬貨を投入してもいないのに、まるで普段稼働しているかのように動いている。
次第に回転スピードが上がっていき激しい轟音がランドリーの中に響き渡った。
「おおっ! なんだなんだっ!」
「きゃー! 集塵くんひゃどぅぅいー! 本当にお金を入れるなんて!」
「まてまて俺はそんな事はしていないし、するわけないだろっ! それより言葉になっていないぜ五十嵐さん」
回転が止まらない。銀髪の身体の大きさはもうハムスターレベルになっていて不思議な緑色をした光が身体全体を包み込んでいた。
この光どこかで見たことあるぞ? えーとなんだっけ? 何か人間離れしたパイロットが操縦する人型兵器のロボットから出るオーラみたいなやつだよな? なんていったかなぁ?
「目がまわるぅぅぅぅぅぅぅ〜」
頼りない声を出し、そのまま五十嵐さんは地面に倒れ込んでしまった。
もしかしてこの回転を目で追っていたのか? 不用心すぎるぜ五十嵐さん! 後でやさしく介抱してやるからな……それまで冷たい床で頬を冷やしているといいよ。
「銀髪! やめてくれ! クロワッサンのことは全て水に流してやるし、残りも全てくれてやるから!」
俺の必死の説得になんの反応もしない。更に回転が速まる。
「やば……い……」
俺も銀髪の高速回転を無意識に目で追ってしまっていたようだ……これはまずいぞ。
「ぎん……ぱ……つ……やめ……」
――その後、俺たち二人が目を覚ました時には乾燥機の蓋は閉じられたまま、そこに銀髪の姿は無かった。
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