東西対立! 転校生獲得バトル高校

植原翠/授賞&重版

転校生あらわる

 転校先の学校には、制服が二種類あった。


「今日からこのクラスの仲間になる西原あずまくんです。西原くん、一言挨拶を」

 ゼリービーンズみたいな顔をした担任から紹介されて、俺はこの二年A組の「ちょっと不思議な」光景に頭を下げた。

「西原です。引っ越してきたばかりで、この町……境目市のことが分からないので、案内してもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします」

 冷静に挨拶しつつ、頭の中はわりと混乱していた。

 なぜならこのクラスには、学ランとセーラー服、ブレザーの男女と、制服が二通り混在していたのだ。

 聞いてないぞ、こんなの。


 十六歳の春、俺はこの「境目高校」に転校してきた。

 生まれ育った都内から出たのは初めてで、挨拶でも言ったとおりこの町のことは何も知らない。


「席は山本の隣」

 先生に言われて、俺は窓際の隅っこの空席に目をやった。一列隣には、短髪の男がいる。彼はひらっと手を振ってこちらに合図してきた。こいつは学ランだ。俺は先生の指示に従い、手を振る少年の隣の席に腰を下ろした。

「あの……これからよろしくな」

 挨拶すると、隣の学ランは少し探るような目で俺を眺めた。

「おお。俺、山本孝介。よろしく」

「うん。あの、その制服って」

 戸惑いがちに尋ねようとしたが、山本が言葉を被せてきた。

「西原って、どこら辺に引っ越してきたん?」

「えっと。仲田町ってとこ」

「仲田町か! じゃ、お前も学ランだな」

 突然、山本の顔が明るくなった。

「今着てる制服、ブレザーだけどそれはうちの学校のじゃないよな」

「ああ、これは転校前の学校のだよ。親の転勤が急に決まったから、まだ制服作りに行ってなくて」

 だから、学ランとブレザーで選べるとは知らなかったのである。

「学ランもいいけどブレザーもかっこいいなあ。どっちにしようかな」

「どっちにしようじゃなくて。西原は学ランだって言ってんだろ?」

 山本はスパッと言い切ってきた。俺はまた頭に疑問符を浮かべ、聞き返そうとした。だがその前に、山本はマイペースに大声で続けた。

「仲田町なら、村瀬んちの近所じゃん」

 彼の声を受けて、俺の前の席にいたセーラー服の女子生徒が振り向いた。

「ふうん、うちのご近所さん?」

 前の席の引き出しから、少しだけ教科書がはみ出している。そこから見える記名を、俺はぼんやり見つめた。村瀬奈津子。黒いショートカットの、特別美人でもブスでもない普通の女の子だ。

「それじゃ、登校してくるの大変だったでしょ。自転車で一時間半かかるよね」

 苦笑して話す彼女に、俺も苦笑いを返した。

「うん。特にあの、でっかい川に掛かった橋。勾配が急だし、長さも一キロくらいあるよな」

「そうそう。あの橋は『境目大橋』っていって……」

「そこ! ホームルーム中は静かになさい」

 折角盛り上がってきたところで、教壇のゼリービーンズから怒号が飛んできた。制服が二種類ある理由を聞き出したくて様子を見ていたが、俺が聞くより先に山本が声を潜めて問うてきた。

「西原、どっから引っ越してきたん?」

「東京のど真ん中。生まれも育ちも東京で、都外で暮らすの初めてで……」

「東京だって!?」

 突然、別の方向から飛んできた。山本の前の席に座る男子生徒だ。

「おい転校生、お前生まれも育ちも大都会なのか」

「は、はい」

 俺は蛇に睨まれた蛙になった。

 ホームルーム中にも関わらず席を立ち、近づいてきて俺を見下ろす男。ワックスで固めた金髪に三白眼、着崩したブレザーからシルバーの首飾りが覗くゴリゴリのヤンキーだったのである。

「仲田町の田舎もんかと思ったら……生粋の都会っ子じゃねえか。そんならお前の制服はブレザーだな」

 何を言っているのか、よく分からない。きょとんとして彼を見上げていると、代わりに山本が返した。

「宮野、それは違う。西原は都会出身かもしれないが、今は仲田町の人間だぞ。こっち側だ」

「いや、生活レベルが都会ならこっち側だ!」

「ていうか、お前、転校してきたばっかの西原にそんな怖い顔すんなよ」

「るせえな! 生まれつきだ」

「なら仕方ねえか!」

 山本とこのヤンキー、宮野の小競り合いを前に俺は椅子に縮こまった。転校初日から喧嘩に巻き込まれたのでは溜まったものではない。

「そうよ、仲田町に住んでるなら通学であの橋を渡るんだから、立派なこっち側だよ」

 前の席の村瀬まで参加してくる。

「ねっ、西原くん」

「そ、そうなの?」

 困っていると、そこへ山本越しにいた別の生徒が口を挟んできた。

「そう? 私はダサくない奴ならこっち側でいいと思うんだけど?」

 俺は山本の反対隣に見える生徒にハッとなった。

 亜麻色のロングヘアを胸に垂らした、整った顔の美人の女子生徒。制服は……ブレザーである。

 きれいな子だ。仲良くなりたい……と思った矢先、村瀬がカッと威嚇した。

「失礼ね、金崎さん! 私たちのどこがダサいっていうの!?」

「実際ダサいじゃない。そのイモい前髪なんとかならないの?」

「ケバいだけの女に言われたくない!」

 村瀬が立ち上がった。今度は女子同士が火花を散らす。

 制服のパターン、田舎とか都会とか。俺はまだ何も分かっていない。ヤンキー宮野と山本は今にも殴り合いを始めそうである。

「西原は学ランだ!」

「違う! ブレザーだ!」

 やがて宮野の席の傍にいたブレザーに眼鏡の男が加勢する。

「都会っ子ならブレザーだろ」

「仲田町なら学ランでしょ!?」

 セーラー服の別の女子が噛み付く。そのうちクラスじゅうが学ランだとかブレザーだとか各々主張しだして、俺が一人で目を回した。

「待って待って、さっきから『こっち側』ってどういうこと!?」

「『橋向こう』か、『橋こっち』か、どっちだってことだ!」

 宮野がくわっと鋭い牙を覗かせた。俺は耳慣れない言葉にぽかんとした。

「橋……向こう? 橋こっち……?」

「境目大橋より西側が『橋向こう』。東側が『橋こっち』」

 クールに諭したのは、ブレザー女子の金崎だった。

「この境目市は、境目大橋のかかった境目川で、半分に分離してるの。橋より西は山ばっかりのド田舎。対して東は、大きな駅があってそれを中心に街が発達してる」

「橋を超えたら文化が違うし方言も違う。あろうことか天気も違う」

 山本が付け加えた。

「そしてこの学校は、元々はそれぞれ西と東に一つずつあった別の学校だった。西高と東高だ」

 黒い学ランの脚を組み、机に肘をついて彼は話した。

「でも五年前に統合されて、東高に西高が吸収される形になった。とはいえ、東高の方がデカイってわけじゃない。単に東の方が交通が便利だからというだけ」

「なるほど、統合されたから制服が二種類あるんだな」

 元西高の橋向こうの生徒は学ランとセーラー服。元東高の橋こっちの生徒はブレザーだ。

 納得して頷いてから、俺はやはり妙なことに気づいた。

「統合されたのは五年前なんだよな? じゃ、制服は既に混ざってなくて、一種類に統一されてるはずじゃ……」

 五年前の統合される前に入った一年生が卒業してしまえば、制服が混在する状況は終わるはずだ。が、クラスの険しい表情で俺は察した。

「この高飛車野郎の橋こっちどもと、同じ制服なんか着たくねえ!」

「このド田舎もんの橋向こうどもと、同じ制服なんか着たくねえ!」

 山本と宮野が、西と東両方の意見を代弁した。

「そもそもなあ! 橋向こうからすれば橋の向こうが『こっち』なんだよ!」

 山本が強そうなヤンキーに果敢に噛み付く。宮野も山本の額を押さえつけた。

「学校がこっちにあるからこっちが『こっち』だ」

 言い争い続ける彼らを見て、俺は頭を抱えた。

 俺の現在の居住地である仲田町は橋より西側……すなわち橋向こうである。だが大都会出身の俺は都会側の思考、つまり橋こっちに近い感覚を持っている。

「現在の全校生徒は六百六人。橋向こうと橋こっちの人数は、ちょうど半分ずつ。このクラスは四十人で、やっぱり橋向こうと橋こっちの割合は半分ずつ」

 村瀬が真剣な眼差しで俺を見つめた。

「いや……西原くんが入ってきて、全校が六百七人、学級が四十一人になった。西原くんが橋向こうに所属すれば、橋向こうの方が一人多くなる。でも橋こっちに奪われたら、あっちが一人増えてしまう」

 村瀬のそれはあまりに真面目な声色で、俺はぎょっとした。まさか、そのプラス一人を獲得するためだけにここまで揉めているのか。

 山本が筒状に丸めたノートをビシッと宮野に向けた。

「よし、橋こっちの連中。西原をかけて勝負だ!」

 俺はもう一度ぎょっとした。しかし何か言う前に勝手に話が進む。

「一限の英語の小テスト、合計点が高かった方が勝ち」

 宮野も受けて立った。

「望むところだ。おいお前ら! 今から勉強すっぞ!」

 英語の文法テキストを掲げる姿は、あまりヤンキーっぽくなかった。教室内のブレザー勢がわあっと盛り上がる。山本も負けじと椅子に立ち上がった。

「街中で遊び呆けてる、橋こっちなんかに負けねえぞ!」

 学ランセーラー勢もおおっと一丸になる。異様な光景に俺は何も声が出せなかった。代わりに、萎れた声が飛んでくる。

「ホームルーム中だぞ、静かにしなさい」

 ゼリービーンズ先生が騒がしい教室を静まり返らせた。

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