素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード 10 -FINAL-】

双瀬桔梗

とある異世界の、皇帝の話

「ねぇ、交換日記しない?」

 その昔、のちに妻となるれいの提案で、エベレスト=ツン・デーレは彼女と交換日記を始めた。

 経験のないことでも、“このの為なら、やってみるのも悪くはない”と、了承する。

 別の世界から、エベレストが生まれ育った世界『アトリ・ビュート』に迷い込んできた少女・玲。交換日記を通じて、玲や彼女がいた世界について知ることができ、エベレストは嬉しかった。だから彼は自分のこともしっかり伝えようと、不器用なりに、己が生まれてからの出来事を書き綴っていく。



『元いた世界に戻りたいか?』

 ある日、エベレストは交換日記で、玲にそう問いかけた。

『出来ることなら、戻りたい。それに、貴方にも見てほしい。わたしが生まれ育った世界を』

 そんな玲の返事をきっかけに、エベレストは彼女と共に、異世界ゲートの研究を始めた。交換日記も継続しつつ、二人は徐々に距離を縮めていく。

 玲の存在は、長い年月を一人孤独に過ごしていたエベレストに、希望を与えた。エベレストは自分とは違う、明るく素直な玲に惹かれていく。玲もまた、口下手ながらも優しいエベレストを好きになった。



「我と……生涯を共にしてほしい」

 玲が二十歳を迎えた頃、エベレストは彼女にプロポーズした。

「うん、喜んで! 不束者ですが、よろしくお願いします」

 玲はギュッとエベレストに抱きつき、「大好き」とはにかんだ。エベレストは赤面しつつ、そっと玲を抱きしめる。


 程なくして、娘のレジーナが生まれた。父親エベレストと同じ、銀髪とあかい瞳に、母親に似た綺麗な顔立ち。性格は見事なまでに、父親譲りのツンデレだ。


 それから少しして、グラディウスという一族同士の争いに巻き込まれ、命を狙われていた幼いタシターニを救い、行き場のない彼を養子にした。その数年後、行き倒れていたリベアティを拾い、更に数十年後には、無実の罪を着せられ追われていた後のフォンセルーチェを助け、二人も養子にする。

 こうして、ツン・デーレいちぞくは六人となった。けれども、玲だけ寿命が短くて……本人の希望で延命を試みるも、どの薬もただの人間にはあまり効果はなく、百三歳で亡くなった。

 エベレストは、玲の願いを叶えられなかったことを悔やみ、塞ぎ込んだ。それでも四人の子ども達は亡き母の遺志を継ぎ、『異世界ゲート』を完成させたのち、一人『アトリ・ビュート』に残ると言い張るエベレストを説得。玲が亡くなって約五年後に、彼女の故郷である世界にやってきた。


 そして、今に至る。




 が生まれた世界に、初めて足を踏み入れた日。エベレストはまた日記を書き始めた。今度は交換する相手がいないから一人で、その日の出来事を一文だけ書いている。


「じゃあ、俺と交換日記しようぜ!」

 会話の流れで日記をつけている話をすると、一人の男子高校生がエベレストにそんな提案をしてきた。彼の名はあかみねごう。世界を守る部隊、『スナオズ』のリーダーだ。

 何が “じゃあ” なのか分からないと言いたげに、エベレストは豪を見る。

「俺と交換日記はイヤか?」

「嫌とかではなく……貴様と交換日記をする意味が分からないのだが……」

「イヤじゃないなら、理由とかどうでもいいだろ。よし! 交換日記しようぜ」

 半ば強引に、豪と交換日記をすることになったエベレスト。とは言え、律儀な彼は自分の番が回ってくると、欠かさず日記を書いて、豪に渡している。


『今日は体育でサッカーして、休み時間はダチと昨日、見た『KINNIKU』っていう番組の話で盛り上がったぜ!』


『レジーナが、かわ ミナと秋葉原に遊びに行ったと、話してくれた』


『俺もミナからその話は聞いたぜ。そういえば、学校でレジーナのファンクラブが出来てるらしいぞ? 多分、ミナが作ったんだろうな。そうだ! 今日は英語の小テストで満点を取ったぜ!』


『そうなのか。今日はタシターニがあお こうろうと、いつもの居酒屋で呑んできたらしい』


『幸路郎が来週、俺らの学校で特別講師として授業をしてくれるんだってさ! タシターニもアシスタントとして来るらしい。そうそう、今日は食堂でカツ丼を食ったぜ!』


『そうなのか。今日はフォンセが、 しえりとデートに行ったようだ』


『フォンセって奥手だからしえりには頑張ってほしい。そういえば、今日は文化祭の出し物を決めたぜ! お化け屋敷になったから、エベレスト達も来てくれよな!』


『そうなのか。リベアティが週末、ゆきしろ はやと動物園に行くと、ワクワクしていた』


「……なぁ、たまには自分のこと書かないのか?」

 豪は日記を閉じながら首を傾げる。

「駄目だったか?」

「いや、ダメではないけど……でもまぁいっか! なんかアンタらしいし」

 ニカッと笑い、豪は日記を鞄に仕舞う。


「そういえば……あれから夢は見るか?」

 エベレストはふと、先日、豪から聞いた正夢の話を思い出し、問いかける。

「いや、それが……正夢は見なくなった代わりに、もっと変なことが起こったんだ。その……覚えのない記憶が、急に脳内を駆け巡るっていうか」

「どんな記憶だ?」

「それが……あんまいい記憶ではないんだよな……ほら、前に挨拶だけしにきた『レークステル』のヤツら。顔は見てないのに、戦ってる相手がソイツらってなぜか分かるんだよ。しかも、苦戦してて……とにかくヤバい感じだった」

 珍しく暗い表情で話す豪を、エベレストは怪訝そうに見た。豪自身も、何がなんだか分からないようで、困っている。

「……また、何かあったら、話してくれるか?」

「おう、分かんねぇことをいくら考えても仕方ないしな! また変な映像が頭ン中に流れたら、アンタに話すよ」

 豪とエベレストはモヤモヤを抱えつつも、そんな約束をして、その日は別れた。




 次の日、豪がエベレストに日記を渡した直後、スピーカーから司令官の声が聞こえてきた。

 ずっとなりを潜めていた、レークステルがとうとう進撃してきたらしい。オネスト内にいた、他のメンバーと共に、豪とエベレストは現地に向かう。

「やっぱりアイツらだ……」

 町を破壊している侵略者達を見て、豪はポツリと呟く。エベレストはその一言で、昨日、聞いた話を思い出す。

 スナオズ達は変身し、ツン・デーレいちぞくと協力して、レークステルと対峙する。


 今回の敵は思いの外、強かった。各々が押され、豪の記憶通り、スナオズ達は劣勢状態だ。しかも、いつの間にか、味方側は散り散りとなり、エベレストの近くにいるのは豪だけになっていた。そうなるよう、誘導されていたことに気がついても、もう遅い。

 エベレストはずっと味方を庇いながら戦っていた為、既にボロボロだ。

 レークステルの二人は剣と掌をそれぞれ構え、エベレストの隙をついて、攻撃を放つ。

「あ……やばい……」

 豪はそう呟くと、エベレストを押し退ける。

 エベレストに当たる筈だった、電気を纏う無数の刃と青白い光線が、赤色のパワードスーツの一部を破壊し、豪の体を貫く。

「っ……紅峰 豪!」

 エベレストは血の気が引いた顔で、豪に駆け寄った。必死で止血しようとするが、赤い液体が豪の体から次々に溢れ出る。

「あーあ、そっちは生け捕りにする予定だったのに」

「てかアイツ、なんでこっちの攻撃を読めたんだ?」

 上空から豪達を見下ろすレークステルに、エベレストは怒りのまま斬りかかろうとした。けれど、豪に胸ぐらを掴まれ、彼が囁いた言葉に固まる。


 “このままだと全滅する。皆を頼んだ”


「一体、なにを言って……」

 戸惑うエベレストのことなどお構いなしに、豪は最後の力を振り絞り、立ち上がる。

「いままで、ありがとな」

 それだけ言うと、豪はエベレストをぶん投げた。


 豪が変身アイテムであるバングルの、赤い石に触れた瞬間、彼の体は炎に包まれる。

「まて……豪!!」

 豪は飛び上がり、完全に油断していたレークステル二人を巻き込むかたちで、爆発した。

 壁に激突したエベレストは空を見上げ、豪の名を叫ぶ。


「なぜ……」

 彼が死ななければならない?


 そんな考えに囚われながらも、“皆を頼んだ”という最期の言葉を守らなければと、エベレストは駆け出す。けれども、結局、誰の元にも間に合わず、家族とその友の亡骸を目の前に、膝を折る。


 互いを庇い合うように転がっている、レジーナを見て、完全に心が砕かれたエベレストは、ただひたすら叫び続ける。そんな彼の首を、レークステルのリーダーは無慈悲にも斬り落とす。


 意識が完全に途切れる前に、エベレストは強く願った。

 スナオズ達彼らと出会う前に戻って、この結末を変えたい、と。




 ������




「……さま、御父様! 起きてくださいませ!」

 その声にハッと目を開いたエベレストは、自分と同じあかい瞳の少女を、じっと見つめる。

「レジーナ……」

 心配そうな表情の愛娘レジーナを目の前に、エベレストは混乱する。

「本当に、レジーナなのか?」

「えぇ、そうですが……どうしたんですの?」

 レジーナだけでなく、近くにいたタシターニとフォンセも、エベレストの顔を覗き込む。リベアティだけは、「ふむ」と何か納得したような顔をしている。

「すまない……どうやら、悪い夢を見ていたようだ……」

 エベレストは自分に言い聞かすように、レジーナ達にそう伝えた。

「御父様、大丈夫ですの?」

「あぁ、心配かけて本当にすまない」

「なら、いいのですけど……あ、そういえば、もう少しで御母様の生まれた世界に着きますの」

「は……着く、だと? 何を言っている……スナオズ達は……」

「スナオズ……? 御父様、やはりどこかお身体が悪いのでは……」

 レジーナの反応に、スナオズ達と……紅峰 豪と出会ったことすらも夢だったのかと、エベレストは考えた。しかし、すぐに何かがおかしいと思い直し、一人飄々としているリベアティを見る。彼はエベレストにじっと見られても、意味深な笑みを浮かべるだけで、何も言わない。


 エベレストは訳が分からないまま、移動式の城『エベ・ツン・ブルク』の窓から、の生まれた世界を見下ろした。


【エベレスト編 完】
















to be continued……?

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