第3話 追手

私は嘘が嫌い。


隠し事が嫌い。


裏切るのも裏切られるのも嫌い。


それを一回する度に、心が黒く塗りつぶされて行くような気がするから。


その黒は一度心の中に現れると、いつまでも【私】を追ってくる。


【私】と言う存在を全部黒く染め上げて、黒一色になったら他の人の心の中に移るの。


そうやって黒い何かは感染して広がっていく。


私はそれが嫌い。


…大嫌い。



「じゃからな! 私は本当の事しか言えんのよぉ!


悪気とか桃太郎を傷付けたくてとかそんなつもりは全く無くて…。」


桃太郎

「言い訳になってねぇんだよ!


そこに直れ!


そして良く見ろ…。


お前のせいでじい様に殴られて出来たこの傷の数々を…!」


「じゃから謝ったがぁ?」


桃太郎

「それでオイラの気が済むか!!」


寺子屋へ再び通う事を許された桃太郎は早速 桜と試合をしていた。


いつもなら足下にも及ばないはずの桜に対して攻勢に出る桃太郎。


理不尽な制裁を受けねばならなかった桃太郎の激しい怒り…


そして桜が感じていた罪悪感が、彼らの攻防を切迫させていた。


だがそれでも桜が負けるはずもなく、最後には一本取られて倒される桃太郎。


桃太郎にとってはいつも通りの納得いかない結末…


しかし…


周りで見ていた者達にとっては違った…


「桃太郎に勝てるわけないじゃん」

「桜の練習にもならないよ」

「何を考えてるんだ?」


負けた桃太郎にヤジが投げられる。


他の門下生達にとっては、桜に手合わせを申し出る事 事態が恐れ多い…。


それなのに、門下生の誰にも勝てない桃太郎が試合をする事が、他の門下生達には面白くなかったのだ。


そしてそれは、今の桃太郎には悪い挑発材料でしかなかった。


桜に対する怒りは、いつの間にか周りからの視線やヤジに対する不満へと擦り代わり、桃太郎の望まない行動を彼に強制していた。


勝つための算段も無しに「もう一回だ」と桜に飛び掛かる桃太郎。


そして再び負ける。


一本だけで良い…


せめて掠るだけでも…


そんな願いが込められた桃太郎の竹刀は…


…最後まで…

その願いを叶える事はなかった…。


他の生徒達の授業内容を変更してまで繰り返された試合は…


桃太郎の惨敗で幕を閉じた…


…試合中はあまり気にならなかった門下生達の声が、今はハッキリと聞こえて来る…


座学では試験結果で負かされ、剣の練習では言葉通り打ちのめされる。


くたくたになりながら迎えた昼休憩の時間には、他の門下生達のギリギリ聞こえる陰口に悩まされる。


さすがの桃太郎も、いよいよ限界を迎えようとしていた。


桃太郎

「…何故だ?

…何で勝てない?

…オイラが何をしたって言うんだ…?」


「まあまあ、今はまだ仕方ない事もあるから、今はとにかくご飯食べよ! な!」


桃太郎にとっては敗北一色に染められたいつも以上の1日…


今まで…


これ程までに打ちのめされた事があっただろうか…?


もう全てを諦めてしまいたい…


どこかへ逃げたい…


そんな事を考えてしまう桃太郎に対して…


周りからの反応もまた、いつもとは違っていた。


ガムシャラに桜に挑んで行くその姿…


桃太郎と桜の人間関係が今までよりも近く感じる。


そんな桃太郎を桜も悪く思っていない様子に、周りの生徒達は少し戸惑っていた。


応援する者が居る訳ではない…


しかし…


その様子を見て、驚きの声が上がっていたのも、また確か…


その些細な違いに気付かない桃太郎は、昼ご飯を食べる事も無く、お婆様が用意してくれたお弁当の蓋を開ける気力さえ無くしていた。


「それにしても何だったんじゃろうなぁ、あの白鬼?


もう既に払われる直前みたいじゃったけど、逃げられてしもぅたしなぁ。


そう言えばあの桃の棒切れ持って帰ってしもぅたじゃろ?


一応元の場所に戻さんとなぁ。」


自分で打ちのめした桃太郎の目の前に座って昼食を取る桜。


その無神経な桜の態度に、桃太郎の不満は募る。


桃太郎

『な…なんであの試合の後で自分がボコボコにした相手の前に座れるんだこの女は…!!!』


今尚 目の前でベラベラしゃべっている桜の言葉にが桃太郎を襲い続ける。


その余りの言葉数に疲れてしまった桃太郎は桜の言葉に反応する事もなく、静かに立ち上がって教室から出ていこうとしていた。


桃太郎の落ち込んだ様子を心配したのか、桜は出ていこうとする桃太郎に駆け寄った。


「桃太郎どないしたんかな?

もしかして、また河原で1人で稽古?」


桃太郎

「それを言うなってば!」


返事をするのも疲れていたはずなのに…


顔を真っ赤にして照れ隠し程度の反論をする桃太郎。


まだ自分にはこんな余裕が残されていたのか?


そんな驚きを感じつつも、それでも何とか桜を引き離そうとして桃太郎は走り出した。


「桃太郎!? どけぇ行くん!?」


…分かっている…


走力で桜には勝てない…。


だけど物陰を使いながら上手い事 桜を撒く事が出来たなら…?


桃太郎の心に芽生えた僅かな闘志と希望が、彼に逃走劇を始めさせる…


はずだった…。


突如…


逃げようとする桃太郎の目の前に立ち塞がった【誰か】…。


後方に着いてくる桜の事ばかり意識していた桃太郎は、目に突然現れた現れたその【誰か】に気付けなかった。


激しい衝突音と共に後方へと弾き飛ばされる桃太郎。


その手応えは正に壁…


自分が後方へと弾かれた事が理解出来たのと同時に、相手が微動だにしなかった事も理解できた。


桃太郎

「ご…ごめん!」


衝突の反動で転んでしまった桃太郎。


…ぶつかった時に、その感触で分かっていた…


…相手は自分よりもずっと強く頑丈…


…どうせ無傷だ…


それは分かっていた…


だが、自分からぶつかったと言う罪悪感が桃太郎に謝罪の言葉を強制させていた。


自分を見下す相手の視線を桃太郎の視線が追う。


桃太郎の瞳が、やっとその相手を見付けた時…


桃太郎は…


桜にばかり気を取られていた事を心の底から後悔した…


そこに居たのは…


金時…。


桃太郎が最も苦手とする同級生…。


桃太郎は、また金時に絡まれる事を察してうっかり表情を曇らせた。


…すると…


金時

「…ちょっと道場まで来いよ。」


…急な金時からの誘い…


しかも機嫌が悪そうだ。


桃太郎は滝さえ竹刀で斬ってしまう金時の斬撃を思い出していた。


郷長や桜と違って力加減を全くしない金時が相手ではケガでは済まないと…


これからいったい何をされるのか?


まさか大ケガを負う事にはなるのでは?


桃太郎の胸の奥に恐怖と不安が広がる。


しかしこの雰囲気では断る事も出来ない。


金時と戦うにしても戦わないにしても、桃太郎は着いて行くしかなかった。


恐る恐る金時と共に向かった無人の道場。


誰も居ない道場はいつもより暗くて…


静かで…


皆で使っている時と比べると少し不気味で…


しかし神聖にも感じられて…


…自分なんかが足を踏み入れて良い場所なのかと、桃太郎を困惑させていた…


…いつもよりずっと広く感じられる今の道場には…


…桃太郎と…金時と…


…そして…


金時

「おい、何で桜までいるんだ?」


「え? だって桃太郎元気無かったから大丈夫じゃろか?思ぅて。」


桃太郎

「…桜。

それはこの状況では火に油のような気がするが…?」


これから何が起こるのだとしても1対1。


そのつもりでここまで来たのに…


桃太郎と金時に、桜まで着いてきてしまっていたのだ。


その行為は桃太郎が察した通り金時の怒りをより刺激した。


感情のままに竹刀を振りかぶり、そのまま道場の床に向かって振り下ろす金時。


道場には轟音と共に激しい振動が響き渡り、ただ金時と向かい合っていただけの桃太郎を転ばせた。


桜でさえ姿勢を崩してしまうほどの振動は当然のように寺子屋にまで響き渡り、多くの生徒と教師を驚かせる。


まるで災害のような轟音と振動が去った後に桃太郎が見た風景は…


畳と共に床を猫の目のように裂いて、道場全体を歪ませる程の惨状だった。


滝を斬るだけでなく、丈夫な畳とその下の床まで竹刀で叩き割ってしまうとは…。


あと少しで道場全体が瓦解するところだ。


だがこれ程の力を持ちながら感情のままにその力を振るい…


桜を巻き込んでまでその怒りを表現する金時に、桃太郎も激しい怒りを覚えていた。


今にも崩れそうな道場の中心で、怒りの権化と化した金時と桃太郎は竹刀を握りしめて向かい合っていた。


桃太郎

「金時!

何をそんなにムキになってるんだ!?

オイラとお前じゃ力の差が歴然なのは見ての通りだろ!?」


金時

「…そう言う問題じゃねぇんだよ。

強ぇからとか弱ぇからとか…

そんな事でイラついてる訳じゃねぇ。」


桃太郎

「じゃあ一体何が目的なんだ!?

こんなの訳分かんねぇよ!」


桃太郎の反論に金時は黙ってしまった。


どうやら簡単には口に出せない理由があるらしい。


やり方は乱暴であったが引くに引けない金時と、ここまでされたら負ける事が分かっていても怒りの視線で睨み返す桃太郎。


二人が竹刀を構え直し、今にも殺し合いが始まろうとしていた時…


二人の間に…桜が割って入った。


桃太郎

「桜!! 危ない!!

退くんだ!!」


金時

「…テメェ…何のつもりだ…?」


一体何が狙いなのか?


桃太郎を庇うように歩を進める桜。


桃太郎は驚きと共に彼女の後ろ姿に目を奪われていた。


金時も桜の次の行動が読めず、警戒をして動けない。


桜は桃太郎と金時の丁度中間の位置まで歩を進めると…


金時に向かって、その手に握る竹刀の切っ先を構えた。


「無意味な暴力はおえん言うたじゃろ!

(無意味な暴力はダメだと言ったでしょ

)


桃太郎も怒っておろぅが!


それでも戦いたいならまずは私が相手するけぇ掛かって来い!」


真っ直ぐで、自分の意見を変えない芯のある女だ。


それが桃太郎の思う桜の印象だった。


それは今でも変わらず、これが原因で金時が更に逆上したとしても桜を悪く思う事はないだろう。


むしろ『自分が守らなくては!』と言う気持ちに駆られて…


気が付けば…


桃太郎はもう一度桜の前に歩み出ていた…。


右手に握る竹刀の切っ先が金時を捉える…


残る左手が桜を守ろうとして盾になる…


その眼光は矢の如く金時を射抜き…


その言葉は、金時の全てを否定した…


桃太郎

「…金時…オイラが相手だ!」


『勝てるわけないのに…


何してるんだオイラは…』


などと考えていた…


きっとこの時、ほんの僅かな後悔を感じていたに違いない。


それでも心と身体が勇み足を踏む…。


混乱する桃太郎の心を、桜が示してくれた勇気が支えていた。


桃太郎

『女に守られて終わるな!! 桃太郎!!』


恐怖が桃太郎の心臓の鼓動を早くする。


勝算は…無い。


だがそれでも桃太郎は、金時に立ち向かおうとしていた。


目まぐるしく入れ替わる金時の対戦相手。


彼からすれば、まるで自分が全否定されているような気持ちにさせられる。


…納得いかない…


何もかも思い通りにいかない不満からか…


金時は構えていた竹刀を放り出した。


金時

「…少し試してやろうとしただけだ。

…試すまでもなかったみたいだけどな。」


金時は吐き捨てるようにそれだけ言うと半歩退がり…


桃太郎をもう一睨みすると去っていってしまった。


金時は一体何をしたかったのか?


それは金時が最後に残した言葉だけでは判断出来ない…。


しかし、自分にも何かしらの原因が有ると…桃太郎に感じさせていた。


それでも危険が去った事を理解して全身から力が抜けてしまう桃太郎。


あのまま続けていたら命だって危なかった。


そう思うと、今生きている事が奇跡のようだった。


桃太郎は全身から吹き出す冷や汗を感じて理解した。


桃太郎

『…これって…実戦だったのか!?』


そう…


これは試合や練習などではない。


桃太郎にとって、人生初の実戦だったのだ。


高鳴る心臓が、危険が去った今でもそれが近くにあった事を桃太郎に知らせ続けている。


桃太郎はいまだに、自身にとっては無縁だと思い込んでいた非現実の世界を感じていた。


そんな桃太郎を現実に引き戻したのは…


やはり桜だった。


「…桃太郎?」


桜の呼び掛けに、ハッと意識を取り戻したかのような反応を見せる桃太郎。


振り返ると、そこには不安に彩られた表情の桜がいた。


今にも泣き出しそうな桜の表情…


その表情に、桃太郎は何とも言えない罪悪感のようなものを感じる…。


しばらくの間…二人は見つめ合った…。


桜は今、何を考えているのか…?


何と声を掛けてあげればいいのか…?


悩んで…悩んで…


とうとう言葉を見付けられなかった桃太郎に…


先に声を掛けたのは…桜の方だった…。


「桃太郎…私のおっ○い…触ってる…。」


その言葉が何を意味しているのか?


一瞬桃太郎自身にも分からなかった。


しかし桃太郎が視線を下げると、桜を守るために盾となった筈だった左手が、桜の胸に触れていた。


自分が何をしたのか理解できずに固まってしまう桃太郎。


そして間の悪い事に、騒ぎの中心が道場である事に気付いた教師達が駆けつけた。


「どうした!?」

「何があった!?」

「道場でいったい何があった!?」


大声を張り上げながら駆け込んで来た教師達が目にしたものは…


…桜の胸を握り締める桃太郎の姿だった。


悪くなる一方である現状を理解して、更に固まる桃太郎。


桜の胸を握る桃太郎を見て、いったい誰が無罪だと思う事だろう?


片や寺子屋で一番人気の生徒。

片や寺子屋で一番の落ちこぼれ。


普段から積み重ねられて来たそれぞれの好感度が…


教師達に然るべき判断を取らせた…。


教師

「…桃太郎…職員室に来なさい…。」


まるで噴火直前の火山を連想させる怒りの表情…。


鬼の如き憤怒の形相の教師達が桃太郎を取り囲む。


それでも教師達はギリギリのところで踏み留まっていた…


桃太郎にも言い分が有るのではないかと…


教師としての立場で桃太郎を信じようとしていた…


しかし…


桜の一言が…教師達の怒りを頂点まで押し上げた…。


「…初めてだったのに…。」


桜は女性教師に抱き締められながらそう呟いた。


遂に爆発する教師達の怒り。


桃太郎は教師達数人に囲まれて、夕方までコッテリと締め上げられた。


午後の授業を受ける事なく帰路に着く桃太郎。


気が付けば道場を壊したのも桃太郎のせいになっており、金時がお咎めを受ける事もなかったそうな。


過去に無い疲労感を携えて歩く帰り道…


もう目の前に自分の家が迫っていると言うのに、桃太郎は戸を開ける事が出来ずにいた。


戸を開ければ、おじいさんとおばあさんのキツ~い説教が待っているに違いない。


そんなものを聞かされれば、その疲労感で今度こそ桃太郎は絶命してしまうかも知れない。


どうせ自分の居場所が無いこの郷で、責任なんか取る必要があるのだろうか?


逃げ出しても良いのではないだろうか?


そう思うと、桃太郎の足は少しずつ…家から離れて行こうとしていた。


しかし、河原に逃げても桜に見つかる。

御神木のある丘まで逃げても桜に見つかる。


どこに行っても見つかるのなら、一噌の事 郷の外にでも逃げようか?


そんな事を考えながら、桃太郎は郷の外へと繋がる道を歩いていた…。



…その頃…



郷の一番外側に流れる川で水を飲む、1人の青年の姿があった。


白い装束を身に纏い…


その頭髪は絹の如く美しく白い光を放ち…


その頭部には、髪に混じって見え隠れする一本の角…


…それは…


先日桃太郎が助けた白鬼【夜叉丸】の姿だった。


桃太郎に心を開き掛けていた夜叉丸は桜の登場により引くことを余儀なくされたが、いまだに体力は回復していなかった。


それでも鬼を嫌う人間に助けを求めても騒がれるだけ。


下手をすれば殺されかねない。


そう考えた夜叉丸は、桃太郎が住む郷の外れで1人身を潜めていた。


桃太郎が暮らすこの郷には山賊などの輩も近付かない。


それはこの郷が多くの侍や陰陽師を排出している強者ばかりの郷だから。


だが、その事にまだ気付いていない夜叉丸には「都合が良い」くらいの感想しかなかった。


それでも気を緩めればいつ何が起こるか分からない。


だが体力さえ戻れば1人でも度立てるのもまた事実。


今の夜叉丸に出来るのは、辺りを警戒しながら体力の回復に専念する事だけだった…。


更に好都合な事に、目の前に流れる川には大地から溢れる清らかな【気】がふんだんに含まれている。


その川の水を飲む事が、夜叉丸の回復の手助けとなっていた。


夜叉丸は美味しそうに一口…また一口と川の水を口に運んだ…。


…ああ…


…満たされる…


…この調子ならば、一週間と待たずに旅立てる事だろう…


…そう考えていた…


…その時…


「おや~? 白鬼がいやがるぜ。

こんな場所で珍しいなぁ。」


突然自分に向けて発せられた言葉。


それに驚いて、弾け飛ぶようにして声の聞こえて来た方向から距離を取る夜叉丸。


と同時に臨戦態勢に入る。


どんな敵が相手でも…


どんな武器を持っていても、瞬時に対応できるように…


しかし…


そこにいたのは…何の害も無い小型の妖怪だった。


夜叉丸

「なんだ…。 ただの妖怪か。」


青く燃えるような、人魂のような見た目をしてフワフワと浮いている小型妖怪。


その姿を見て、一気に警戒心を解く夜叉丸。


大きな溜め息と共に、元いた茂みへと歩を進めた…。


小型妖怪

「【何だ】はねぇだろ?

力に差はあっても同じ妖怪じゃねぇかよ。

仲良くやろうぜ?」


妙に馴れ馴れしい小型妖怪に僅かに苛立ちを覚える。


だが夜叉丸は、それがどれ程無意味な感情であるのかは理解していた。


この妖怪との会話に意味なんてなど無い。


聞いて得する情報を持っているとも思えない。


更に、怒りや緊張は回復の妨げになる。


何一つ利が無い以上は、茂みの斜面に横になり、何を言われても無視する事が、夜叉丸の判断した最善だった。


時に「うるさい」「黙れ」等とあしらいながら…


ひたすら無視を続ける夜叉丸…


すると小型妖怪も飽きたのか、「ちぇ」と舌打ちをして何処かへ去ろうとした。


だがその時、小型妖怪は思い出したように動きを止めた。


そして立ち去る前に1つだけと言わんばかりに夜叉丸に問い掛けた。


小型妖怪

「そう言えば郷の方にも数人の鬼がいたな。


あれはお前の仲間達か?」


それを聞いて、夜叉丸は耳を疑った。


…連れてきた仲間など…


1人として居ない…


小型妖怪

「まあ鬼なんてそうそう暴れる存在じゃねぇのは知ってるけどよ、何があっても郷に迷惑掛けるんじゃねぇぞ?


あそこには俺のお気に入りのガキがいるんだからよ!」


不安に歪む夜叉丸の表情…。


その表情は次第に怒りに彩られ、立ち上がった夜叉丸の拳は握り締められていた。


夜叉丸がそんなに強い反応を見せるとは思っていなかった小型妖怪は驚いて後退る。


「なんだ?やるのか?」等とおどけてはみたが、内心不安しかない。


そんな小型妖怪に歩み寄ると、夜叉丸は鬼気迫る様子で問い掛けた。


夜叉丸

「どこで見た!?

何人いて何処へ向かっていた!?」


小型妖怪

「いきなり何だよ?

5人くらいじゃなかったかな?

郷に入っていく道を歩いていたけど…。」


その回答に心当たりがあったのか?


夜叉丸の額に汗が滲む…。


不安が的中していない事を祈りながら、夜叉丸は更にこう続けた…。


夜叉丸

「…そいつらの見た目の特徴は?」


質問の意味をいまいち理解しきれない小型妖怪。


焦り、困惑した彼が答えられるのは、ほんの簡単な特徴でしかなかった。


少し退きながらオドオドと身震いする小型妖怪。


夜叉丸にはその僅かな時間がとても長く感じられた事だろう。


握る拳につい力が入り震えている。


…そして…


小型妖怪のその口から、ついにその答えが放たれた…。


小型妖怪

「…あんたみたいな服の黒い物を着ていて…

皆、目が【赤】かった…。」


夜叉丸の表情が険しさを増す。


それは夜叉丸にとって良くない来訪者。


それが今、自分の近くまで来ていた。


しかも郷に向かっている。


夜叉丸は選択を強いられていた。


このまま逃げるか…?


それとも戦うか…?


悩み…頭を抱える夜叉丸…


…だが…


問題はまだ他にも起きていた…


まだ誰もが気付いていない…


鬼達が歩く道と…


桃太郎が逃げ出そうとして歩む道…


そのどちらもが、同じ道である事に…。

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