鈴華の苛立ち

 ばんっと派手な音を立てて障子戸を開いた鈴華は、そのまま縁側から庭に下りた。

(全く! どういうつもりなのかしら)

 何もかもが腹立たしくて、草履で土を踏み鳴らすように歩く。

 宴で舞を披露した後、皆が自分に期待しているのが分かった。

 鈴華自身も、自分こそが選ばれるだろうと思っていた。

 初めて燦人を見た瞬間からその美しさに心を奪われた。

 この美しい人の隣に立つのは自分が一番ふさわしいのではないか。

 すぐに、そんな思いが頭の中に浮かんだ。

 そして宴の席では、案の定燦人は舞を披露した誰をも選ばなかった。

 その瞬間確信した。やはり彼が求めていたのは自分だったのだと。

 父は子煩悩だから自分を手放したがらないが、日宮の次期当主の妻ならば名誉なことだと思ってくれるだろう。

 跡取りの問題はあるかも知れないが、自分以外ならば誰がなっても同じだろう。

 だから、選ばれるために舞を披露して燦人の下へ戻ったのに……。

 ドンッ

 鈴華は思い切り、大きな松の幹に拳を打ち付ける。

 今思い出しても腹立たしい。はらわたが煮えくり返るほどに。

 皆も期待する中、燦人の下へ戻り自分の舞はどうだったかと聞いた。

 貴女こそ私の妻になるひとだという言葉を期待して。

 なのに、燦人の視線は自分ではなくよりにもよってあのみすぼらしい香夜に向かっていて……。

 あろうことか自分を無視してあの娘の下へ行ってしまった。

(しかも、あんなみすぼらしくて貧相な香夜が燦人様の妻⁉ 有り得ないでしょう⁉)

 それでもはじめ、周囲の反応は鈴華と同じものだったから良かった。

 香夜が選ばれるなどあり得ない。あの娘を嫁に行かせるなど月鬼の一族の恥だ、と。

 もしかしたら大人達が燦人を説得してくれるかもしれない。そうすれば、香夜を選んだのは間違いだったとあの方も認めるかもしれない。

 そう思いながら大人達の話し合いを聞いていた。

 だが、長である父は決めるのは若君なのだからと煮え切らない態度。

 そうしているうちに母が声を上げた。

「よろしいでしょうか?」

 母なら自分の味方をしてくれるだろう。

 いつも香夜に厳しく当たっている人だ。日宮の次期当主の妻などあの娘には務まらないと一番分かっているはず。

 そう思ったのに……。

「私達が何を言おうと決めるのは燦人様です。それに考えてもみてくださいな。あの娘を里から連れ出してくれるということですよ?」

 その言葉に場が一時シン、と静かになる。

 そうして誰かがポツリと口にした。

「……そうか。あの呪われた娘が里からいなくなるのか」

 すると途端に話の流れが変わってしまう。

「穢れた娘をこの里に置いておかなくて済むということか」

「あのみすぼらしい髪色を見なくても済むのか」

 などと、香夜が里から出ることを喜ぶような声が上がってくる。

 その様子に鈴華が戸惑い焦りを感じていると、場をまとめる様に母が父に問うた。

「あなた、いかがでしょうか?」

「うむ」

 こうなると、鈴華を外に出したくない父の言葉は決まっている。

「燦人どのが決めることだ、こちらが何を言っても無駄だろう。それにあの目障りで使えない娘を連れ出してくれるというなら願ったりではないか。この里から花嫁を出したという体裁も保てる。一石二鳥だろう」

 そう言ってその言葉を里の方針として決定してしまった。

 鈴華のようにまだ納得しきれていない者もいたが、長が決めてしまったのなら文句は言えない。

 そして方針が決まってから数日。

 今では納得しきれていなかった者達も、里で一番の美しさと力を持つ鈴華を手放さなくて済んだのだ。と喜ばしいことのように語っている。

 悔しい、腹立たしい。

 鈴華はまたドンッと幹を叩き、恨めしい思いを吐き出した。

「あんな子、嫁に出したところで突き返されるのが落ちよ」

 そうだ。たとえ燦人が選んだとしても、日宮の家の者が認めるかはまた別の話だろう。

 そう考え、心の平穏を保とうとしたときだった。

「ええ、あなたのおっしゃる通りです」

「っ⁉」

 呟きに言葉が返ってくるとは思わなかった鈴華は驚き、声の主をすぐさま確認する。

 少し離れた場所にいつの間にか佇んでいたのは、燦人達が乗ってきた自動車の運転手だった。

 燦人の紹介では遠縁の者だと聞いたが、日宮の姓も名乗っていなかったため立場としては低いのだろうと思い特に名を覚えようともしていなかった。

 三十路は超えていると思われる容姿。何だかんだ言っても鬼の一族であるからなのか、それなりに魅力的な顔立ちはしていた。

「変転も出来ないほど弱体化した月鬼の一族の血を取り入れようなどと……全くうちの御当主様は何を考えているのやら……」

 鈴華の言葉に同意するようなげんだったので味方かと思いきや、続いた言葉は月鬼の一族全てを貶める様なものだった。

「……突然現れたかと思ったら、随分と失礼な物言いをなさるのね? 日宮家の縁者でも、遠縁ともなれば礼儀もなっていないのかしら」

 失礼には失礼で返す。鈴華は冷笑も加えて運転手の男を見た。

 それで僅かでも男が悔し気な表情を見せれば鈴華の気も幾分晴れただろうが、男は嘲りを少し隠しただけで「これは失礼した」と謝罪の言葉を口にするのみ。

「……本当に失礼だわ。私、そんな方と話すことなどありませんので」

 面白くない鈴華は男の相手をすること自体が嫌になってすぐにこの場を去ることにした。

 だが、男の方は鈴華に用があるらしく引き留められる。

「お待ちください。あなたとて、あの娘が日宮の嫁になるのは嫌なのでしょう?」

 思わず、足を止めてしまった。

 確かに、その点のみなら男と同じ思いと言えなくはない。

「あなたはこうは思いませんか? 選ばれるのが自分ではないのなら、いっそ誰も選ばれずにいてくれた方がいい、と……」

「……」

「あのような弱い娘が選ばれるくらいなら、月鬼の一族から花嫁を出さなくてもいいのではないか、と……」

 正直、思っていた。

 だから鈴華は、男を信用ならないと思いながらも話に聞き入ってしまう。

「そして私のように火鬼の一族のほとんどが、月鬼から嫁を取りたくないと思っている」

「……何が、言いたいのかしら?」

 だから、男の要望を聞き出そうとしてしまった。

 そんな鈴華に男は比較的優し気に微笑み、望みを口にする。

「一部とはいえ利害が一致しているのなら……手を組みませんか?」

 それこそ、鬼と言われるに相応しい笑みを浮かべて。

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