秘密の日記

オカメ颯記

秘密の日記帳

 今日もサキは日記をつけていた。

 アカシュはそれを見ていないふりをしていた。

 町で買ってもらったというしゃれたノートはこのひなびた村には不似合いだ。

 いつもと同じ生活、変化の少ない辺境の開拓村で、こんなに熱心に日記をつけるようなことがあるだろうか。


「明日はノゾムの誕生日っと」

 ぶつぶつと独り言を言いながら、サキは日記を閉じた。

「誕生日には贈り物が必要だよねぇ。何にしようかなぁ」


 サキはその時初めてアカシュのほうを見た。


「アカシュ、なににする? 何を贈るつもり?」

「贈り物をするのか?」

 ここにはそんな習慣があるのか。最近、この家に加わったばかりのアカシュはとまどう。贈り物といってもどこで手に入れればいいのだろう。この村には店はなかった。


「兄弟だからね」

 当たり前のようにサキはいう。


「何を贈ればいいんだ?」

「うーん。果物とか、おもちゃとか? わたしはねぇ、これにしたよ」

 サキは机の中から代わりに布に包まれた箱を取り出した。

 中には、長い羽根がたくさん入っていた。


「……羽だろ」

「きれいでしょ。どう?」


 こんなものでいいのか。がっかりするとともにほっとした。この程度なら自分でも用意できそうだ。


「そういえば、アカシュの誕生日っていつ? まだ、聞いてないよねぇ」

「……だいぶ先だから、いい」


 この家の人たちに誕生日を祝ってもらうのにはどこか抵抗があった。こちらの意思とは関係なく家族になったのだ。目の前にいる一番親しくなったサキでさえ、姉と呼ぶことができないでいるのに。


「そう? あ、母さんが呼んでるから先に行くね」


 サキは、アカシュとの会話を軽く流して、部屋を出て行った。新入りのアカシュに気をつかうわけでもなく、無碍にするわけでもなく。ここに人たちはみんなそうだ。以前、アカシュがどんな生活をしていたのかに全く関心がないようなのだ。


「あ、日記……」


 机の上に、サキの日記帳が載っている。中に何が書いてあるのだろう。人のものを見るのは悪いと思いながらも、アカシュは興味を抑えきれなかった。そもそも、いつも変わらない日常を熱心に書き留める意味があるのだろうか。

 朝起きて、学校に行って、帰って、手伝いをして……時々畑仕事を手伝う。

 アカシュからすれば退屈な日常だった。


 そっと、ノートを開いてみる。

 見てはいけないと思いながらも、頁を繰る。


 色鮮やかな世界がそこには広がっていた。今までアカシュが見ていた白黒の世界が一気に色を付けて広がっていく。サキという少女が見る世界は、アカシュの見ていたものとは全く違う。


 ところどころに、自分の名前も書いてある。サキの日記の中で動いている彼はまるで別人だ。こんなに自分はぶっきらぼうで愛想のない人物なのだろうか。それでいて、賢いとか、すごいとかべた褒めしている個所もある。読んでいて、恥ずかしくなる。


「アカシュ、手伝ってよ」

 部屋の外から呼ばれてはっとした。慌てて日記を閉じて、サキの机の中に隠すように入れる。


「アカシュ、遅いよ。飾りつけするから、手伝って。あれ、どうしたの? 顔が赤いよ。熱でもあるの?」

 額に手を当てられて、アカシュはサキの手を軽く払った。

「なんでもない。なんでもないから」


 今の彼は彼女の日記の中でどんな風に描写されるのだろう。

 そのことを思うと、ますます頭に熱が上がっていった







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