第2話 五十嵐さん
「
「どうしたって……洗濯しにきたのよ? 集塵くんも来てたんだね」
後輩である五十嵐さんのさらさらミディアムヘアーは今日も健在のようだ。
世界最小ですか? と言いたくなってしまうほどの小顔におさまる美しい目鼻立ち。彼女のすらりとしたモデルのようなスタイルは、いったい何人の男たちを振り返らせてきたのだろうか……。
欠点があるとするなら時々みせる不適な笑みが気持ち悪いところくらいだが、本人には内緒だ。
「誰が気持ち悪いですって?」
「あ……声にでちゃってたか?」
「そんな気がしただけよ。頭くるなぁ……ところでその子は、お知り合い?」
五十嵐さんは銀髪の方へ目を向けると俺に問いかけてきた。まぁ、気にはなるよな……。
「ん? この銀髪をした女の子か? 俺も少し前にコイツと出会ったばかりなんだ」
「ふーん。そうなんだ? 遠目でみたら、その子全裸に見えたから余計な心配をしてしまったのよ? 大丈夫……よね?」
何が大丈夫なのか知らんが、ある意味大丈夫ではない。あれ? 銀髪がいない。何処に消えたんだ?
「なんこれー! うまままままままーい!!」
「あああああああああっ! おれのクロワッサン!!」
「こらっ! だせっ! 百円玉といい、さっきから俺の物ばかり食べやがって!」
後で食べようと思っていた俺の昼飯が…… 人気の十個入りミニクロワッサンを手に入れる為、
いつのまに漁ったんだ……ここはトンビの如く狙いを定めて奪いかえさなくては!
「こらっ! 返せ!」
「あああああああっ! 返してっ!」
「何が返してだ! これは俺のクロワッサンだぞっ!」
「なにが俺のクロワッサンだぞっよ。パンの一個や二個くらいあげなさいよ。子供相手にみっともない」
「一個や二個じゃないだろ! 見てみろこの袋の中身。もう残り半分……って、あれ? 更に減ってるじゃねーか!」
――それにしても五十嵐さんが現れたのには驚いた。誰にも話してないけど、白倉高校の美術部で彼女を初めてみた時から憧れの存在だ。
同級生であったら一緒に高校生活を過ごすことが出来たんだが、残念ながら俺は既に卒業済みだ。
うーむ……帰ろうと思っていたのだが五十嵐さんがいるのなら予定変更だな……もう少し彼女と話していたい。
「おい、お前は帰るのではなかったか?」
こいつ……このタイミングで何いってくれてんだ……ここは上手く誤魔化しておこう。
「あれ? そんなこと言ったかな?」
「いったぞ」
いや……空気読んでくれよ。
「集塵くん帰るところだったんだ? ごめんなさい、邪魔しちゃったね」
「いやいや、問題ないよ。コイツ何か勘違いしてるんだ。あはは」
「それならいいけど。気は使わないでね」
五十嵐さんは、そういうと持ってきたピンクのバッグから衣類を取り出し洗濯機の中へと放りこんでいった。
ちょっと有らぬ妄想をしてしまいそうな展開だが、あまり凝視していたら警戒されて俺の信用は急降下しかねない。ここは紳士にならなければな……。
「ねぇ、集塵くん。その子、一人なのかな? 母親とかは見てないの?」
「あぁ……それがな、こいつ俺が使用していた乾燥機の中に入っていたんだぜ?」
「
「あっ! 信用してないな?」
「……はいはい、ちょっとごめんね」
五十嵐さんは俺を押しのけると、銀髪の前で目線を合わせるようにしゃがみ込み優しく声をかけた。
「こんにちは。あなた一人? お母さんは一緒じゃないのかな?」
銀髪は瞬きせずに五十嵐さんの顔を黙って見つめている……いったい何を考えているのだろう。
「どうしたのかなー? あたしの顔が美しすぎて緊張しちゃったのかな? エヘヘ♡」
前々から思ってはいたけれど容姿には相当自信があるんだな。否定は出来ないし、するつもりもないけど……実際美人だし。
たしかどこかの芸能事務所にスカウトされたこともあったとかなんとか……。
「女……貴様は容姿に相当な自信があるようだな……鏡は見たことあるか?」
「えっ? エヘヘ……今なんていったのかなぁ? お姉さん今日は機嫌が良いからもう一回だけチャンスあげちゃうぞ」
あっ……眉尻が動いた。おいおい、何を言い出してんだ銀髪。おまえはクラスで二番目くらいだろうが。
「その程度の容姿で……うつく……しいだと? ぷぷぷ、笑いが止まらん」
……これ以上の
そりゃあ自分のことを美しいとかいう奴もどうかとは思うが、五十嵐さんは十分すぎるほど美人だろ。
「中々言うわね……まだまだお子様なのかしら? あたしの美しさに気が付かないなんて可哀そう」
五十嵐さんは姿勢よく立ち上がると腕を組みムスっとした表情をしている。相当苛立っているようだ。
これは駄目だ……まぁ、頭にくる気持ちも分からないでは無いけれど、その威圧感は大人気ないな……組んだ腕が更に心の余裕の無さを強調しているようだ。
相手が銀髪とはいえ子供相手に正直恥ずかしい。
「集塵くん。この子すっごく! 不愉快なんですけど!」
何ということだ……不愉快MAXになった五十嵐さんを
とはいえ、放っておいたら俺に飛び火がきてしまいそうだし……というか既に来ているけど。
「まぁまぁ、五十嵐さん。コイツのことは俺が面倒みるから。ほら、ジュース奢っちゃうからさ」
この二百円は銀髪にあげようとした物だけど、五十嵐さんに使う方が無駄にはならなそうだ。
「ほら、自販機外にあるだろ? 好きなの買ってきなよ」
「えっ! いいの? ありがとう!」
五十嵐さんは俺の差し出した二百円を握りしめると、外にある自動販売機まで幼い少女のようにスキップ混じりで駆けて行った……怪し過ぎることこの上ないが、よっぽど嬉しかったんだろうな……。
あとは銀髪か……振り返ると懲りずにクロワッサンの入った袋に手を伸ばしている。もはや怒る気にもならない。
とりあえずコイツとずっと遊んでいる訳にもいかないし、五十嵐さんの洗濯が終わるまでは出来ればここを離れたくはない。可能なら一緒に帰って食事でもしたい気分だ……クロワッサンも虫の息だし。
「なぁ銀髪、そろそろ家に帰らなくてもいいのか? 洗濯待ちってわけでもないんだろ?」
「……」
無視かよ! 今更だが母親の線は無いだろうな……最初ランドリーに到着した時から戻ってくるまでの間に動いていたのは俺が使用していた乾燥機だけだったし。
用事を済ませる為に、わざわざ此処で留守番させているというのも考えにくい。
それにしても、なんで俺はこんなガキを構ってしまったんだ……。
「集塵くん、お釣りどうする? 貰っちゃうぞ?」
ガコンという音が響いた後、オレンジジュースを片手に五十嵐さんが戻ってきた。
他にもっと選択肢はあったろうに。なぜ、そんなシンプルな商品を選んでしまったのか……きっと事情があって飲ませて貰えない厳しい家だったのだろう……可哀そうに。
「何が可哀そうよ。あたしはオレンジジュースが大好きなの!」
なぜ、わかったんだ……恐ろしいスキルだな……。
「その子、迷子とかじゃないのかな? 親御さんも迎えに来るって感じじゃないし」
「迷子ねぇ……俺も考えたけど、それはないと思うぜ?」
「そうかな?」
五十嵐さんはランドリーの端に置かれた椅子に座る銀髪の前に行くと、再び目線の高さを合わせて話しかけた。
「ねね。銀髪ちゃんは何処から来たのかな?」
ちゃっかり俺の名付けたあだ名を使用している……冷静に考えると面識もない相手にいきなりあだ名で呼ばれるのは、いい気分ではないかもな。
そう考えると、まともに反応なんてしたくもないか……ん? 銀髪が動いたぞ……さっきまで俺が利用していた乾燥機の方を指差している。
「あそこにある機械の中から来たのかな?」
銀髪は軽く頷く。
「それみろ、だから言っただろ?」
「なにを偉そうにしてるのよ。あたしはこの子に訊いているの!」
「うままままーいっ!」
――ランドリーに銀髪の声が響く。俺と五十嵐さんが話している間に銀髪は再びクロワッサンを食べていたようだ……あの調子だと、もう残りも少ないだろうな……俺は昼飯を完全に諦めた。
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