美少年幽霊日記
武州人也
ベランダの向かい
4月18日
このアパートに住み始めて一週間。明らかに幽霊っぽいものを見てしまったので、観察日記をつけてみることにした。
幽霊は、ベランダ側の道路を挟んだ向かいの駐車場に立っている。駐車場のど真ん中から、東側をじっと見つめている。朝昼夜問わず、ずっと同じ場所に立ちっぱなしだ。
幽霊といっても、怖い感じはしない。長い髪で顔を隠した女でもなければ、体が焼けただれていたり損傷したりしているわけでもない。いやむしろ、男の俺でも惚れ惚れしてしまうぐらい、そいつは美少年だ。ボブカットの黒髪は生きてる人間以上につやつやしてるし、横顔だけでもその顔の整いぶりはよくわかる。細っこい体つきだが、骨格的に女子ではなさそう。
そいつは明らかに実態を持っていない。出入りする車はそいつの体を通り抜けてしまう。同じ場所にずっと立っていて、しかも実態を持っていないのだから、これは幽霊と呼ぶほかないだろう。
他にもわかったことがあったら、これに書き込んでみようと思う。
4月30日
仕事が忙しくて、なかなか日記を書こうという気になれない。
相変わらず、幽霊は駐車場に立っている。服装はいつも変わらない。赤地の半そでTシャツに短パン。毛のないつるつるした脚を見ていると、ああ、自分にもあんな時代があったな、と思って、自分の毛深い脚を見てしまう。
幽霊は部屋からガラス越しに見ることはできるけど、外に出て直接見ようとすると消えてしまう。だから俺は未だにあいつを正面から見られていない。
駐車場の東側、つまり幽霊がいつも見つめている方には一軒家が建っている。だがそこに住んでいる人はいないようだ。誰も住まない空き家は朽ち果ててぼろぼろだ。こっちの空き家の方が、幽霊がいそうなおどろおどろしい雰囲気を持っている。
5月19日
今日もあいつの顔は綺麗だ。斜めから見る顔も本当に美しい。絶対にこの世の存在ではないのに、心ひかれている自分がいて何だかぞっとする。
隣の細川さん(俺と同じ新卒社会人の男だ)に、向かいの駐車場について何か知っていないか聞いてみた。彼がここに住み始めたときから駐車場だった、という情報しか得られなかった。あの美少年の幽霊も見えていないらしい。もしかして俺にしか見えてない?
6月26日
アパートの二つ隣の家が燃えた。夜中に救急車消防車がサイレン鳴らして集まってきて、えらい騒ぎになっていた。家は全焼で、住んでいた家族も全員死亡したらしい。うちのアパートと燃えた家の間が空き地になっているのが幸いだった。隣にも家があったらそこも燃えていて、下手したらこっちにまで飛び火したかもしれない。
幽霊は燃えた家をずっと見つめていた。幽霊の顔も、ようやくベランダからはっきり見えるようになった。ちょっと女の子っぽい顔立ちだが、あれは中学生ぐらいの少年だと思う。
そういえば最初に見たとき、幽霊は真東を向いていた。燃えた家を見つめているということは、徐々に南側に視線を移しているということか。まるで日時計の影みたいに。
8月13日
うちのアパートの、一番東端の部屋の人がいなくなった。都内の大学に通う男子大学生だ。友人と一緒にフィジーにダイビングに行って、そのまま行方不明だという。サメを見に行ったらしいが、まさかサメに食われたのか? なんて思ってしまう俺は、きっと映画の見すぎなんだろう。
幽霊はじっと、無人になった東端の部屋のベランダを見つめている。
9月5日
隣の部屋の細川さんが死んだ。同じ新卒社会人でそれなりに付き合いもあった細川さんの突然死はものすごいショックだ。暴走車に思いっきりはねられて、ほぼ即死だったらしい。
幽霊は少しずつ南向きになっている。幽霊の顔を正面から見るとき、きっと俺にもよくないことが起こるんだと思う。今までもあの幽霊の視線の先で人が死んでいるんだから。
あいつの正体については何もわからない。わからないが多分、悪いやつじゃないと思う。人を死なせているのは他の悪いやつか何かで、あの美少年幽霊はむしろ「俺が正面向く前に、早く逃げろ」って警告してくれてるんじゃないか……俺にだけ見えてるのは、きっと俺についてる守護霊のようなものだからだろう。何も証拠はないが、俺はそう思っている。
だから俺は今、彼の警告を無駄にしないために引っ越しの準備をしている。残された時間はそう多くない。この日記に何か書くのも、これが最後だろう。
3月20日
引っ越し先にまた出てくるとは思わなかった。
美少年幽霊日記 武州人也 @hagachi-hm
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