第4話 災いを呼ぶ鬼

俺は剣と似ている。


この目に映るもの…


肌に触れる者…


その全てを斬り捨てる。


まるで自分以外の存在を否定するかのように。


仲間などいらない。


俺だけが俺を理解していればいい。


欲しいものは俺の力を試せる敵。


己を測れる存在との死闘だけが、俺に生を実感させる…


倒した相手の瞳から光が失われるその瞬間…


相手の瞳に映った自分自身と目が合う…


勝ち誇り…


見下した眼差しで俺を見る俺の姿…


俺はそれを見て安心するんだ…


…嗚呼…


生き残れた…


命と命のぶつかり合いで…


俺は選ばれ…認められたんだと…


…そして、俺はまた敵を探して彷徨い始める…


生きている実感を得るために…


それが俺の生き方なんだよ…


桃太郎…



金時

「…はぁ。


どうせアイツ…覚えてねぇんだろぉなぁ…。」


郷の寺子屋から抜け出して、近くの高台まで来ていた金時。


彼はよくここで昼寝をする事があった…。


そこは絶景とは言いがたいが、郷の大部分が見渡せる見晴らしの良い場所…。


時々 郷の大人達が現れて雑談をするのに使われる事もある場所だが…


それ以外ではあまり人が来ない静かな場所だ。


金時は考え事や悩み事がある時、この場所に来ては物思いに耽っていた。


誰にも邪魔されずに済むから…。


誰かから声を掛けられる事も…余計な出来事に気を引かれる事もない…。


たった1つの事に想いを巡らせる事が出来る貴重な時間…。


それがここにはあった…。


時々聞こえてくる小鳥の囀りが心を落ち着かせ…


金時の頭の中で整理出来なかった物事を整理させてくれる…


暖かな日差しが心も身体も暖めて、無駄な苛立ちを何処かへと消し去ってくれる…


癇癪を起こしやすい金時にとっては最高の場所…


だが今日に限っては…


金時の胸の中のモヤモヤしたものが払えないでいた。


桜と竹刀を交える桃太郎の姿が頭から離れない。


道場で自分に竹刀を向けた桃太郎のあの眼光が忘れられない。


あの時 言葉に直せなかった想いが、金時の胸の中に渦を巻く…。


それは怒りではなく…

妬みでもなく…


ただ桃太郎と一戦を交えたいと心から望む…


そんな金時の想いが、彼の心を掻き乱していた…。


金時自身はそれをバカらしいと感じ…


また…必要だとも感じる…。


相反する2つの気持ちに悩まされながら、金時は救いを求めるように空と睨めっこをしていた。


大きく溜め息をつく金時の鼻の上にトンボが止まる。


空気も読まず…


図々しささえ感じるトンボの姿を見て、悩んでいる事がバカらしくなってきた金時…。


まるで「目を覚ませ」と言われている気がして、金時は嫌々ながら上体を起こした。


同時に飛び去るトンボ。


そのトンボの去っていく方向を見て、金時は【ある事】に気が付いた。


トンボが去って行った東の方角に煙が一筋立ち上っている。


金時

「…狼煙?」


それは郷の入り口の見張りが使う狼煙。


許可無く誰かが侵入した時にのみ使われる、危険を知らせる合図…。


それは…


手練れ揃いの門番達を、誰かが力でねじ伏せた事を意味していた。


郷に入る事が出来る幾つかの道にはそれぞれ見張りが付いていて、見張りを務める者は全員が郷で達人と呼ばれた者ばかり。


それを破ったと言う事は、相手もかなりの手練れであると言う事。


金時の胸の中に心地好い緊張感が走る。


倒された門番達への心配は…無い…


戦乱の世であるこの時代において、戦を経験した事が無い事自体が金時にとっては異常事態…。


いつも何処かで誰かが死んでいる…


平和に暮らせる郷だなんて在りはしない…


いつだって暴力が理不尽に人の平和な日常を脅かす…


だから…誰であっても、何処かで必ず予期せぬ死を迎える事がある…


それは当然、自分さえも…


ならば戦える内に戦おう…


剣を握れる内にこの身を戦火に委ねよう…


この手に握る刀の切っ先に、少しでも多くの血を吸わせてやろう…


心高ぶった今の金時には、桃太郎に感じていた不快感はもう無かった…


彼の心に今あるのは、早く命の取り合いをしたいと願う戦意だけ…


金時は…


戦場になるであろう場所を目指し、目にも留まらぬ早さで走り出していた…。


…と同時に、郷に住む人達も臨戦態勢に入っていた。


それぞれが仕事の手を休めて郷長の指示の元に団結する。


それは寺子屋でも同じだった。


子供達を避難させて守ろうとする教師達。


教師達が安心させようとしても、それでも不安のあまり泣き出す子供達。


郷にいる者達は今、一人残らず命を懸けなくてはならない覚悟を強制されていた…。


…そしてそれは…桃太郎も…


郷の出口に向かって歩いていた桃太郎も狼煙に気付いていた。


…どうせ出口の手前で引き返すか、誰かに連れ戻されるか…


そのどちらかだと高を括っていたのに…


緊急事態だ…


敵が迫っている…


…しかも…


桃太郎

『敵が入ってくるのは、オイラが今歩いてるこの道じゃないかッ!!!』


見張りの人達とは郷で会った事がある。


見張りの入れ替えで郷に戻って来た門番達…。


皆おじいさんの元で身体を鍛えていた。


誰1人として弱い人なんかいなかった…


力持ちで、いつも隆々とした筋肉を見せてくれていた人も…


細身ではあるが、圧倒的な剣術を使いこなす人もいた…


「あの人達が負けるはずがない。」


「皆凄く強い。」


桃太郎の心の中を駆け回る数々の言葉。


同時に、見張り台に立つ者達の笑顔が桃太郎の頭の中を過る…。


桃太郎

「まさか…し…」


こう言う時、まずは郷長であるおじいさんの所へと集まらなくてはならない事は桃太郎にも理解出来ていた。


走り出してしまった桃太郎の足。


一瞬でも早く見張りの人達を助けたい。


少しでも早くそこに辿り着く事が出来れば、1人でも助ける事が出来るかも知れないじゃないか…。


そんな想いが、桃太郎を間違った方向へと走らせていた。


息を切らしながら走り続ける桃太郎…


早く…早く…少しでも早く…


門番の皆がいる…その場所へ…!


当初の目的も忘れて走り続けて…


…そしてとうとう…


…桃太郎は出会ってしまった…。


黒い衣を身に纏い、郷へと歩む四人組の鬼。


その先頭を歩く者の髪は闇夜を思わせる黒い髪…


右の頬には、肉食動物の爪で引っ掛かれたような、四つの古い傷跡…


猫か蛇を彷彿とさせる、縦に長く割れた目…


褐色の肌に、肉食動物のように長い牙…。


その角は額部の左右から一本ずつ生えている…。


…鬼だ…


しかし、その見た目はまるで夜叉丸と正反対…


夜叉丸が白鬼ならば、今目の前にいるのは黒鬼…


その威圧感は常軌を逸しており…


まだ距離があると言うのに、走っていたはずの桃太郎の足を止めていた。


…殺意…


…他の何物でもない…雑じり気のない…戦場を生きて来た者がその身から放つ事の出来る、言葉の無い意思表示…


これ以上近付くな!


近付けば殺される!


そんな予感…


それが桃太郎を身体の芯から身震いさせる…


このまま立ち止まっていても鬼達は近付いて来るのに…


足が動かない…


逃げ出せない…


それはただ殺意に怯えているからと言うだけではなく、門番達を早く助けに行きたいと願う桃太郎の心の葛藤があったせいだ…。


敵わないと判断出来た時点で引き返せば良かったものを…


鬼達を刺激するかのように睨み続ける桃太郎…。


とうとう鬼達もそんな桃太郎の存在に気付き、自分達を睨む桃太郎の目線を確認した…。


立ち止まって、意外そうな表情で桃太郎を見つめる鬼達。


彼らの瞳が「なぜ逃げないのか?」と、問い掛けている…。


身も凍るような冷たい印象を受ける鬼達…


普通ならば、迂闊に声を掛ける事は躊躇うだろう…。


…しかし桃太郎は、目の前の鬼達にどうしても聞かなくてはならない事があった…


…それは…


桃太郎

「…お前達が侵入者か!?」


黒鬼

「…何だぁ? この人間のガキは?」


10代半ばくらいの見た目。


夜叉丸とあまり変わらない年齢だろう。


話し始めるまでは判別できなかったが、どうやら女のようだ。


いくら鬼とは言え、こんな細身の女が見張りの人達を倒して入ってきたなんて信じられない。


だが黒鬼達の手や持っている武器には所々に返り血を拭ったような後があり、血の匂いさえ漂わせている…。


桃太郎には…


それが見張りの人達の聞こえない悲鳴のように感じられていた。


桃太郎

「…見張りの人達はどうした?」


黒鬼

「…おいおい、何なんだよ突然現れて質問ばかりか?


モノの訪ね方を知らないのか人間って生き物は?


自分はどこの誰で何を知りたいのか、相手に分かりやすく質問をするように教育されていないのかい?


…坊や…?」


身振り手振りを入れながら桃太郎をバカにする黒鬼の女。


そんな彼女に釣られるかのように一斉に笑い出す笑い出す他の鬼達。


だがこの時、先頭にいる女の手にハッキリと拭き残した返り血が見えた。


桃太郎には、それが見張りの人達の物だとハッキリと理解できた気がした。


桃太郎

「…お前達…見張りの人達を殺したのか!!」


桃太郎が見せた、怒りに満ち溢れた表情…。


鬼達の殺気を押し返すような気合い…。


その様子を見て、黒鬼の女もさすがに分かりやすい何かを自分が見せてしまった事を理解した。


それで自分の手が気になって見てみると、そこには返り血が残っている事に気が付く。


なるほど…と言った表情の黒鬼の女。


返り血の事を彼女がそんな気にする様子もなかったが、それが原因で知られた事を理解すると、彼女の機嫌は急に悪くなり始めた。


黒鬼

「知るかバーカ!

人間が死んだかどうかなんて、いちいち確認してねぇよ!」


隠すつもりもなかったが、自分の失態で気付かれてしまった事が不服だったのだろうか?


激しい怒号を鳴り響かせる黒鬼の女。


…そして…


その一言決定的となった、見張りの人達の死…。


桃太郎の怒りは…遂に頂点にまで達していた。


桃太郎

「…ふざけんなッ!!!」


桃太郎の脳裏に見張りの人達の笑顔が甦ってくる。


遊んでくれた人もいる。


怒ってくれた人もいる。


ケガをした時に助けてくれた人もいる。


そんな人達を気付かないうちに傷つけられたのかと思うと…


桃太郎は…


黒鬼に立ち向かわずにはいられなかった。


武器は無い…


竹刀も、桃の木の枝も置いてきた…


有るのはその身に宿った力のみ…


鬼に飛び掛かり様、右の拳を全力で振りかぶる桃太郎。


攻撃はバレバレ…


策がある様にも思えない…


怒りはなはだしくも力無い桃太郎の拳が、鬼の顔面に目掛けて走った…。


桃太郎

『そのままブッ飛べッ!!!』


今 正に…


桃太郎の拳が鬼の顔に触れようとしたその瞬間…


逆に桃太郎の顔面が後方へと弾け飛ぶ。


鬼の顔を殴る事なく後方へと飛んだ桃太郎の身体は そこに生えていた樹木にぶつかり…


桃太郎の身体を支えた樹木は その衝撃の全てを受け止めて少し斜めになっていた。


斜めになった樹木をズルズルと滑り降りる桃太郎。


その身体は重力に逆らう事なく、摩擦に抵抗する事もないまま、両足を地面へと辿り着かせた。


桃太郎の様子を見て、不敵な笑みを見せる女の鬼…。


桃太郎の事をアッサリと殺したとでも思ったのだろう…。


…しかし…


桃太郎がそこで力尽きる事はなかった…。


地面に沈むかのように倒れると予想されていた桃太郎…


しかしその両足には再び力が宿り、彼の身体を支えていた。


手を伸ばせば、すぐ届きそうな場所に地面が見える…。


それ程に上体を倒した形で気絶を免れた桃太郎。


顔を上げる力も無く…


意思を混濁させて…


平行感覚も失われた状態の桃太郎を見て…


鬼の集団は驚きを隠せなかった…。


死んでもおかしくない一撃を入れたはず…


それが何故生き残り…


あまつさえ…


何故まだ立っている事が出来るのか?


他の誰よりも、殴った本人が一番驚いていた…。


女の鬼

「…お前…何者だ?」


女の拳に残った感触が訴えている…


殺すつもりで殴った…


手応えも確かだった…


今 目の前に居る貧弱な身体付きの人間風情に耐えられる攻撃ではなかったのに…


そのはずなのに…


いったい何の間違いで耐え凌いだのか…?


まだ上体を起こせないままの人間の子供は、自分に向けて一歩…また一歩と、重たい歩を進めようとしている…。


それはまだ戦う意志が残っている証明…


まだ、戦いは終わっていないと言う意思表示…


殺意ではない何かから生まれてくる圧倒的な威圧感を、桃太郎は鬼達に感じさせていた。


桃太郎

『…じいちゃんのお陰だ…


…毎日のじいちゃんとの稽古がなかったら…


…きっと今の一撃で殺されていた…。』


鬼の拳が桃太郎の顔面を捕らえる寸前…


桃太郎は避ける事も防ぐ事も出来ないと判断するや否や、その額を鬼の拳へと差し出していた…。


…つまり…


鬼が殴ったのは桃太郎の【頭突き】…


鬼の拳には十分な手応えが残った事だろう…


桃太郎が負った被害だって軽傷ではない。


それでも桃太郎が取った咄嗟の判断が、桃太郎の命をギリギリのところで繋いでいた…。


桃太郎

『…桜との稽古にも助けられた…


…桜とやった時も、今みたいな嫌な予感がすると直ぐに攻撃を返されてたから…


…金時とのケンカだって約立っている…


…あんな威圧感と向かい合った事がなかったら、きっとビビって動けなくなっていたに違いない…。』


桃太郎が今まで繰り返してきた敗戦が、桃太郎の中で徐々に形を成し始めている…。


桃太郎

『…皆のお陰だ…


…皆がいたから、オイラは今 戦えているんだ…!


…皆がオイラを鍛えてきてくれたから…


…オイラはまだ動ける…!!』


少しずつハッキリとし始めた桃太郎の意識…。


その瞳に確かに宿った、明確な戦意…。


桃太郎の手の中には、今もまだ武器は無い…。


しかし…


桃太郎から発せられる、異常とも受け取れる強い気合いこそが…


桃太郎の武器と成って、鬼の歩みを止めていた。


桃太郎

「…ここから先へは…行かせないぜッ!!!

この人殺しのクソ鬼共ッ!!!」


桃太郎と鬼の戦いの火蓋が今、人知れず切って落とされた…。


女の鬼

「…とんだガキが居たものだ…


…なあ…


…【夜叉王】…。」

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