第二話「臍を噬む彼ら」①
「え、
「そうよ。あれ、話していなかったかしら?」
「聞いてませんよ! 後出しとか狡い!」
「そんなこと言われてもなー あ、でもほら、火糸糸ちゃんも転生するのに十八年必要なんでしょ? 丁度良いってことで!」
「いや、丁度良いって何ですか! って、あ! 逃げるなー!」
ぼうっと天井にあるシミをいくつか数えている私は、目の前で起きていた攻防に興味を持てずにいた。口を閉じたまま火糸糸ちゃんと例の女性職員さんの話を右から左に流している。自分の頭の中に入って来た情報は、『私の恨みは十八年をかけて浄化して行くこと』だけ。最初の説明ではそんなこと一言も言ってなかったし、何なら時間制限があるってことも知らなかった。
ちなみに、火糸糸ちゃんは言い逃げした職員さんを全力で追いかけに行った。コツコツと音がどんどん小さくなる。あのヒールで走れるなんて凄いよなぁ、と場違いなことを考えつつ座っているままで。
今日呼び出されたのは他でもなく、例の依頼が来ているからとのこと。私のこの奉仕活動的な物に興味を持った人が何人も依頼をして来るらしいが、内容が不確かな物だったりすると受理出来ないとかで暫くは暇していたのだ。
そして呼ばれた今日、とうとう相応しいと判断された内容が私達に来たと言うわけだ。それでもまだ二件目なのでこの調子で大丈夫なのか、と思うところもある。十八年って長いようで意外とあっという間ではないのだろうか。あの世での時間は現世と同じ時間が流れているのかも分からない。私の個人的な感覚では、ここに来て半年くらいしか経っていない気がする。そんなことを一人で考えていると、遠くから疲れ切った様子の火糸糸ちゃんが息を切らして戻って来た。
「はぁっはぁっ くそ、撒かれたー! めちゃくちゃ逃げ足速いんですけど!」
「あ、お帰り。で、これからどうするの?」
「え? ちょっと、待って……はぁ、疲れたー」
ドシン、と地面に座り込んだ火糸糸ちゃん。前から思っていたのだが、彼女は本当にアクティブなようで、お洒落着であろう服と靴でも関係なしに全力で動く。私の方が身軽な服装なのだが、運動がそこまで好きでは無いので基本的には動くことはない。足を投げ出し、後ろに手を付いているのを見ると相当走ったようだ。
「ふぅ、少し落ち着いたわ。あーそうそう。これからの事でしょ? ほら、そこに置いてある書類が今回の依頼だってさ。あと、前々から気になっていた事を聞いたんだけどさ、ここって時間感覚が無くなるじゃん? 十八年間って言われても分からないって言ったらさ、現実世界での十八年間と同じって言われたのよ」
「そうなんだ。それなら今ってどのくらい時間が過ぎてるんだろう」
「もう既に二年くらいって経ってるんだってさ! めちゃくちゃ早くない?」
座り込んだ彼女は少しの休息の後、「よいしょ」と言いながら腰を上げた。座ったままの私は一通り聞いた後に、「もう二年経ってるのか……」と小さく呟く。自分が死んでから二年経つと聞いてもピンと来ないのは、きっと現世を見ていないからだろう。天界と地獄を行き来出来るけれど、亡者である私達は現世に行けるわけではない。季節が変わり行くのを目の前で見れないからこそ、季節感も無くなっている。
「で、次の依頼者はー……っと。あれ、今回は男性?」
私がぼうっとしている横で話を進めて行く火糸糸ちゃん。近くにあった小さな丸いテーブルの上に置かれている書類を手にする。先程まで追いかけていた職員さんが持ってきてくれた物だ。私達が呼ばれた後、既に何処かへ行くつもりだったのであろう彼女はすぐに部屋から出て行ってしまった。それを追いかけたのが火糸糸ちゃんだったのだ。
パラパラと書類を捲っている彼女は、一つのページで止まった。一応私が依頼される側なので覗いてみると、そこには二枚の写真が。一つは少々強面の三十代前後の男性。もう一つは、これはまぁなかなかの髪色をした男の子。私と同い年くらいだろうか。三白眼のつり目の彼は、何処からどう見ても立派な不良。ここには不良しかいないのか?と思っていると、火糸糸ちゃんがケラケラ笑っていた。
「ウケるー! また不良と会うとか、不良率高くねー?」
「確かにね。今回も天界に行けば良いって事なんだよね?」
「そーそー またあのエレベーターまで行けばいいんじゃない? さ、早く行こ!」
私よりも積極的に動いている彼女に引っ張られながら私達はエレベーターに向かった。グイグイ引っ張る私の服は、彼女と正反対であるのを改めて実感させられる。本来ならば私が動かないといけないのに、火糸糸ちゃんが率先して行動してくれていた。きっと面白いからと言う理由なのだろうけれど、彼女が居なかったら私は動けるのだろうか、と不安になる時もある。
「……ねぇ、火糸糸ちゃん」
「んー? なにー?」
「あの、色々手伝ってくれてありがとうね」
ポロリ、と私の口から出た言葉は自分でも驚いた。何故自分がこんな事を口走ったのかも分からない。だが、口下手である私に話しかけて手伝ってくれる彼女にお礼くらいは伝えるべきであろう。互いに性格が異なるからこそ、補える部分もあるとこの前の件で実感した。私のお礼を聞いた彼女は忙しなく動いていた足を止めて、私の顔を見た。何か言うかな、と身構えているとクスッと笑い声が聞こえた。
「なーに言ってんの! 私がやりたくてやってるんだからさ、お礼なんていいって!」
「そっか。うん、ありがとうね」
手をヒラヒラと振りながら笑っている彼女は、頬を赤らめている。人との付き合いがドライに見える彼女がそんな表情をするとは思わず、こちらもほおを緩めてしまった。それでも再度お礼を言うと、「もー、分かったってば!」と言って開いたエレベーターに私を押し込んだ。生きている間に友達が一人もいなかった私が、死んでからこんなやり取りが出来るなんて。とんだ皮肉だよね。
エレベーターに乗ると、相変わらずヴーンと機械音が聞こえる。一応、このエレベーターには『天界行き』と書かれたボタンがあるのでそれを押す。その横には『地獄行き』と書かれたボタンがあり、シンプルな構造になっている。『天界行き』と書かれたボタンが光っているのを確認した火糸糸ちゃんはコホン、と咳をして仕切り直した。
「で、今回の依頼だけどさ。主な依頼者はこの強面のおじさんらしいよ。んで、この人はこの不良にして欲しいことがあるってさ」
「そうなんだ。別に本人の意思ではないって事ね。私にもその書類見せて?」
はい、と手渡された数枚の書類は前回よりも分厚めだ。パラパラと捲っていくと、先程目に入った写真が見えた後、彼らの詳細が書かれていた。目を通すだけでは頭に入らないので、声に出して読んでいく。
「『依頼者は
「そうじゃないと私達にわざわざ依頼しないって! で、その水掛愛翔って男の子は仲成ヤンチャしてるって感じだねぇ」
まじまじと写真を横から覗き込んでいる彼女。それもそのはず、一回目見た時には髪色に目が行って気がつかなかったのだが、両耳にズラッと並んだシルバーピアス。一体いくつ穴が開いているのだろうか、と思わず数えそうになる。今からこの人と会うらしいのだが、何故か緊張はしていない。死ぬ事がないと分かっていると、案外人間って何でも出来る気がする。
「なになにー? 『水掛
「不良って、よくバイクに乗るよね。何でだろ?」
「いや、つっこむ所そこ?」
私の言葉に勢いよく突っ込んだ火糸糸ちゃんは笑っている。思った事を言っただけなのに、こんなにも笑ってもらえるとは思わなかった。だって、前回と言い今回と言い、二人とも事故って死ぬ事なんてあり得る? いや、有り得るんだよね。だって、実際にいるんだし。なんて、一人で脳内ツッコミをしていると、チーンと軽い音が鳴る。
ガコン、と鈍い音がした後にゆっくりと開く扉。開いた先に見えるのは、まさに桃源郷。この前と場所は違うようで、今度は目の前に小川が流れている。近くには街路樹のように木が大量に植えられており、鳥のさえずりが聞こえてくる。
「んー! 相変わらず、空気が綺麗だねぇ! で、こんな所に出されたって事はこの辺にいるって事なのかな?」
「まぁ、そうだろうね。とりあえず、小川に沿って歩いてみる?」
「いいねぇ! 賛成!」
両手を上げて賛成の意を伝える火糸糸ちゃんは、上機嫌だ。今回の道は、前の場所よりも舗装されているようで、道が作られている。彼女のヒールと私のローファーの音が聞こえてくる。それ程までに静かで穏やかな空間に癒されていると、「あ、もしかして……」と女性の声が聞こえた。
「あ! この前のお姉さん!」
「あら、やっぱり貴女達だったのね。ふふ、また会っちゃったわ」
穏やかな声で微笑みかけるのは、前回出会った美人のお姉さんだった。今日も同じような服を着ており、綺麗に結ばれた髪の毛は日の光を吸収して輝いている。歩みを止めた私は軽く頭を下げると、同じように返してくれた。
「また、何か依頼されたのかしら?」
「そーなの! 今回はね、『水掛静人』って人を探してるんだけど、お姉さん知らない?」
「水掛静人…… もしかして、あの木こりの人かしら?」
右手を頬に当てて考えた後、人差し指をピンっと立てた。この世界には木こりがいるのか、と場違いな事を考えているとふと気になった事を彼女に聞いてみた。
「あの、彼を知ってるんですか?」
「えぇ。最近、彼に助けてもらったばかりなのよ。確か……ここから少し歩いた所で働いているって聞いたわ。今回も一緒に行きましょうか?」
「ぜひ!」
上機嫌だった火糸糸ちゃんは更に上機嫌になった。気分上々って感じだ。彼女はこの女性の事をかなり信頼しているようで、懐き方がまるで犬のよう。火糸糸ちゃんはその女性の腕を引っ張って先に歩いて行った。
ついさっき私が聞いた質問は、軽く躱されてしまったのだが気のせいだと自分に言い聞かせる。少し疑ってしまったのは、彼女が思っているよりこちらの事情に詳しかったからだ。不思議、と言うより不審に思った私はつい聞いてしまったが、楽しそうにしている火糸糸ちゃんを見てすぐにその疑いを自分の中から消した。
「そういえばお姉さん、この前は名前教えて貰えなかったですよね? 今回こそは教えてくださいよー!」
「それもそうね。遅くなったけど、改めまして。私、左寺(さでら)雨彗(うすい)と言います。貴女達が生まれるずっと前に死んじゃったから、現世については少し疎いの。色々と教えてね」
ニコリと微笑む彼女の周りには百合の花が咲いている。ふんわりと香ってくるのは、前と同じ優しい匂い。口元に手を当てて笑う姿は、現代で死んだ人には見えない。
「雨彗さんって、いつ死んだ人なのー?」
「そうねぇ。今で言う天保の大飢饉で餓死したの。その時はそんな呼び方しなかったけど、今ではそう呼ぶのでしょう?」
死んだ原因を直接聞くのは失礼ではないのだろうか、と私は身構えた。しかし、左寺さんは嫌な顔を一切見せずに話してくれたのだ。私は数歩先で話している彼女を見て、目を大きくする。天保の大飢饉と言えば、中学の歴史でも習う程の大きな飢饉。その渦中にいた人がここにいるとは夢にも思わないだろう。火糸糸ちゃんも「え! 天保の大飢饉って、あの?」と大きな声で聞いていた。
「そうよ。今の名前を聞いたのは大分前だったけれど、あの時は本当に大変だったわ」
火糸糸ちゃんを見ていた視線は、スッと前に向いた。後ろからでは彼女の表情は見えないので、どんな顔をしているのかなんて分からない。いつもどんな雰囲気でも明るく話しかける火糸糸ちゃんも流石に「そう、ですよね」と言葉を詰まらせていた。
「ふふっ でも、今は良いわね! お腹を空かせて死んでしまうことなんてないって聞くもの。良い時代になったわ」
柔らかい風が吹いた後、聞こえたのは優しい声色。天界は現世での春をイメージしているらしい。気候は常に温暖であり、心地良い風が吹き抜けているのでお昼寝をするのには最高の場所だ。彼女は、左寺さんはそんな季節が似合う笑顔を隣にいる彼女に伝えていた。
視線を逸らしていた火糸糸ちゃんは、パッと彼女の顔を見る。後ろから見えるおしゃれな彼女は、「そうですね!」元気よく相槌を打っていた。
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