第10話 波乱

桃太郎

「いやぁ~、悪かった悪かった!

まさか お前までオイラを助けようとしてくれていただなんて知らなかったからさ…

ははは…」


小型妖怪

「何が知らなかっただ!!

何で誰も俺様の事を話さねぇんだよ!!

俺様がいなかったら、お前 今頃 死んでたんだぞ!!

命の恩人を飢え死にさせるところだったんだぞ!!」


夜叉丸を牢から連れ出した後、夜叉丸と共に帰宅した桃太郎達を待っていたのは…


寂しさと不自由さに堪えきれずに大騒ぎしていた小型妖怪だった。


夜叉丸

「っつーか お前、まだ居たんだな。」


小型妖怪

「おうッ!!! 上等だテメェッ!!!

喧嘩売ってるんだな!?

それは喧嘩売ってるんだろこの白鬼さんがよぉ!!?

全然口利かなかったくせに、良く喋るようになったもんだなぁ? おうッ!?」


夜叉丸

「ああ。 気にするのやめたんだ。」


小型妖怪

「はぁッ!? テメェは気にしろッ!!!」


桃太郎

「やめろよ!!

また引きこもっちゃうだろ!!」


夜叉丸

「…すまん。」


阿修羅達を追い払った後、彼は桃太郎の家にて保護されていた。


その力が漏れ出さないように封印を施された小さな檻に入れられて、殆どの自由を奪われた状態だった小型妖怪。


例え力の弱い妖怪だったとしても、人に害を成す存在である彼は、桃太郎を助けた恩義があったとしても あまり自由にさせる事は出来なかったからだ。


本来ならば直ぐにでも祓ってしまうのが道理。


しかし、それも人としてどうかと考えていたおじいさんとおばあさんは、彼の処遇について考えてあぐねていた。


桃太郎

「まあまあ。

これでも食べて機嫌 直せよ【小太郎】!」


小型妖怪

「【小太郎】って何だよ?」


桃太郎

「お前の名前。」


小型妖怪

「いつ付けたの?」


桃太郎

「今 付けた!」


小型妖怪

「勝手に付けんなよ!」


小太郎と名付けた小型妖怪に吉備団子を分け与える桃太郎。


処遇は決まった。


どうやら彼も桃太郎に着いて行くようだ。


おばあさん

「…やれやれ…。

…桃太郎には困ったもんだね…。」


いつの間にか小型妖怪も檻から出して、一緒に戯れている桃太郎。


そんな彼の様子を見て、さすがのおばあさんも悩ましい様子で眉間を押さえていた。


妖怪や鬼ばかりが集まって来る桃太郎。


郷の長である おじいさんとおばあさんの孫でありながら、人間に害を成す者達から気に入られる。


それは…


おじいさんとおばあさんに、一つの決断を強いていた。


おじいさん

「桃太郎を追放するだと!?

ばあさん!

お主は何を考えておるんじゃ!?」


おばあさん

「仕方あるまい!

郷長の孫が寺子屋での成績が悪いだけでなく、選りにも選って鬼と友人同士になったのでは示しが付かん!

将来を憂いて郷から去る者や、或いは反乱が起きる可能さえ有る。

夜叉丸が安全な鬼だとしても、人々に根付いた鬼への恐怖心は簡単には拭えぬのだ!」


おじいさん

「ならば郷の他の者が夜叉丸を連れて行けば良かろう!!

桃太郎よりも強い者は沢山おる!

何の力も持たない桃太郎と夜叉丸を旅させて、いったい何が出来ると言うのだ!?」


おばあさん

「郷の入口の見張り役が数人打ちのめされた直後だ!

郷の守りを新たに配置しなくてはならないのに、更に郷の守りを薄くするような決断は出来ぬ!」


おじいさん

「桃太郎は寺子屋で多くを学ばなくてはならない、大事な時期なんじゃ!」


おばあさん

「ああ、その件なら、寺子屋から退学の通知が来てるよ?」


おじいさん

「もぉ~もぉ~たぁ~ろぉぉぉぉぉぉぉ…ッ!!!(激怒)」


桃太郎

「ばあ様!! 今はその話はいいから!!」


桃太郎にも おばあさんよの言っている事は良く分かった。


例え夜叉丸の不幸を招く力が原因ではなくとも、妖怪を擁護するのなら、反対派からの反発は考えなくてはならない。


それを招いたのが自分ならば、自分が夜叉丸を連れて去るのが最も理に叶っている。


これは必要な決断だ。


そして…


その決断を郷全体に伝えるのは、おじいさんである事が必要となってくる。


おじいさんがその口から桃太郎の追放を言い放つからこそ、郷の民はおじいさんに対しての信用と信頼をそのままに、これからもこの郷で生活する事が出来るだろう。


桃太郎は郷を去る事に対しては特に抵抗を感じていなかった。


寧ろ乗り気で、旅が始まる事にワクワクしている。


対する夜叉丸は、桃太郎追放の原因が自分なだけに申し訳なさを重く受け止めていた。


しかし…


こうなってしまった以上は桃太郎は自分が守ると言う決意を、おじいさんとおばあさんに伝えていた。


戦力的な問題と言う意味なら、夜叉丸が側にいれば大抵の野党や剣士が敵う事はないだろう。


食に困る事もないはず。


旅に出す事自体には大きな問題はない。


…だから問題があるのはおじいさんの方だ…


おじいさん

「ダメだダメだッ!!!

桃太郎は行かせんッ!!!」


おばあさん

「聞き分けの無い男だね!!

じゃあどうしろって言うんだい!!?」


おじいさん

「…それはこれから考えるッ!!

…兎に角、桃太郎を旅になど出させるのはまだ早いんじゃッ!!!」


頑として桃太郎を旅に出させようとしないおじいさん。


普段は桃太郎に冷たい態度ばかり取っている おじいさんが、ここまで桃太郎を手放そうとしないのには理由があった。


桃太郎

「旅に出るのは早いって何だよ!?

オイラには、そんなに何も出来てないって言うのか!?

オイラだって、頑張れば…きっとッ!!」


おじいさん

「生意気を言うなッ!!!」


おじいさんは…桃太郎の事が…


心の底から大切だったのだ…。


おじいさん

「学問はダメ! 剣術もダメ!

自炊は下手くそ!

そんな子供を鬼や妖怪と一緒に旅に出すなどと…

それは【死ね】と言っているのと同意じゃッ!!!」


おじいさんには桃太郎が、今もまだ生まれたばかりの赤ん坊の様に見えていた。


桃太郎が産まれ…


初めてその腕で抱いた時の柔らかさ…


温もり…


竹刀タコばかりの荒れた手で触れては傷が付くのではないかと心配しながら、指の甲でそっと触れた桃太郎の頬…。


強く抱き締めてはいけないと、腕の上に乗せるだけだった、小さな小さな桃太郎…。


大きくなった今でもそれは余り変わらず…


剣術を指南する時でさえ、本気で打ち合う事は出来なかった。


夜叉丸

『…そうか…この人は…』


小太郎

『小僧の事が…本当に大切なんだな…。』


どうしても手を抜いてしまう。


どうしても太刀筋に乱れが出てしまう。


手を抜いて…手を抜いて…


それでも時に、桃太郎の意識を奪う程の一撃を入れてしまっていた。


桃太郎が気絶すると、もう二度と目を覚まさないのではないかと心配した。


胸が張り裂けそうな想いで「起きろ」と叫んだ。


自分の顔つきは怖いからと桃太郎に背を向けたが、負けても負けてもおじいさんに挑戦しようとする桃太郎に…


実は背中越しに微笑んでいた…。


気の利いた言葉など、おじいさんの口から出てこない。


そんなに器用な性格をしていないから。


だから何も言えなかった…


支えたかったのに、支えられなかった…


導きたいのに、導けなかった…


だが…


今なら桃太郎と、もう少しくらいなら上手く関わって行けるような気がする…。


この機を逃したくない…


遠くに行って欲しくない…


桃太郎はまだ…


何も出来ない子供のままで良い…


おじいさんは、こんな考え方ではダメだと分かっていても、それを望まずにはいられなかった…。


今まで隠し通して来た孫への愛。


だがそれは…


桃太郎の成長を妨げる障害物でしかなかった…。


おじいさん

「いいか桃太郎!!!

お前はこの郷で もっと修行を積んで、一人前の剣士になってから旅に出るのじゃ!

それまでは何処にも行かせん!!!」


桃太郎

「ふざけんな!!!」


おじいさんの言葉を遮った、桃太郎の叫び声。


それは怒号のようでもあり…


救いを求める悲鳴のようでもあった…。


桃太郎

「いつもそうだ!!

オイラにはアレが出来ない!

コレも無理!

やってもいない事まで全部否定されて、試してもいないのに失敗するって決めつけられる!!

確かにオイラは出来損ないだけど、旅が出来ないかどうかは別の話だろ!?」


おじいさん

「な…なんじゃと…?」


一瞬、桃太郎に気圧されてしまったおじいさん。


それに初めて知った。


桃太郎が、そんな不満を抱えていた事を…。


「守りたい」と願いながら、自分が桃太郎の可能性を握り潰していたのかも知れない事を…。


そして桃太郎も…


反論しながら思い出していた…。


ケガをして帰ると…


不満そうな表情を見せながら、おじいさんが教えてくれたケガの手当て…。


風邪をひいて寝込んだ時に、意識が朦朧としている桃太郎の看病をする、おじいさんの姿…。


桃太郎もまた気付いていたのだ…。


おじいさんは何も桃太郎の事が憎くてこんな事ばかり言うのではないと。


おじいさんが桃太郎を引き留めるのには理由があると言う事を。


それでも…


成長の兆しが見え始めた今、この時に…


桃太郎にとって大事なこの機会を止められる訳にはいかなかった。


…何故なら…


桃太郎

「じい様。 …勝負しろ…。」


桃太郎は、ずっと願っていたからだ…


おじいさん

「…勝負?」


強くなった姿を、おじいさんとおばあさんに見せたい…


桃太郎

「…一本勝負だ…。

…これで負けたら、旅に出るのは諦める…。」


強くなって立派に活躍する姿を、おじいさんとおばあさんに一番に見せい…


桃太郎

「…オイラが勝てば、当然旅に出る…。

…ほとぼりが冷めるまでは帰らない…。

…或いは…

…ほとぼりが冷める事がないなら帰って来ない…。」


おじいさん

「桃太郎ッ!」


夜叉丸

「…桃太郎…。」


小太郎

「…小僧…お前…。」


おばあさん

「…。」


心配させたくない…


して欲しくない…


自分がそうなる事こそが、おじいさんとおばあさんに対する本当の孝行だと、桃太郎は理解していたのだ…。


小太郎

「桃太郎! 気付かねえのか!?

お前の爺さんは お前の事を…!」


小太郎が桃太郎の気持ちに気付かずに叫ぼうとした時…


小太郎の背後から回り込むようにして伸ばされた おばあさんの手が、小太郎の口を塞いだ。


おばあさん

「…今は黙って見届けな…。

今 正に殻を破ろうとしている桃太郎を見守るのが、私達の義務だ…。」


長年、二人と共に居たおばあさんには、二人の気持ちが分かってしまうのだ。


…分かり過ぎてしまう程に…。


大切な存在だから喜んで欲しい…


大切な存在だから心配させたくない…


大切な存在だから苦労させたくない…


大切な存在だから…


おじいさん

「…桃太郎…本気なのか…?」


桃太郎

「…ああ…本気さ…!!」


部屋の片隅にあった桃太郎と おじいさんの竹刀を手に取り、その片方を桃太郎へと投げ渡すおじいさん。


自らも竹刀の柄を握ると、おじいさんはその全身から凄まじい闘気を放ち始めた。


おじいさんの闘気を感じ取り、一歩後ろへ後退してしまった桃太郎。


まるで強風の直撃を受け止めるような圧力が、おじいさんから流れ込む。


…偉そうな事を言ったが…勝てないかも知れない…


桃太郎の脳裏を過る後悔…


しかし、そんな雑念を振り払うかのように竹刀を構えると、その剣先を おじいさんの顔に向けた。


おじいさん

「…覚悟しろよ? …桃太郎。

…口に出した言葉は取り消せんぞ。」


桃太郎

「…ははっ!

…百も承知だよ…じい様!」


桃太郎と おじいさんの鋭い眼光がお互いを刺す。


火花が飛び散りそうな程に、意思と意思が力強くぶつかり合う。


静かで…


しかし それでも、次の瞬間に何が起こるのか分からない緊張感に包まれた二人がいる空間…。


その張り詰めた空気の終わりは…


突然にして訪れた…。


「始め!」の合図も無いまま、桃太郎に斬り掛かった おじいさん。


そんなおじいさんの剣撃に、ギリギリ反応する事が出来た桃太郎…。


桃太郎が握る竹刀は、寸での所で おじいさんの竹刀と自分の身体の隙間に滑り込み、おじいさんの攻撃を受け止めていた。


…しかし…


おじいさんの攻撃を吸収しきれない桃太郎。


桃太郎の身体は、おじいさんが竹刀を振り抜くと同時に、庭に向けて弾き飛ばされていた。


障子を突き破り、庭に有る物置小屋へと突っ込む桃太郎。


その破壊の跡が、おじいさんの攻撃力の強さを物語る。


おじいさんの攻撃を竹刀で受け止めたとは言え、これでは勝負あったかと…


全員がそう思っていた…


しかし…


庭へと歩を進める おじいさん。


おじいさんにだけは見えていたのだ…。


おじいさんの攻撃を竹刀で受け止めるだけではない。


…桃太郎は…


おじいさん

『…あ奴め…

…自ら後方へと飛んだな…。』


おじいさんの攻撃の威力は、桃太郎の機転によって軽減されていたのだ。


おじいさん

『…いつの間に、ここまで成長していたのだ…。』


おじいさんの直感が呼び掛ける…。


桃太郎はまだ立ってくると…。


おじいさん

『…ワシが見ていない場所で…

…いったいどれ程に努力を積み重ねていた事か…。』


…それを可能にさせる技術と…


技術に裏打ちされた努力を…


おじいさんは感じ取っていた…。


おじいさん

『…桃太郎…

…お前は…いつの間に…!』


おじいさんの予想通り…


自分の上から覆い被さった物置小屋の破片を退けて立ち上がろうとする桃太郎。


桃太郎の額のケガを保護していた包帯が緩んで視界を塞ぎ掛けている…。


鬼との戦いで付けられた傷が開いて再出血を始めている。


今の一撃で付いた新しい傷もある。


…既に重傷…


端から見れば、最早 決着は着いたようなものだった。


それでも…


立ち上がった桃太郎は、その手に握られた竹刀を放しはしなかった。


おじいさんに向けて構え直された竹刀の切っ先。


その切っ先に おじいさんは…


無いはずの刃を感じていた…。


おじいさん

「…もう止せ! …桃太郎…。

その傷ではお前の負けも同然。

大人しくワシの言う事を聞くのじゃ!」


可能ならば、ここで終わらせたい おじいさん。


可能ならば…


一撃で終わらせたかった…。


深手を負わせない内に桃太郎の意識を奪って、負けを認めさせたかった…。


…しかし…


桃太郎

「…嫌だ…。」


桃太郎もまた、おじいさんに良く似た頑固者。


簡単には引き下がらない。


今度こそ一本を取る。


その決意が…覚悟が…闘志が…


桃太郎の身体に力を漲らせていた。


桃太郎

「…じい様…オイラは…」


何故そこまでして戦おうとするのか?


それは桃太郎が勝負所と言うものを理解していたから…。


ここで退けば二度と戦えない。


それが おじいさんではない誰かだったとしても…


例え形だけ戦えたとしても、それは既に逃げた勝負。


勝っても負けても、得られるものは無い。


これは桃太郎の人生に起こり得る…


たった一回、有るか無いかの大勝負。


ここで負ければ、一生 手に入らない物があるのだと、桃太郎は気付いていたのだ。


桃太郎

「オイラは…

今日この場所で! あなたを越えるッ!!!」


再び激突し合う桃太郎と おじいさんの意思。


勝負はまだ…


始まったばかりだった…。


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