日常の断層。
たけすみ
初回 コロナ下で女子プロレスという沼の淵に立つ。
コロナが始まって以来、youtubeを見る頻度が爆上がりした。
以前はテレビは国営放送の受信料の元を取ろうと、海外ニュースや世界情勢(NHKBS1の早朝の各国国営放送の同時通訳)やドキュメンタリーや社会福祉(ETV特集、ハートネットTV、バリバラなど)、映像センスのある子供向け番組(デザインあ、シャキーン)などばかり見ていた。
(※民放は深夜アニメか深夜映画くらいしか見ない。民放の深夜映画の枠も今は消滅してしまったのでなおさら見なくなった)
しかしコロナが始まって以後、ニュースもドキュメンタリーもコロナ一色になった。
「多彩色にいろんな文化や情報を摂取したい」という欲求だけで見ていたテレビがそういうものでなくなってしまった。どれもとても身近な息苦しい話ばかり。
個人的に飼い犬の死に至る大病や、肉親の死別なども相次いで、とにかく精神を保つため心を逃避させるものを渇望する中で、これらは見るに耐えるものではなくなってしまった。
また子供向け番組も東京オリンピックまわりであぶり出されてしまった過去の失態から、次々に好きだったアーティストや芸人が番組に出られなくなった。そうでない番組も、コロナで番組制作の状況が変わってしまい、番組のスタッフが変わったのか、内容がつまらなくなって見なくなった、というのが大きい。(そして2022年3月いっぱいをもって、シャキーンも終わろうとしている)
それ以降、テレビを見るのは撮り溜めしているCSの海外ドラマくらいになってしまった。
その気持のはけ口として見るようになったのが、youtubeだ。元々ハーフパンツ一枚で原始生活の再現を試みる動画や中国の山村で料理をする動画など言語理解を必要としない海外の動画はよく見ていた。ほかに興味を持っていたのは北欧やペイガンメタルなどの音楽だっただろうか。
プロレスを見るようになった最初は、DDTのヨシヒコ選手(という人形)の試合の動画。昔ニコニコ動画で見たな、というのを思い出してなんとなく検索して出てきたものを見た。
リングの上で派手に体をつかって「技を受ける選手たち」の凄みを単純に名人芸として見ていた。そうしているうちにyoutubeのキュレーションがDDTの試合の動画をおすすめに上げてくるようになった。
最初に見た女子レスラーは赤井紗希選手だろうか。「こんな線の細い女の人が男にまざってよくやるものだ」と思ったのを憶えている。
ただこの頃は「痛そう!」と思ってしまってそこまで興味は出なかった。
どちらかというと「男色ディーノって4gamerに連載持ってるあの人だよね?」という気持ちで男色殺法の動画や、「アイアンマンヘビーメタル級王座のベルト戦」(「レフェリーとベルトがあればどこでもフォールした選手が王座を取る」というベルト、選手は人間だろうが無機物だろうが関係ない。極端な過去の王座保持者ではコタツなどがとっていたりする)のほうがよく見ていたと思う。
そういうコミカル路線のプロレスの試合ばかり見ていた頃、唐突に遭遇した。
旧姓・広田さくら選手(旧姓まで含めて選手名)とアントーニオ本多選手の試合で、両選手とレフェリーのほかに、園児になるかならないかという頃の幼子が2人ほどリングにいる試合である。
マイクパフォーマンスによれば、この子どもたちは旧姓広田選手の双子のお子さんだという。
普段であれば裏方で面識のある女子選手などに面倒を見てもらうが、今日はそういう人を確保できなかったので、今日は子供同伴で試合をする、とのことだった。
……詳細は検索して見てほしいのだけど、正直衝撃的だった。
ヨシヒコを見たときも「プロレスって(格闘技の色物として)すごいな」と思ったものだけど、「ここまで幅広く許容するのが『プロレス』か」と驚いた。
真面目一辺倒に「どっちが強いか」をやってる『格闘技』と比べ、こうも饒舌なのか。と
そこから旧姓・広田さくらの試合動画を貪るように見るようになった。
マイクパフォーマンスから会場の空気を支配する力、そして曲芸と冗談みたいな定番ムーブ。
そういう動画ばかり掘るものだから、youtubeのおすすめ側も配慮したもので、「女子プロの試合がみたいならこれもどうぞ」とばかりにスターダムの試合の動画を勧めるようになった。
初めて見た試合は憶えていない。ただ、最初に印象に残った試合は憶えている。
ジュリア対中野たむの髪切りマッチ。
理解ある方は「それ去年の話だろ。最近すぎるわ」とツッコまれるかもしれない。けど、それくらい急にハマったのである。
それからしばらくはスターダムの動画ばかりを見ていた。しばらくそうしていると、他団体の動画もおすすめにまざるようになった。
そこから彩羽匠という選手に興味を持ってマーベラスの動画を見るようになったり、ガチガチなシリアスな試合ばかりのスターダムを見て、なんとなく旧姓・広田さくらの空気が恋しくなった頃、東京女子プロレス(以後、東女と表記)の動画を見るようになった。
東女の試合は、最初見たときはスターダムに比べてぬるいと感じた。だが、しばらく見るうちに気づいたことがあった。
これはぬるいのではない、属性が違うのだ、と。
例えば最初にしっくり来た選手に伊藤麻希という選手がいる。この選手はキャラの立ったアイドル路線だが言ってることは攻撃的だし中指は立てるし検索したら過去に美容整形をカミングアウトしてたりするという「正直で喧嘩腰」の選手だった。そして試合中にこの上なく表情や視線で感情を示すのである。
そして一度マイクを握れば彼女は目を見開いて罵るように励ますのだ。例えば観客めがけて、死にたくなったら伊藤を見に来い、と。
この感覚は初めてBABYMETALのPVを見た時のようだった。
ゴリゴリなのにきちんとしつつ、かわいさという自己肯定を持ち、表現の底に情けがある。
強烈に惹かれたものだった。そこから東女の試合動画を貪るように見る中で、スターダムの動画で見た選手(かつて東女に属していたり、東女のリングに上ったことのある選手で後にスターダムに移籍した選手)や紗希様という赤井紗希そっくりというかそのものが出ていて驚いた。
全く無知だったので調べたら、DDTと東京女子は母団体が同じだという。要するにDDTでは赤井紗希だが、東女では紗希様というキャラでリングに立つのである。
(その説明するならグレート・ムタと武藤敬司でよくないか? と思われそうだがそもそもプロレスに興味が皆無な人は「武藤敬司ってたまにバラエティに出るおじさんでしょ」くらいにしか思っていないので通じない)
そこで東女について調べたり、興味を持つ中で、紗希様のタッグパートナーのメイ・サン・ミッシェルという選手に興味が湧いた。この選手も表情豊かなのだ。
表情豊かと言うより「キャラに徹する演技」がうまい。調べたところ、この人も紗希様と赤井紗希の関係のように「駿河メイ」という選手の別人格的な存在だとわかった。
じゃあ駿河メイはどこの選手か。そこで知ったのが現在ハマっているチョコプロである。
チョコプロは我闘雲舞(以後ガトム)という女子プロ団体から派生した組織で、ガトムがコロナとともに活動を休止し、そこから移行するように発足した。ちょうど22年3月末をもって2周年を迎えたところである。
チョコプロはノーペイウォール(現金の壁ナシ、つまりコロナ以後どの団体も倍増したチケット代を支払わなくても観戦できる)という指針のもとこれまで全ての試合をyoutube配信で興行している男女混合のプロレス運営をしている。
その試合会場、通称「市ヶ谷」が独特なのである。
まず選手と選手が三段ロープで四方を囲まれたリングで闘う、というのがプロレスの基本である。そしてそれが基本であればあるほど、試合の内容を問わず、リングという存在は空気のようなものになっていく。
その空気っぷりたるや、選手がわざわざリングの外に試合の展開を引っ張り出したり、コーナーの覆いを外して金具をむき出しにして危険度を高めたり、リングの下にしまってあるものを出して凶器にして盛り上げようとしたりするほどである。
注目されるのはせいぜい、コーナーでのせめぎあい、コーナーから選手が跳ぶ時、関節技の離脱のためにロープを掴むまで選手が這う時くらいである。
それが普通のプロレスにあって「市ヶ谷」にはコーナーもロープもない。
あるのは茶褐色のマットと奥一面の壁と窓サッシ、画角外のテーブルの立てかけられた壁、ステンレスのシンク、そしてカメラの背後にある大きなダンス用鏡だけである。
つまり、普通のビルの一室を小規模な格闘技ジムにしたような空間、である。
窓枠はコーナーのようにつかって飛んだり、開かれた窓に相手選手を挟む公認凶器として使われる。壁は相手選手を叩きつけたり押し付けるのに使われる。登れないコーナーポストのようなものである。
この独特の環境自体が一つのキャラクターとなってその活用される様を期待して見守るようになるのである。
これがコミカルな試合の時には情報量過多を加速させ、シリアスな試合のときには「いつ壁を蹴って三角蹴りを見舞うか」「いつ窓をあけるか」というフィニッシュムーブにつながる展開期待してを手に汗握って見守る感じになる。
チョコプロの試合は一度の配信の試合数は通常二試合程度とかなりコンパクトにできている。
そのかわりにあるのが試合後の選手同士のジャンケン勝負である。
これがなかなかに味わい深い。体を酷使する戦いの余韻から、勝負することが好きな人達が勝ち負けに一喜一憂する様を見る無邪気なエンタメに空気が変わる。
それが終わったらみんなで定番の曲を一曲歌っておわる。
これも勝負事のエンターテイメントらしく遺恨を見せたり、自己主張したりと各自アピールがあるが基本的にはいい意味で全部どうでもいいような気分にさせてくれる。
以上、だらだらと語ったが、基本的には私が立っているのは沼の「淵」である。
本気で入ると、この沼は深い。地下アイドル的な深さだ。
まず現場に行くチケット代がコロナで席数制限の影響もあって高騰している。コスパでいえばゲームやマンガのほうが遥かにいいだろう。物販はオタクの物欲を刺激すると共に、選手や団体運営を直接的に経済支援するという義務感が出る。
必然的に、ある程度経済的に余裕がないと楽しめない。
私にそこに踏み込む度胸はない。そこに踏み込んでサラ金の世話になったミュージシャンなどを知っていたりするので、なおさら警戒する。
各団体の運営している試合動画配信のサブスクすらより好みするくらいである。
だが、現状はそれでも零細すぎると感じるところがある。
もう少し裾野が広がってもいいのではないか。アメリカほどメジャーシーンになってくれとも思わないが、せめて各団体がyoutubeの銀の盾を持つくらいにはなってもいいはずだ。
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