アイツの日記

奏羽

ある日の午後

 悠太郎ゆうたろうの部屋で、日記を見つけた。柄にもなく、立派な表紙の日記帳である。


「どうせ、三日坊主だろ」


 そのまま手に取り、中身を見る。見覚えのある汚い字だ。アイツからノートを借りても、汚すぎて結局なんにも意味がなかったことが何回もあった。


 日記は、意外にも結構前からつけていたらしく、書き出しは数年前だった。


『〇月〇日 

 ――――と言われ、日記をつけることにした。

 書くことがないが、とりあえず高い日記帳を買ってきた。

 これで――――――、頑張ろうと思う。』


 相変わらずの汚い文字で、やはり読めない場所が多い。日記の初日ぐらい、綺麗な文字で書けよと脳内でツッコみたくなる。


 そこから、当たり障りのないこと内容ばかりが続いていた。


『〇〇月〇〇日

 相変わらずの残業で疲れた。

 上司の――――――も、繁忙期では―――だった。

 また、焼肉食いにいきたい。』


 日付を見る限り、数年前のこの辺りの日に珍しくアイツからの誘いがあったことを思い出す。久々に会ったこともあって、お互いに色々な話をした。酒を飲んだアイツはかなり上機嫌で、大人になったというのにベロベロに酔っぱらっていた。


 日記には、波があった。長々とくだらないことを書いている日もあれば、たったの数行で終わる日もあった。


 日付が少し飛ぶ時もあった。それでも、日記は出来るだけつけていたらしい。


 アイツの性格上、三日坊主で終わりそうだと思っていたが、汚い文字ながらもしっかりと日記は書かれていた。


 人の日記を読むことは、やはり罪悪感が湧いてくるらしい。ページを捲り、少しずつ現在に近付くにつれて、心の奥にモヤモヤとした思いがこみあげてくる。


 それでもページを捲っていくと、ついには今日から数ヶ月前にたどり着いた。


『〇月〇〇日

 祥貴よしたかと久々にゲームがしたくなった。

 高校の頃やっていたあのゲームの新作がでた。

 ――――でも、――――――。』


『〇月〇〇日

 あのゲームを買ってきた。

 明日やってみる。』


『〇月〇〇日

 やっぱり一人でやるのはつまらなかった。

 あの頃は毎日みんなとやっていた。

 またやりたい。』


「誘えよ」


 思わず読みながら、口に出してしまう。アイツはいつも自分からは遊びもゲームも飯も誘ってこない。誘ってくれれば、いつものメンバーを呼んだのに。


 短い文章の日々が続く、そしてついに日付が数週間前の日になった。日記はここで終わっている。


『〇月〇〇日

 もう――――――。

 明日も――――――。

 ――――――たい。

 まだ、クリアしてないや。』


 部屋を見渡すと最新のゲーム機に、一本のゲームソフトのケース。


 小学生の頃から、みんなで集まってやっていたゲーム。それから、中学、高校、大学になっても、最新作が出たら、みんなでやっていた。


 試しに起動してみて、アイツのデータを見てみる。プレイ時間は数時間だった。小学生の頃から変わらないダサいハンドルネーム。それにアイツらしい、ぐちゃぐちゃの装備。


 ゲームの中は、一人では難しいと言われているミッションのところで止まっていた。


「だから誘えって…」


 ゲーム画面が歪む。心の奥底のモヤモヤが爆発し、罪悪感で押しつぶされそうになる。


 アイツとはもう一緒にゲームができない。そう思うと、涙が止まらなかった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイツの日記 奏羽 @soubane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ