花坂道

@motosawa8235

第1話 朝

 明け方4時、伸一は父の方正の声に起こされた。伸一の寝ぼけ眼は、運動用ジャージに身を包んでいる父の姿を捉えた。

「しん、起きて。」

 方正は小声で繰り返し何度も伸一にそう話しかける。大体30回目に差し掛かろうとするとき、伸一は布団から起き上がった。

「しん、おはよう。着替えたら外で待ってるから。」

「うん」

 伸一はあくび交じりに答えた。伸一はジャージに着替えると、隣の布団で寝ている兄の海星の寝顔をちらりと見て、寝室を出た。

 玄関には、方正に買ってもらったランニングシューズがきれいに並べられていた。

 伸一はそれを履き、玄関の扉を開けた。

 暗い外の景色の中に、準備運動をしている方正がいた。

「よし、大会のペースでいぐか。」

「うん。」

 伸一ははっきりと答えた。

 二人は走り始めた。

 伸一と方正は 1時間のランニングを終えて家に帰った。

「ただいま」

「おかえり」

 祖母の紗良と海星の声が聞こえた。それと同時に、おいしそうな匂いが伸一の鼻を満たした。紗良が台所で作っている朝ごはんとお弁当の匂いだ。海星は、リビングのテーブルで勉強をしていた。

 伸一と方正はシャワーを浴び、着替えた。

 二人がリビングに着くと、眠そうな顔の美月と祖父の幸雄、そして海星と紗良がテーブルの朝ごはんを囲んでいた。テレビからは男性アナウンサーによる快活な天気予報が流れていた。

 伸一と方正がテーブルの席に着きながら

「おはよう」

と言うと

「おはよう」

と眠そうな声で美月が答えた。

 幸雄は家族全員が席に着いたのを確認してから

「それじゃあ、頂きます」

というと

「頂きます」

と皆でいった。

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」

 伸一が朝ご飯を食べ終わる頃には、食後のコーヒー飲み、スーパーのチラシを睨んでいる紗良と二人であった。

 伸一は中学校の制服を着ると、急いで玄関に向かった。

「行ってきます」

「いってらっしゃい」

 伸一はヘルメットを被り、自転車に跨った。

 伸一は教室のドアを開け、窓側の席に着いた。近くの席のクラスメイトが盛り上がっている。その中の一人である風間龍雅がこちらを見るなり、

「お前ってお母さんいたっけ。」

と話しかけてきた。伸一は黙った。

「ねえ。伸一ってお母さんいたっけ。」

と今度は、その近くの席のクラスメイトに話しかけた。

「ああ。どうだっけ。」

と答える者もいれば、隠れるように口を曲げる者もいた。龍雅は次に右手を高く挙げ、

「じゃあ、この中でお母さん生きてる人、手上げて。」

と大きい声で賛同を求めるように言った。何人かが戸惑うように手を挙げた。伸一は手を挙げなかった。

「そっか。わかった。」

 龍雅は伸一を見ながら嘲笑交じりにそういうと、近くのクラスメイトの輪に戻った。

 伸一が窓の外にふと目を向けると、綺麗な花が風に揺れた。

 伸一は放課後の陸上部の練習を終えると、自転車で帰宅した。

 その途中、伸一の目に道端に咲いている花々がちらちらと映り込んだ。

 伸一は何かを吹っ切るように、疲れ切った脚で重いペダルを全力で漕いだ。

「ただいま」

「おかえり」

 紗良と幸雄の声が聞こえた。それと同時に、おいしそうな匂いが鼻を満たした。

 伸一は、仏間に入ると、仏壇に飾られている母の遺影と向かい合い、

「ただいま」

 と呟いた。伸一は仏壇のそばの供花を暫くずっと、見つめていた。

 ずっと。



 

 




 

 

 


 

 

 

 

 

 

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