おはよう世界

「はーい、ここが1つ目のお宅です!」


 薄黄のカーディガンが映えるカナがアパートの前で大きく手を広げる。うん、数日ぶりに会ったけど今日も可愛いですね。


 やっぱりドキドキする心臓にまだ慣れない"惚れ"を感じながら、俺は新居候補1の玄関をくぐる。


―――――――――


 宅飲みから数えて1回目の土曜日の朝。

 いつもの休日と同じ様に昼まで惰眠を貪ろうとした俺を、唐突に鳴ったチャイムが阻害する。


「うぃうぃ。今出ますよ……」


 相手は扉の外。聞こえるはずのない返事をしつつ、ベッドを出ようと試みる。

 しかし、中々体が動かない。土曜日の朝という時間帯に体が着いてこない。


「今出ますからちょっと待って……」


 再びのお返事も、まぁ聞こえる訳がない唯の自己満足なんだけ……ど?


「もう待たんッ!」


「はっ!? 今日は一段と可愛いな!?」


「カワイイッ!? みぎゃっ……」


 やばい。急のことでおかしな事を口走った。


 俺の度肝を抜いたのは、寝室の前に仁王立つカナだった。お出かけ様なのか、初めてみる薄黄のカーディガンがとても可愛い。


 しかし、今はそんな事はどうでもいい。

 いや、色々とどうでも良くないけど。


「かわいいかぁ…… えへへっ……」


 ぼーっとしているカナに突如降ってきた大きな疑問をぶつける。


「……鍵、掛かってたよね?」


「いや、勿論合鍵使ったけど」


「AIKAGI!?」


 え、いつの間にそんなものが。真犯人フ〇グで見た様な知らない合鍵の存在にとても驚く。さっきから心臓に悪いこと続きだ。


 と、そこで海馬の隅っこが反応を見せた。


「あっ、あれか!?」


「ヨータだってうちの持ってるでしょ! はー、女の子の部屋の鍵の存在を忘れてるとか不用心すぎます。こりゃ旦那様として不安ですわ……」


「だんっ…… ごめん、ここ12年も使ってなかったからつい」


「まぁ私もそれはそう。引っ越す前に片付けしとこーって思って発見しました。はい」


 お互い不用心すぎるなこれは。


 確かに合鍵はあった。地元を出る時に母上達から『アンタら死にそうな時は助けあうんよ~ ははっ、ヨータは悪用せんようにね!』と交換した合鍵。


 生憎どっちも体が強く、不在の時に部屋に行く用事も無かったので記憶に埋もれていったが、確かにあった。


「うっ、ごめんな」


「わたくしこそ。ってことで謝り合戦は終わり! 早く着替えて行こ?」


「どこに? って、あぁ…… 了解した」


「危ない所でしたねヨータ君。 もうっ、もし『忘れた』なんて言われてたら怒ってたよ!」


「大丈夫だ。あんだけLINEされたら誰でも覚える」


「その割には惰眠を貪ろうとしてたようですが? ヨータも12年ぶりの引越しワクワクしない?」


「……するけど不安が」


「今更一緒に暮らすくらい…… いや、私もびみょいかも」


「だろ?」


 催促されるままに半裸から外行きの服に着替えつつ、会話を続ける。


 確かに引越しという存在にも、同棲という存在にもワクドキしている。ってか自分で引き寄せた所ある。


 ……が、俺とカナは家が隣系幼なじみではない。

 お互いと住空間を共有するのは未知の恐怖を孕んでいた。


「実際私さっき扉の先に半裸がいてビクッってなった」


「いや、寝るにはコレがいいんだよ。……嫌ならやめるけど」


「いいよっ、気にしないで! むしろ其の儘で……」


 早口で捲し立てるカナに、ちょっと申し訳ない気持ちが発生する。

 オジサン手前の裸を見たって嬉しく無いだろう。急いでズボンを履く。


 部屋の片付けなどは下手ではないと思うのだが、こういう微妙な日常生活を上手くこなせるかどうか。


 ハンガーから服を取りつつ、色々考える。


「まぁそういうことは話し合ってくしかないな」


「今更言葉に遠慮を入れる必要なんてないしね!」


「……不満があったら優しく言ってね?」


「ふふふ……」


「不気味な笑いすな」


 っと、そうこうしてるうちに着替えが終わった。

 カナさん、指の隙間から見るのはやめてください。


「っしょ。おっけー、行くか!」


「朝ごはんはいいの?」


「カナは食べたんでしょ?」


「いや…… ワクワクしてて喉を通らなくて」


「んじゃあ軽くカフェでも寄るか。お前のことだし予約まで時間まだあるんだろ?」


 カナちゃんさんはワクワクすると早めに行動してしまうタイプのお方だ。

 実際幼稚園の遠足でも、小学校の遠足でも、中学高校の修学旅行でも朝早くからウチに来て時間を潰していた。


 当時は迷惑に感じてたけど、今思えば相当可愛いなこれ。


「うっ、そうですね。予約が10時なので……」


「今8時ですけど!?」


 想定よりも時間がある様。それならカフェとかよりも……


「じゃあぱぱっと作るか」


「いいねそれ! 私も手伝う!」


 カナがしゅぱっと手を上げる。可愛いなおい。


 元々料理が好きだった俺の部屋には、まぁまぁの数の料理道具が揃っている。

 カナも一人暮らしを初めてからちょくちょく作っているようで、カレーのおすそ分けも何度か頂いている。

 とても美味しかったのでスキルは申し分なく……


 今日は時間もあるし、平日は忙しくてできない料理の時間としよう。


 俺とカナは連れ立って調理スペースに立った。

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