春の日にふと思う
「唯、まだ日没には時間があるし、大善寺の奥の院にお参りに行こうか?」
「なんであんな山奥まで行くのよ? 40分も山登りしなくちゃならないなんて私ヤダ! 」
「まぁそう言うな? 小野小町は其処で世を憂いて身を投げたんだから、こういう機会にお参りして見ようじゃないか・・・」
私は父の提案を渋々受け入れる事にした。
「分かった。もう、今回だけだからね! 」
私達はあぜ道を登り、おおまがりの通りを横切って鳥居の脇にある大善寺の北側の入口を入って行った。
私達は集団墓地の脇を通って薬師堂にお参りをした。
大した事は無いがこれから山に入るのだから安全祈願という事なのか?
奥の院へは薬師堂への参道を左に曲がって山に入って行く。
「なぁ唯?昔ここは小野村と呼ばれていたんだ。北側の地域は小野崎村と呼ばれていた。やっぱりあの墓は本物なんだよな?」
思ってもいない事を父に聞かれて私は少し驚いた。
「そんなの分かんないよ。でも私も『そうだったらいいなぁ』とは思ってるよ。」
私達は山へと続く遊歩道を息を切らしながら上がっていく。
桜が散って落葉樹の枝先からは薄い碧色の葉が芽吹いて春の風になびいている。
山へと続く奥の院の参道といっても周りは膝位まで伸びた草が茂っている獣道だ。
遊歩道と成っているから鬱蒼としたジャングルを分け入るのとは違って歩きやすくはあるが・・・
足元には春のワラビやゼンマイ等の山菜がヒョコリ顔を出している。
「ねぇパパ? 昔はワラビやゼンマイって普通に食べていたんだよね?」
「春の野草か? 昭和の頃までは普通に食べていたぞ。今はわざわざこんなところまで摘みにやってくる人はほとんど居ないけどな! 」
つまり令和の今はココに生えている野草たちは見向きもされない雑草と一緒の扱いになってしまったんだ。
昔、おばあちゃんにワラビやゼンマイを水煮にして貰って食べた事を思い出した。
地産地消という言葉が無い時代には身近にある野草を摘んで食べるのは生活の一部だった。
それがいつの間にか便利なモノや甘いモノばかりが重宝されて、苦いモノや手間がかかるモノは廃れてしまった。
今はグローバル化の恩恵で遙か遠くの食べ物を毎日あたりまえの様に食べている私達。
でも、今ココには小野小町も食べていただろう野草が、誰にも見向きもされずに私達の足元にひっそり育っている。
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