美術室の白鳥

久世れいな

美術室の白鳥 前編


 ――れは、1羽の白鳥はくちょうの絵だった。

 きめ細かな雪のように真っ白い翼を広げ、全てを見透かしたような瞳でこちらを見つめてる。

 湖面にたたずむその姿に、私は呼吸を忘れて見入ってしまった。なんてステキな絵。


 水に反射してる表現とか、羽の描き込み、透き通った空気感、全部がすごく良いなって思った。……ちょっと馬鹿っぽい感想かもだけど、私は絵の専門家じゃないんだしこれくらいしか表現できない。


 こんな繊細せんさいな絵が描けるんだし、作者はきっと綺麗きれいなお姉様だろう――と思いながら、作者の名が記されたプレートに視線をやる。



 『吉野よしの 大和やまと



 どう読み取っても「The日本男児」のような名が、そこに鎮座ちんざしていた。



  *



 私立東雲しののめ高校、3階。ろくに使われてない資料室からもうちょっと廊下を進むと蛇口じゃぐちがたくさん横に並んだ流し場があって、その正面に美術室がある。どうしてこんなとこにいるのかというと……


 私、古海ふるみ 汐里しおりは、何を隠そう美術部員なのだ! ふふんっ!



 「おーい、1年。そろそろ始めるから入りな〜」


 「あああぁっ! りょ、了解でありますッ、イエッサー!」


 「うちの部はそんな熱血な連中じゃないよっ!?」


 苦笑いする先輩に手招きされ、バタバタ慌てて部屋に入る。しまった、ちょっと風にあたって休憩するつもりがもうそんな時間だとは。


 部室の中心には大きなテーブル。その上には瓶とか布とかひもとか靴とか……とにかく色んな物がごちゃごちゃに置かれていた。これからモノボケ大会でもするのかな?


 大ウケ間違いなしのネタを頭の中で探していると、部長がパンっと手を鳴らした。



 「今日は卓上デッサンするよ。時間は60分×かける2。みんな好きな場所に座れ〜」



 デッサンっていうのはいろんな濃さの鉛筆えんぴつを使って、目の前にあるモチーフをよく見ながら超そっくりに描く、いわばモノクロお絵描きのことなのだ。


 入部してから何回かやったけれど、今まではリンゴ1個〜とか箱1つ〜とかだったからここまで大規模なのは初めてかもしれない。うわ〜……大変そう……。


 部長の指示を受けみんなは思い思いの席についてく。椅子は、デッサンのモチーフが並べられたテーブルをぐるっと取り囲むように並べられていた。


 私がどこにしようか迷っている間に、ほとんどの席は埋まってしまった。ヒドい、ちょっとくらい選ばせてくれてもいいのに!


 渋々しぶしぶ残された場所へ移動すると、すぐ隣にはが座っていた。



 「よろしく、古海さん」



 クマさんが話しかけてくる。……正確には、クマみたいにずっしりしている大男。


 もっと正確には、美術展覧会で一目惚れしたあの『白鳥』の作者、吉野大和その人である。クマさんは、私が勝手につけたあだ名〜。


 吉野先輩がまさか進学した先の東雲高校にいたのには本当にびっくりした。そしてその人が美術部だって知って、速攻で入部届けを出した私の行動力にもある意味びっくり。



 「おやおやっ、ヨシノせーんぱい! 今日もいちだんと椅子がちっちゃく見えますな〜」


 「あはは…………そうだ、卓上デッサンは初めてだっけ? こっちの席は難しいけど大丈夫?」


 「……ん、どしてっすか?」


 「ほぼ全部が見える場所だからね。そこの瓶や紐なんかは、向こう側からは見えないんだ。それにほら、瓶のラベルもこっちにあるからちゃんと描かないといけない」



 はっとして周りを見渡す。確かにこの辺に座ってるのは3年ばかりだ。座ったまま背伸びして机をはさんだ反対側を確認すると、私と同学年の子たちが固まって座っている。な、なんですって……ッ!?


 部長ーーっ! 席替えを要求しまっ……!!



 「あい、みんな席が決まったみたいなので、はじめま〜す」



 部長おおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!?

 無慈悲むじひにもタイマーをスタートさせる部長……あんまりだ。


 吉野先輩はアワアワしてる私に「頑張ろうね」と小さく言って、デッサンの準備に戻っていった。


 ……よーーし、もうこうなったらやるしかない!

 椅子とセットになって置かれているイーゼル(キャンバスを立てかけられる木で出来たヤツ)に紙を挟み、私なりのキメ顔を作りつつ鉛筆を手に取った。


 ――古海汐里の本気、ぶつけたりましょうッ!



【中編へ続く】

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