また始めようと思った

コラム

***

ずっと疎遠そえんになっていた友人の母親から連絡があった。


残されていたメッセージによると、どうやら彼女は事故で亡くなったようだった。


よかったら線香をあげてほしいとのことで、私は目の前にいる職場の上司に声をかける。


「すみません。今日って何時くらいになりそうですかね?」


「予定だと19時だけど、この調子だと長引きそうだな」


上司はブースから見えるバンドのメンバーたちを眺めながらそう答えた。


私はレコーディングスタジオのエンジニアスタッフとして働いている。


肩書きは立派に聞こえるが、基本的には使用するミュージシャンや上司であるエンジニアのためにいる雑用だ。


元々は私はこのような裏方ではなく、自分で作詞作曲して歌も歌うバンドマンだった。


しかし現実は厳しく、夢破れてからせめて音楽に関われる仕事を探し、このスタジオのスタッフになった。


一応正社員だが、昇給はなしで残業代もつかない。


ハッキリいって将来がある職場ではないが、若いときに好き勝手に生きてきたバンドマンのその後としてはよくある道だろう。


自分が経験者というのもあって、よく曲の相談をしているバンドを見ては、ひとり内心で悪態をついたりしている。


「サビのつもりかもしれないが、Bメロにしか聞こえねーんだよ」とか。


「展開を増やせば良いってもんじゃないだろ、もうちょっとシンプルな構成のほうがメロディが入ってくるぞ」とか。


もう曲など何年も作っていないくせに、偉そうにも思っていた。


思えばその亡くなった友人と疎遠になったのも、私が音楽をやらなくなってからだ。


遠回しによくもう楽器は弾かないのかと、うるさくいってきた覚えがある。


今ならひとりでもパソコンで簡単に音楽が作れるとか、プロになれなくても音楽はできるよとか。


だが、私はしばらく音楽を作る気にはなれないと、友人に冷たく返した。


お前なんかに夢破れた私の気持ちがわかってたまるかと、会うたびに音楽をやらないのかと言ってくる彼女がウザったかった。


その後に、まさかこういう形でまた会うことになるとは思わなかったが、正直あまり気乗りはしていない。


それでもせっかく声をかけてくれた友人の母親に悪いと思い、仕事の後に彼女の家へ行くことに。


それからバンドがスタジオから引き上げたのは、結局21時になった。


遅れるだろうとは思っていたが、まさか上司の予想を超えてくるとは思わなかっただけに、いつもよりも疲労感が増している。


スタジオを片付けて足早に駅へと向かった私は、電車を待っている間に、友人の母親にメッセージを送った。


今からでも大丈夫ですかと。


友人の母親は私が来れるのなら構わないと返事をくれたので、これから向かうことにする。


到着後に玄関で軽く挨拶を交わして、彼女の母親の誘導で友人宅へと入る。


友人の家は母子家庭というのもあって、彼女は大学卒業後も実家にいた。


親子二人仲睦まじく暮らしていたことは、昔からよく知っている。


「今日はわざわざありがとうね。あの子、あなたのことをずっと気にかけていたから」


友人の母親はそういうと、お茶を入れてくると台所へと行ってしまう。


残された私は友人の遺影写真を眺め、彼女の顔に懐かしさを覚えていた。


そして、そのときにふと思い出した。


そういえばまだ友人と会っていた頃に、彼女はブログを始めたと言っていた。


ブログ名はたしか、彼女のあだ名がついた○○日記とかいうタイトルだったか。


私はその場でスマートフォンを手に取り、彼女のブログを検索してみる。


ブログは数年にわたって書かれており、彼女が亡くなる前日にも更新がされていた。


私は何気なく記事を読む。


内容はなんてことのない彼女の日々をつづったものだ。


仕事でうまくいかなかったことや、母親と旅行にいったことなどが事細かに書かれている。


こんなもの誰が見るんだよと呆れていると、私のことが書かれている記事を見つけた。


“今日久しぶりに友だちの作った音楽聴いたよ! あッ!? でも昨日も聴いたから久しぶりじゃなかったwww”


“あたしはあの子の作る音楽と歌が大好きなのに……やめちゃうみたいです……”


“聴かせろ! 誰かあいつの新曲を聴かせてくれ!!”


その内容は彼女と疎遠になる前からも、その後もずっと書かれていた。


歯を食いしばった私は、彼女の母親に向って大きな声で謝り、その場を去っていった。


それからどこへ向かうのかもわからずに、私はただ全力で駆け出す。


なんで私のことなんか書いてんだよ。


いい加減に忘れろよ。


いくら内心で叫ぼうが苛立ちは止まらない。


胸が締め付けられる。


そしてそれ以上に、彼女ともう会えないと実感すると涙が止まらなかった。


それから数日後――。


私はまた作曲を始めた。


昔みたいにバンドはやっていないが、パソコンで作った曲に歌を入れてネットにあげるようになった。


当然だけど、誰からも反応はない。


でも、これからも続けていこうと思っている。



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