27話「それぞれの思惑」
「あたしさ、変なこと言ってたでしょ」
私は言葉を濁した。いつもの屈託のない笑みとは違う、力ない笑みを浮かべて麻木は言う。観念したかのような投げやりな口調で。
「あたしね、古澄ちゃんと夢に潜るのが急に怖くなったんだ。夢の中じゃ本音は隠せないから、いつか本当のあたしを全部見せちゃいそうで」
刃に切り裂かれた麻木の本心が、周囲に残骸となって散らばっていた。
麻木が私に縋りつくようにして身を起こし、震える手で残骸となった枝をかき集める。半透明の樹脂の枝は麻木の手に触れたそばから赤く長いリボンへと変わっていく。麻木の足元からは次々とリボンが湧き出していた。それは足元を埋め尽くしていく。
それは麻木が隠していた本心だ。身を護る鎧はいつの間にか砕けていた。
リボンの海に溺れて麻木はかき集めたリボンを手のひらに乗せ私に差しだして見せる。
「これがあたしの全部だよ、古澄ちゃん」
麻木はリボンの意味を、夢の理由を、言葉に変えて語る。
隠していた欲望、束縛と所有の欲求。衝動的で非論理的で善悪の軛を超えた乱雑であれども強固な共通項。人が誰しも無意識に抱えている欲求の人それぞれの形。
「どんなに取り繕ったって自分のことは誤魔化せなくて、こうやって無自覚は時に理性を超えて顕現してしまう」
麻木は一言付け加えた。
「幻滅した?」
私が反応できないまま麻木の姿が溶けるようにして消えていく。夢から醒めたのだ。跡形もなく消えた麻木を見送って、私は振り返る。
少女は無垢な仕草で首を傾げる。
「悪夢を止めるならもっと簡単な方法があるのに」
「麻木が根底に抱えているものと向かい合うのは悪いことじゃない」
「悪夢は全部止めなきゃ」
「止め方が強引すぎる」
「止めるなら一緒でしょ? おねえさんは今の人だけえこひいきするの?」
少女の問いに私は応えることが出来ず質問を返す。
「教えて。君がこの世界を作った管理者なのか?」
「そうだよ」
あっけからんと少女は頷き、私に問いかける。
「おねえさんは夢を見れるようになった?」
夢の中での会話らしい解釈の難しい不思議な言葉。だが、その言葉に何故か既視感を覚えた。
脳内の記憶領域の中から、その言葉と一致する記憶を探し当てようとする。それに反発するように記憶の奥底が疼いた。そんな記憶はないと、私の脳に否定されているようだった。
強烈な頭痛に目眩がする。私は吐き気を堪えながら問い返す。
「一体何を……」
その瞬間、音がした。私達の側に何かが飛んできて地面を跳ねた。拳大の黒い筒状の物体、金属質の表面とその細部から榴弾であると察する。咄嗟に身を庇おうとする前に、榴弾を中心として周囲に強烈な光が拡散した。
殺傷力をもたず、身動きを封じるのを目的とした閃光榴弾だ。
視界を奪われて状況が分からない。何も見えない中、強烈な刺激を感じた。無理矢理に身体を揺さぶられたような感覚。しかし、それは痛覚や触覚を介さず、刺激を受けたという情報だけが脳内に通達される奇妙なものだった。
「逃げて」
少女の声が脳裏に響き、夢の世界と私の意識との接続が途切れそうになる。強制的に弾き出されている。
「なるほど、これでも駄目なのか」
遠のく意識、真っ白な視界の中、葉久慈氏の声が聞こえた気がした。
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