殺すしか能がない権能を有効活用したい!

村右衛門

切裂の王子編

第1話 絶死

『汝に与えられしは〝絶死〟の権能。

 神の息吹が大地を砕くが如く

 神の御業が天をなすが如く

 其の権能により全ては無に帰し、泥と成す。

 覚醒せよめざめよ絶死を与えしギヴィング・ブレス・聖母グレートマザー


荘厳で、地に響く轟音は、私の耳にそのまま入り、吸い込まれた。

私の中に潜む私でない一つの人間が、その声に歓喜し、狂気に瞳を爛々と輝かせている。

私は、寝ていて何も見えていないはずなのに、その様子を見ているかのようだった。



――気づけ、この権能に

――揮え、この権能を

――世界の終焉は、手の中に





………………………………


………………………………………………………………



「おはようございます、チトリスお嬢様。」


私は、朝普通に目覚めることが出来た。

心に何かが引っ掛かるような、変な感覚を覚えたが、気分が悪いわけでもない。

変な夢でも見ていたのかもしれない。私はそう割り切った。




私はチトリス・クラディエル

マルティアル王国の中で最も高位と言ってもいいような貴族である、クラディエル公爵家の令嬢である。

王国の中では魔力の高い者はその度合いに応じて高い位に置かれる。

クラディエル公爵家は、その位の高さに見合った魔力の高さを持っていた。

貴族というのは、その魔力の高さによって位を与えられ、その魔力の高さを何代にもわたって維持できてこそ位の高さを保持できる。

クラディエル公爵家は、王国の中で一、二を競うほどの魔力の高さを、十六代にわたって保持してきた。

誇れる歴史と、誇れる魔力量を持った完璧な貴族なのだ。

そんな完璧貴族の一人娘など、大事にされないわけもなく、私は常に誰に対しても優位な立場を保っていた。

私が権力で勝てない相手など、クラディエル公爵家当主であるお父様、マルティアル王国の王族くらいのもの。


そんな風に育った私が、我儘にならないわけがない……と、皆思っているようだ。

ところが、私はそういうわけではない。

自分にも他人にも厳しいお父様によって、公爵家の令嬢とは、どのようにあるべきかを子供のころから叩き込まれていたために、我儘なお嬢様には育つことなく、立派な公爵令嬢となった。

それが、私だ。



しかし、完璧な私にも、できないことくらいはある。

五段錬金~開~である。

初めて名前を聞いたという人もいるだろうから、説明だけはしておく。

この世界の魔術には、〝錬金〟というものがある。

時間と魔力を費やすことによって、魔方陣を強化する。

魔力は、人が持つだけではなく空気中にも散乱している。

空気ともいえる魔力を、いわば錬金するのが、その方法である。

錬金には、名前がついている。


――五段錬金

錬金段階を五段階に分けたもので、最も初歩的なものである〝序〟に始まり、難易度の高い〝開〟まで続く。

私が出来ないのは、最も難しいと言われる〝開〟である。

そもそも、五段錬金の中で最も難易度の高い錬金法のため、本当ならば大人だとしてもできる人間は少ない。

専門家でこそできて当然のように扱われているが、ほとんどの人間は使用することが出来ない。


ならば、私だってできなくて当然なのではないかと考える人だっているかもしれない。

しかし、そういうわけではないのだ。

錬金法の難易度の高さというのは、才能や努力の指標となるものではない。

錬金法の難易度は、魔力量によって左右されているのだ。

少なからず魔術の才能も必要とされるのだが、それ以上に魔力量が必要になってくる。

即ち、魔力量が高ければ難易度の高い錬金法だって使えるようになる。

そのはずなのだ。


ということで、私は自身の持つ魔力量に合わせた難易度である、五段錬金~開~が出来て当然なのだ。

しかし、私は魔術の才能がないのか、その錬金法だけが使えない。

詠唱法についてはすべて、容易に使いこなすことが出来るのだが、錬金法についてはそううまくは行かないようだ。


せっかくだから、ここでついでに詠唱法についても説明しておこう。

錬金法を、魔術の性能を上げたり、凡庸性を高めたりするものだとする。

ならば、詠唱法はその威力を底上げするものだ。


そもそも、詠唱法には三つの種類がある。

先に言っておくと、〝単列詠唱〟〝並列詠唱〟〝垂直詠唱〟の三つだ。

それぞれを説明する前に、魔術の詠唱構成について先に説明する必要があるだろう。


魔術詠唱をする場合、主に二つ以上の詠唱を合成して新たな詠唱をする。

詠唱によって発生させる現象の基盤となる詠唱を〝基本詠唱〟その詠唱に組み合わせることによって他の権能を付与するものを〝補助詠唱〟という。

補助詠唱を合成せずに基本詠唱だけで詠唱することを〝単列詠唱〟というのだ。

補助詠唱を付与することによって、威力を底上げする詠唱法のうち、基本詠唱の属性と同じ属性の補助詠唱を合成する場合を〝並列詠唱〟という。

また、補助詠唱を付与する詠唱法のうち、基本詠唱属性と違った属性の補助詠唱を付与する場合を〝垂直詠唱〟というのだ。


並列詠唱は、消費する魔力量は少なく、難易度は低いが、その分威力は下がる。

垂直詠唱は、消費する魔力量が多く、難易度が高いものの、威力は大きく増幅される。

威力の高さを式に表すと、単列詠唱<並列詠唱<<<垂直詠唱、といった感じだ。


私は、そのすべての詠唱法を使うことが出来た。

これも、お父様のとても厳しい教育があったからこそだ。


五段錬金の話はこれくらいのものだろう。

私は説明が下手なのか、頭の中で整理しておくだけでももともと何の話をしていたかが分からなくなってしまう。




何となく、朝から気持ちがいいし、起きる時間も早かったから練習場で魔術の練習をしておこう。

私は、ふとそう思って練習場へと向かった。

まだ早朝の練習場にはだれもいない。

この練習場は、使用人も使っていいとされているため、時には使用人が魔術の練習をしていることもあるのだが、今は誰も使っていないようだった。


私は、魔術を放出する的から十メートル以上の間隔をとって前を見据える。


「空気は燃え、大気は輝く。」

短い五段錬金の起動言語を送り込んで、目を瞑る。


「五段錬金~開~!」

私の一声で、私の魔力が放出され、形を成す。

細い線となって、私の足元に幾何学的な模様を刻んでゆく。

一部は私の周り半径一メートルほどを囲む結界となってドームを象ってゆく。

魔方陣の色、放出される魔力の色は輝く黄金色だ。


しかし、幾何学的な文様は描き終えたときに霧散する。

私を防御するための結界も、その形を崩し、空気となって消えてゆく。

やはり失敗のようだ。


私は、溜息をつくと、気を取り直して他の魔術の練習へと移る。


「空気は燃え、大気は輝く。五段錬金~座~!」

先ほどとは一つランクを下げた錬金法の起動言語を送り込む。

次は、私の魔力が白色になって放出されていく。

先ほど同様、足元には幾何学的な文様を、周りには防御結界を形作っていく。

魔力が魔方陣を描き終わり、それが定型化したのを確認して、私は新たな詠唱を始めた。


「遠来し、場を乱せ。」

私が得意とする風魔術の詠唱をして、起動言語を送り込む。


「風の権能をわが手に。〝来たる風波カミング・ウィンド〟」

私の声が響くと同時、指向性を持った風が波として到来。

私の前の方にあった的を根元からへし折った。

今のは基本詠唱だけの単列詠唱。

それだけでここまでの威力を出せるのは、普通ではなかった。

しかし、公爵家の令嬢である私からしたら、これくらいは普通のことだ。

それどころか、お父様ならばさらに強力な魔術を行使することが出来る。



魔方陣をそのままに、私は新たな詠唱を始める。


「空から来たれ、吹き飛ばせ。風は集まり、嵐となる。」

先ほど同様、風魔術の詠唱をして、起動言語を送り込んだ。

同じく風魔術の補助詠唱も付与し、大規模な魔術とする。

同じ属性の補助属性のため、これは並列詠唱だ。


「風の権能をわが手に。〝暴れしランペイジング・ウィンド〟!」


今回は、指向性を持たない嵐が、私を取り巻き、周りの土や砂を撒きあがらせる。

ついでのような感覚で、的も空高く吹き飛ばしていた。

今回の魔術は、広範囲に影響を及ぼす魔法だ。

敵に囲まれていたりする場合に上手く使うと良い魔術だろう。





「空気は燃え、大気は輝く。五段錬金~開~」

「燃え盛り、殺到せよ。火の光は星の光にも勝る。」

「炎の権能をわが手に。〝燃え盛る星々バーニング・スター〟!」


私より低い声で、魔法詠唱が紡がれる。

途端、天から降る炎を纏った星々が空から降ってきて、私が生じさせた嵐を打ち消してゆく。

その星々は、空を覆いつくしており、今も降り注ぎ続けている。



その星々は、私には到底たどり着けない領域の魔術によって生じさせられたものだった。

ここまでの威力を持つ魔術を使える人物など、私は一人しか知らない。


他人の魔術を魔術で打ち消し、なかったことにできるなんて。


「さすがは、クラディエル公爵家当主ですわ。お父様。」

星々が霧散し、若い男性の姿が見え始める。

クラディエル公爵家当主、スーディア・クラディエルお父様だ。


「いや、一年前と比べては上達した方だろう。さすがはチトリスだ。」

私は、お父様にお礼を言って、お辞儀をする。



「そうだ、チトリス。今から模擬戦をしよう。近頃はあまりやる時間がなかったからね。今なら時間がある。」

お父様はそういうと、私の返事も待たぬままに模擬戦をするためのフィールドへと向かって行く。

私たちクラディエル公爵家の敷地内には、いくつかの施設がある。

模擬戦用施設だってあるのだ。

そこには、今までのクラディエル公爵家当主がとても強力な治癒魔術をかけているため、どちらも死ぬことなく模擬戦をすることが出来る。



「私はいつでも準備が出来ているぞ? いつでもかかってきなさい、チトリス。」

お父様は、余裕そうにそう言う。

実際、お父様と私の力量差は大きいもので、今までに私がお父様に攻撃を当てたことこそない。



「空気は燃え、大気は輝く。五段錬金~座~!」

お父様がいつでもいいと言ったので、合図を待たずに詠唱を始める。


「空気は燃え、大気は輝く。五段錬金~開~」

お父様もすぐに私を追いかけるようにして詠唱を開始した。



それぞれが起動言語を送り込み、魔方陣を象っていく。

私の魔方陣は白色、お父様の魔方陣は輝く黄金色だ。


五段錬金のランクが一つ違うだけでも、かなりの差が生じてくる。

それこそ、雲泥の差だ。



「大きく燃え盛れ、すべてを灰にせよ。炎は小枝のように細く、力は大樹のように。」


「炎の権能をわが手に。〝燃え盛る大樹ファイアー・ウッド〟!」


お父様の詠唱が紡がれる。

始まってすぐだというのに、炎属性と木属性の垂直詠唱とは。かなりの高威力魔術だ。

炎の当たる範囲を細く絞る代わりに、その威力を極限まで高めた、必殺技級の魔術。

それが当たれば、普通の人間は即死してしまうだろう。


治癒魔法がかけられているフィールドだからこそ、死ぬことはないだろうとわかっているが、負ければ、待っているのはお父様からのどこが悪かったのかを数時間かけて指摘する最悪のお説教だ。

出来れば負けたくないし、負けるとしても手抜きするところを作って指摘される理由を作りたくない。

お説教の時間を少しでも減らすためだ。



私は、お父様の詠唱が終わって、小枝のように細い炎が顕現するのを見て、即座に自分も詠唱を開始する。


「風は吹き来たり、我が身に留まる。風は燃え盛る火のように大きく、岩のように硬い。」


「風の権能をわが手に。〝風のウィンド・守護者ガーディアン〟!」


風属性の基本詠唱に、炎属性と岩属性の補助詠唱を付与した、垂直詠唱。

主には防御のために使う魔術だ。


お父様の高威力攻撃魔術に私も攻撃魔術で相殺しようなどと、無茶なことは考えない。

お父様の威力は私が一番わかっているのだから、この場合は防御一択だということもわかっている。


私が詠唱を終えると、一陣の風が吹いてきて、私に纏わりつく。

お父様が炎の槍を飛ばしてくるが、私は風の防御壁をその一か所に集中させて防御する。



「炎は燃え広がり、すべてを焼き尽くす。炎は風のように速い。」

「炎の権能をわが手に。〝広がりしスプレイディング・ファイアー〟!」


お父様はすぐに次の詠唱を開始した。

次は、先ほどとはまた違ったタイプの詠唱のようだ。


主に、一か所だけに威力を発揮する先ほどの魔術とは違い、今回のものは全体に攻撃をもたらす。

そして、風属性の補助詠唱を付与することによって、魔術の勢いを強めてもいるようだ。

先ほどの防御魔法では全体の範囲を守り切れないだろう。


しかし、打開策はしっかりとある。

広範囲魔術ほど、威力は下がってしまうものだ。

それはお父様でも同じこと。

ならば、こちらも広範囲魔法で相殺すればいい。


「風よ蠢け、広がり万物を削ぎ落せ。風は燃え盛る炎のように高く、森のように長い。」

風属性の基本詠唱に炎属性と木属性の補助詠唱。

出来る限り広範囲に影響をもたらせるように、規模を大きくする補助詠唱を二つつけた。


「風の権能をわが手に。〝ウォール・オブ・大壁ウィンド〟!」


お父様の炎が一瞬にして私の方向へと殺到する。

そして、私が顕現させた風の壁がお父様の炎を包み込み、それに覆いかぶさり、消し去っていく。

お父様が少しだけ目を見開いたのが辛うじて目視できた。


意外と、私たちの戦いは拮抗している。

といっても、お父様が私に対して手加減してくれている感は否めないのだが。

しかし、お父様のことだ。

最終的には私を打ちのめすつもりなのだろう。



「かなり上達したじゃないか、チトリス。錬金法で負けている相手に詠唱法で優位に立とうとするのは正しい判断だ。しかし、それは相手よりも詠唱法が上達している場合のみだろうな。」


お父様は、そういうと詠唱を開始する。

やはり、お父様は私に対して手加減していたようだ。

まあ、あのお父様が垂直詠唱だとしても補助詠唱を一つしか付与しないのはおかしいと思った。

付与する補助詠唱が多ければ多いほどにその魔術の性能は高まるのだ。



「闇夜に煌めき、地に堕ちよ。明るい炎を纏い、岩の硬さを持て。暗がりでこそ光は輝く。」

お父様の垂直詠唱。

これで限界であっても恐ろしいほどだろう。


「星の権能をわが手に。〝闇夜にシャイニング・輝くスター・イン・星々ザ・ナイト〟!」


お父様が行使した魔術の詠唱構成は、星属性の基本詠唱に、炎属性、岩属性、暗属性、光属性の四つの属性の補助詠唱を付与した、垂直詠唱。

ここまで他の属性の詠唱を付与すれば、その威力こそ段違いに上がるだろう。

しかし、その分、魔力の消費量だって段違いに多い。

常人ならば魔力が足りないせいで魔力を使い切って死んでしまうとか、そんなレベルのものではない。

そもそも、常人が行使しようとしても、魔力が、体が、本能がその行動を完全に全否定し、拒絶する。

行使することこそ不可能なのだ。


しかし、お父様の詠唱が紡がれ、起動言語が送り込まれたと同時、火を纏った星々が、空から降ってきた。

この星々は、指向性を持っておらず、広範囲に影響を及ぼす。

それなのに、その威力は下がるどころか、垂直詠唱の威力底上げによって普通よりも高くなっている。


私の防御壁なんかでは、守れるものでない。

圧倒的に力が違いすぎる。

そもそも、お父様に勝てる気はしていなかった。

五段錬金の〝開〟は、発動させるだけでその魔方陣を通して行使される魔術の性能をすべて上げる。

攻撃系魔法であれば、攻撃力を。

防御系魔法であれば、防御力を。

それぞれに特化するように強化させるのだ。


お父様は既に強化されている。

元々の力量差があるというのに、その差まであったら勝てるわけもない。




――気づけ、この権能に

――揮え、この権能を

――世界の終焉は、手の中に


どこかから声が聞こえてきた。

私の中の誰かが、私に語り掛けている。


私は、勝ちたいと願った。

圧倒的な力量差のあるお父様に。

今までに勝てたことのないお父様に。




「空気は冷え、大気の輝きは失われる。」

普段の五段錬金の起動言語とは似て非なる詠唱。

それは、隠され、無きものとされ、陰に守られてきた錬金法。


「陰影錬金~魔~!」

私の足元に、紫色の魔力が放出され、幾何学的な文様を刻み始める。

五段錬金であれば防御結界が張られるのだが、今回は周りに対する殺気が結界として張り巡らされる。

魔方陣が紫に、黒に、禍々しく光る。


お父様が目を見開き、驚いた様子を見せているのが見えた。

しかし、私の詠唱は止まらない。

私でも止められない。


「止めろ、震わせ、撃ち落とし、押しつぶせ。星々の力を呑み込み、押し殺せ。」


「〝絶死〟の権能をわが手に。〝絶死を与えしギヴィング・ブレス・聖女グレートマザー〟!」

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