城ケ崎先輩の役に立たない日記アイデア
タカば
城ケ崎先輩の役に立たない日記アイデア
うちの大学には変な先輩がいる。
名前は城ケ崎芽衣子。
一年先輩の彼女は、そこそこの頻度で大学にやってくる、そこそこ不真面目な学生で、結構な頻度で俺についてきて、そこそこの時間まで俺の部屋にいりびたる。
そして、毎回独自のアイデアを披露するが、だいたい役に立たない。
実に面倒な先輩である。
「真尋くん、いいことを思い付いたぞ」
「……何ですか」
そろそろ日も傾きかける時刻。
何者かにインターホンを連打され、ドアをあけると城ケ崎先輩が立っていた。
何故来る。
俺の記憶が確かならば、先日俺は誕生日を祝ってくれるという彼女に告白してこっぴどくふられたはずなのだが。
それから一週間、一切の連絡を絶たれ、割と本気でへこんでいたところにこれである。
「交換日記をしようじゃないか」
「何故」
やはり彼女の思考は意味がわからない。
日記を交換して一体何がしたいというのか。
「一週間前、君は私にエロいことがしたいと言ったな」
「はあ」
惚れた女とも言いましたが。
というか玄関先でエロい言わないでください。
「あの時はびっくりして思わず帰ってきてしまったが、その後、君の発言についてじっくりと考えてみた」
「……考えてくれたんですか」
「ああそうだ! めちゃくちゃ考えたぞ! なにしろ君のことが頭から離れなかったからな! ちゃんとレポートは提出したが、実習合宿の単位を落としていたら、君のせいだからな!」
そこまで語ると、城ケ崎先輩は俺の目の前にずい、とノートを突き出した。そこそこたわわな胸が、たゆんと揺れる。
「そこでコレだ!」
だから何故。
「私は君に好感を抱いている。恋愛的な関係に発展するのもやぶさかではない。だが、いきなりエロいことは無理だ! まずは交換日記で言葉を交わすことから始めようじゃないか!」
「却下」
「なんだとぉう?!」
「お付き合いのはじめは交換日記とか、どの世界の小学生ですか。今時中学生でもやりませんよ」
「そうなのか?」
城ケ崎先輩は目を瞬かせた。
まさか、二十歳を過ぎてまで、交換日記が男女交際の正しい作法だなどと思っているわけは……ないと言い切れないのが彼女の恐ろしいところだ。
「だいたい、言葉を交わすって今更でしょうが。毎日毎日俺の部屋に入り浸って、くだらないことをだらだら語ってたくせに」
「いやあれは友人としてだな」
「客観的に考えてみてください。毎日毎日一緒に大学から帰って、相手の部屋に入り浸って、一緒にごはんも食べて、時には泊まりこみまでする男女。それってどんな関係だと思います?」
「いやそれは交際中の……あれ?」
「エロいことしてないだけで、俺と城ケ崎先輩のやってることは、つきあいの長い同棲大学生カップルと一緒ですよ」
「はっ?!」
その可能性を、今まで一切考えてなかったらしい。
城ケ崎先輩はノートを持ったまま立ち尽くした。
「俺は、こんなアホなノートのやりとりはしたくないです。先輩と部屋でごろごろしたり、あんたのしょうもない屁理屈を聞いたり、一緒にメシ食ったり、たまに……いや時々エロいことしてだらだら生活したいんです」
「ん……んん? 待て。それじゃ今までの生活にエロいことが差し挟まっただけじゃないか。それはつきあっているというのか」
「つきあい方は人それぞれです。というか先輩は男女交際に夢を見すぎです」
「そうなのか? 世間的にはデートとか……」
「この間見に行ったSF映画楽しかったですね」
「……ああああああっ!?」
やっと自分の今までの行動を客観視し始めたらしい。
城ケ崎先輩は頭を抱えてしまった。
「……わかってますよ。城ケ崎先輩が俺を警戒しているのは」
「え……」
「交換日記を見ればわかります。俺にいきなりエロだなんだって言って、距離を詰められたのが怖かったんでしょう」
わざわざ、文字を介した非接触な交際提案。
感情を体でダイレクトにぶつけられるのを恐れているのが、まるわかりだ。
「俺と恋愛関係になるのは嫌じゃないんでしょう? その……距離を詰めるのは手加減しますから、いつものように、そこのこたつでごろごろしていきませんか」
ノートを持ったままの城ケ崎先輩の手に触れる。
軽く引き寄せると、彼女は部屋の中に入ってきた。ばたん、と玄関のドアが閉まる。
「……うん」
交換日記用のノートを放り出して、俺は城ケ崎先輩を抱きしめた。
今日も城ケ崎先輩のアイデアは、役に立たない。
城ケ崎先輩の役に立たない日記アイデア タカば @takaba_batake
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