第一話「スズランの約束」③

彼女を送った帰り、特に帰る居場所の無いと思っていた私達はいつの間にか用意された部屋にいた。あの世には職員専用のマンションみたいな建物があるようで、そこの一室を火糸糸ちゃんと共有で使って欲しいとのこと。まぁ余分な経費はかかって欲しく無いのだろう。変な所で現実的なのだから笑ってしまう。そんな部屋の中で私達は向き合って座っていた。


「そう言えばさ、あの桃草霞って人、本当は交通事故に遭って死んだんだってさ」


「へー 誰から聞いたの?」


「あの職員だよ。なんかね、異例な事態だったからほとんどの人が覚えてたんだって」


私は机の上に置かれた『報告書』やらと睨めっこをしている。こんな物を書くなんて聞いていないんだけど?と思いつつ、どうやって書くのか悩んでいた。目の前では椅子に座って足をブラブラさせている火糸糸ちゃん。しかし、そんなことは関係無しに彼女は話を続ける。


「でね、蘭ちゃんが死んだ数日後に彼は飲酒運転してたトラックに突っ込まれて無事死亡。ちょうどあの世に来た時が、蘭ちゃんの裁判の判決が出る時だったんだって」


「そう。タイミングが良いのか悪いのか分からないね」


「だよねぇ。それでね、ほら彼女、自殺じゃん? だから地獄行きが確定したんだよ。その時に待ったをかけたのがその桃草霞だったらしくて」


「ふーん」


「『俺が代わりに地獄へ行く』って言ったんだって。最初は無理だって言われたけど、あまりにも頑固だし暴れるから特例として認めたとか。あ、もちろん蘭ちゃんも反対したんだよ? でも、彼も譲らなくてさ。それで、最後彼女に言った一言がカッコイイの!」


「へー なんて言ったの?」


「『死んだ後くらい、幸せになれよ』だってさ! いやー、これが愛ってやつなのかなー!」


キャーキャー叫んでいる彼女は恋に恋する乙女だ。私とは正反対なだけある。しかし、私は何処か納得した。それ程までに守りたい存在だったのか、と。自分を犠牲にしても守りたい存在があるのは良いことだ。


しかし、今の私にはその気持ちが分からない。あの時流した私の涙は、彼女達の愛を感じたからなのか。心当たりはそれくらいしか無いのだが、確定では無いので心の隅っこで悶々としている。そんな私を他所に火糸糸ちゃんは話を続けていく。


「まぁでも、彼女も大変だったからね。来世とかで結ばれてくれないかなー」


「……あぁ、だから『またね』だったのか」


彼女達が別れる時に放った一言が気になっていた。もう二度と会う事の出来ない人達なのに何故『またね』と言ったのか。それが彼女の発言によって意味が分かった。私が納得したようにボソッとつぶやくと机をバンッと叩いて食い付いてきた。


「え、何それ! 私知らないんだけど! 何があったの?」


「さぁ? それは、彼女達だけの思い出だから」


ふふっと私は笑った。自分から笑ったのは何年振りだろうか。火糸糸ちゃんのあまりの慌てっぷりが面白くて、ついイタズラをしてしまった。何やら叫んでいる火糸糸ちゃんだが、私が「報告書、手伝ってくれるなら話すけど?」と言うと重々しい声をあげながらしばらく悩んでいたことは言うまでもない。

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