積み重ねを裏切るような振られ方をしても意外とこれくらいで割り切れた。僕の方は

赤茄子橄

第1話 終わり

※最後まで読んでもおそらく胸糞悪いままですので、ご注意ください。

※非処女ヒロインはムリって方も、閲覧注意です。

______________






涼矛すずむ。ごめんなさい、私とは別れて、ください」


「は......? な、なんで? 急にどうしたんだよっ。冗談、だよな?」


「冗談なんかじゃ、ないわ。もう私はこの家には戻ってこない、と思う。さようなら、私、今まで幸せだったわ。本当に、ごめんなさいっ」



彼女、薄墨妃依瑠うすずみひいるは、そう言いたいことだけ言い放って、大学入学から5年半共に過ごした部屋を慌ただしく飛び出して行った。


「な、なんで。いきなりすぎだろ......?」


急に別れるなんて言い出した彼女の意図がわからない。

ついさっきまで、いつも通り晩御飯を食べていたのに、急に別れ話をされて、戸惑いから彼女を追いかけるためにダイニングの席を立つこともできない。


まるで椅子に縛り付けられたみたいに、呆然と座り尽くすだけしかできない僕。



確かに、最近何か思い悩んでいる様子を見かけることはあった。

でも、何かあったのか尋ねても笑ってごまかされるので、話してくれるのを待とうと思っていたところだった。


もしかして、ずっと別れ話をしようと思っていたのかな......。


いや、妃依瑠ひいるは昔からちょっと唐突なことをして、すぐにケロッとしてることもあったし、今回もちょっとしたら帰ってくるかも......。








..................なんて甘い予想は見事に打ち砕かれて、それから2ヶ月が経った今も連絡すらつかない。


僕、閨禰涼矛けいねすずむと、薄墨妃依瑠は昔から、そう、小学校入学以来の付き合いなので、一応実家の場所も知ってる。

だから、最終手段としては彼女の実家に行けばいい話ではある。


だけど、僕は妃依瑠と付き合い出した小学校の卒業式から今まで、一度も彼女のご両親にご挨拶したことがない。

なぜか妃依瑠が顔合わせに乗り気ではなさそうな素振りを見せるので、素直にそれに従ってきたのだ。


同棲を始める前、大学入学後に娘さんと同棲させてもらうのにそれでは筋を通していないことにならないか、と聞いてみたけど、「大丈夫だから」の一点張りだった。

彼女があまり両親とうまく行っていないことは昔から何となく聞き及んでいたので、あんまり深く立ち入って聞かないようにしていた。


しかも彼女の家はなかなか大きな不動産屋の経営者一族で堅物が多いって話も聞いてたのもあって、振られたのに家まで押しかけるようなストーカーじみた行為をするのは憚られる。

そんなくだらない葛藤が、情けなくもなんの行動も起こせないまま無為に時間を浪費するだけの2ヶ月を経過させていた。




そんな中訪れた今日は、11月24日。僕の誕生日の朝。

土曜日で職場に出社する必要もない。


それに別に自分の誕生日に強い思い入れなんてあるわけじゃないし、僕はすでに社会人2年目の23歳。いや、今日で24歳だ。

今更、1人で盛大にお祝いしようって気にもならない。


ただ、丁度いい節目だとは思った。

だから覗いた手元の携帯端末の画面に映るメッセージアプリ。

その中での彼女との最後のやり取りは1ヶ月前に僕が再送した「大丈夫かな?連絡だけでももらえると嬉しいです」という簡素な質問だけ。


システムのインタフェースとして相手がアプリ上でメッセージを読了していれば付与される「既読」の文字すらもついてはいない。


これはおそらくブロックされてるのだろう。

特定の相手からのメッセージなんかを受け付けないようにする機能。


ブロックされているかどうかはパット見ただけではわからないけど、いくつか確認する方法があることは聞き及んでいる。


そういうのを確認するなんてちょっと女々しいなって思いと、もし本当にブロックされていた場合、本格的に僕らは終わりなんだってわかってしまう。

だから、それが確定してしまうのが恐くて、これまで確認を実行するに至れなかった。


だけど、いい加減僕も覚悟を決めよう。

WEBで確認方法を検索してみる。


いくつか方法ができてきたので、その中でも最初にでてきた簡単な方法を試してみることにした。


同メッセージアプリ内では、自分で課金して使えるようになるスタンプは、基本的に他の知り合いのユーザにプレゼントと言う形で送って変わりに課金することができる仕様になっている。

僕が見たWEBサイトの情報によれば、ブロックされていた場合は、このスタンプのプレゼントの実行がリジェクトされて送れないらしい。


スタンプなんて安いもので50円、高くても100円程度なので、仮にちゃんとプレゼントできれば普通に贈り物として贈りっぱなしで構わない値段だ。


僕は「ふぅ」と小さく息を吐き出して、適当に目についたデフォルメされたアホそうな猫のスタンプを選択して、表示されている「プレゼントする」ボタンから、妃依瑠のアカウントを選択。





........................やっぱり、かぁ。


そこに表示されていたのは「プレゼントできません」という簡素なポップアップウィンドウ。

どうやら連絡先はブロックされているらしい。


11年と半年も付き合っていて、その最後がこんな終わりって、信じられるか?


もの凄い喪失感がある。


今までの思い出が走馬灯みたいに思い出されて哀惜の念に堪えない。




ただ、一番寂しく感じたのは..................自分が案外、「まぁしょうがないか」くらいに感じている部分があることだ。


もしかしたら、僕が今からすごく頑張ればなんとかなるのかもしれない。

もっと早く動いてたら何か変わったかもしれない。


だけど僕は結局動かなかった。


連絡先をブロックされたってことは、先方は話し合うことすらも嫌がっているということ。

なら、変にこじらせることなく、潔く身を引こう。

そんなふうに考える自分がいた。



昔から自分は何事にも『来る者拒まず去るもの追わず』な姿勢を取るような人間だという自覚はあって、実際にそのように生きてきた。

とはいえ、10年以上を供にしたパートナーでさえ、それが当てはまってしまう自分の心の冷たさに呆れを感じたんだ。


もともと小学校の最後に妃依瑠からの凄いアピールに圧倒されるように付き合いだして、それから順調に来ていた、と自分は思い込んでいた交際。

昔から仲が良かった僕らの1つ年上のもう1人の昔なじみと、僕と彼女の3人は小学校を卒業して中学に進んでも、さらには高校も同じところに進学した。


まぁ高校に関しては妃依瑠の強い願いがあって、わざわざそれなりにレベルの高かったその年上の昔なじみを追いかけて受験したんだけど。


幸いにして、僕も妃依瑠も運動も勉強も、無理するほど頑張らなくても卒なくこなせる程度の能力は親から譲り受けていたらしく、特筆するほどの苦労はなかった。


もう1人の幼馴染は大学には進学せずに高校を卒業してすぐ、進学校にしては珍しい公務員への就職をしていった。

僕と妃依瑠は大学に進学したから、3人が1人と2人に分かれたのはそのときからだったな。



......まぁそれはともかく。




基本的な姿勢は『来る者拒まず』ではあったけど、付き合っている最中は彼女のことをおざなりにしたことは無いつもりだ。

少なくとも自分なりには全力で彼女に愛を注いできた。と思う。


自分で言うのも烏滸がましいかもしれないけど、僕は妃依瑠と一緒にいて恥ずかしくない自分でいるために、自分磨きもずっとしてきたつもりではある。

髪型やファッションなんかにも昔から気をつけて、勉強も運動も手は抜かずに、何事にも上位は取り続けるように努力してきた。


本当に自分で言うことじゃないけど、妃依瑠と付き合っていたのは周知の事実だったにもかかわらず、参拝とばかりに、それなりの数の女性に告白していただいたこともある。

妃依瑠がいたから心の底からありがたい、なんて思えなかったけど、思いを寄せてもらえるのは非常に光栄なことだったし、自分のしている努力が間違ってはないんだって自信にも繋がった。


妃依瑠の方も、実家の資産に甘んじるようなタイプじゃなかった。

かといってものすごい努力家かと問われれば疑問は残ったけど、彼女の方も、身内の欲目抜きにしても、勉強も運動も容姿も、高い水準を保ち続けていたと言えるだろう。


だから、恥ずかしながら僕はあの日、妃依瑠に振られて彼女がでていくまで、僕ら2人は周りからも認められるくらいには釣り合ってたし、妃依瑠自身も不満なく満足してくれていると思い込んでいた。




でも、妃依瑠は僕の元を離れていった。

いろいろ原因は考えられるけど、あのときすぐに彼女を追いかけなかったような、僕の冷たい部分に嫌気が差した、なんて可能性も十分にありえる。


体の相性が悪かった、なんてのは、流石にないと思いたいけど......。

もしそうだとしたら、僕らの初体験は中学1年のころだったから、とても長い間苦痛を味わわせていたことになる。


彼女の家に比べて、僕の収入が気に入らなかった?

これでも一応は、一般に大企業と呼ばれる電気通信系の最大手企業にソフトウェアエンジニアとして所属していて、同世代では稼いでる方だと自負している。


まぁ、彼女のお父上、不動産屋の社長には、敵わないわけだけどね。


そういうことで愛想を尽かされたのなら、しょうがないだろう。

自分にはいろいろ足りなかったんだ。









なんて、十分自分に言い訳もできた。


この誕生日の日を以て、僕はこの長年の恋愛に明確に終わりを告げて、次の恋愛でもっと精進するとしよう。

それがいい、そうしよう。



僕は深呼吸をしてから、彼女とのメッセージ画面に『今までありがとう』とだけ書き込んで、彼女との会話履歴をすべて削除した。

ブロックされてるからどうせ向こうも見られないわけで、僕が消したからさっき送ったメッセージなんてどこからも消え失せるんだけどね。


でもこれで、行動的にも、自己満足な区切りをつけることもできた。




......だからあとは、気持ちに区切りをつけるのに、ちょっとだけ涙を流してもいいよな。








と、柄にもなく携帯端末を握りしめて悲しみに暮れていると、『ピコン』という通知音が響いた。

アプリにメッセージが届いた印だ。


ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。


今日は誕生日。

もしかしたら。もしかしたら妃依瑠が連絡をくれたのかもしれない!


淡い期待に胸を膨らませて見た画面に映し出された送り主のユーザ名は..................。







『Meiko』





妃依瑠ではなかった。

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