短編集
幼なじみの婚約宣言
私の幼なじみの「華憐(かれん)」は、昔から変な女の子だった。近所に住んでいた事もあって華憐とは小学生の時からの付き合いではあるが、その奇行は数えだすとキリがない。
小学校で飼っていたウサギをパンダ柄にしたとか、みんなの椅子をバランスボールにすり替えたとか、アカデミー賞みたいな赤い絨毯を学校の廊下中に敷き詰めたりとか。他の誰もが敵わないような発想力と、それを実行に移してしまう度胸みたいなものが華憐にはあった。
奇抜な行動を繰り返す華憐に、私は「どうしてそんな事をするのか」と聞いてみたこともある。けれど返ってきたのは「なんだか楽しそうでしょ?」という言葉だけだった。その時の華憐は校庭にナスカの地上絵を模した絵を描いている最中で、私は理解するのを諦めた。
そんな華憐に付いていける人間がいる筈もなく、幼なじみの私ばかりが巻き込まれ振り回されてきた。私にとって華憐は手のかかる同い年の妹みたいなもので、華憐も私のことをいたく気に入っているのは間違いない。
そんな私と華憐の関係性は小学生の時からずっと続いていた。高校に進学する時も華憐は私と同じ高校に行く、と宣言して付いてきた。つい許してしまったけれど、華憐ならもっとレベルの高い高校にも行けただろうに、とは思う。
そう。華憐はその奇抜な行動ばかりが目立つけれど、勉強は出来たし運動も得意だった。芸術的な感性も持ち合わせていたし抜群のリズム感や音感も持ち合わせていた。才能の塊みたいな存在で、もはや嫉妬する気も起きない。
こうして華憐は私と同じ高校に通う事になったわけだが、その独特の感性と破天荒な行動に、周囲の生徒や先生は圧倒され手を焼き、そして対処に困ると何故か私が呼びつけられるのがお決まりとなっている。
私が今職員室にいるのは、つまりそういうわけだ。
「で、今度は一体何があったんですか」
私の前で頭を抱えている先生にそう聞いた。私と華憐のクラスの副担任である茅野(かやの)先生は、まだ新任したばかりの若い女性の先生だ。華憐が何かしでかす度に昼休みに呼び出され、頭を抱える茅野先生に泣きつかれるのが私の恒例行事となっている。
今回はどの部活に決闘を申し込んだのか、それとも花壇に勝手にスイカでも植えたのか、はたまたプールにウォータースライダーでも設置したのか。一体どれなんですかと私が聞くと、茅野先生は一枚の紙を手渡してきた。
それは進路希望調査の紙だった。高校三年生になって数か月、そろそろ進学か就職かを選び出す時期だ。私も夏休みから予備校に通う予定で、将来の夢なんてキラキラした言葉で語る程でもないけれど自分が行きたい大学も見つけてある。
「進路希望調査の紙……、何か不備でもありましたか?」
「まずは見てくれる?」
私が首を傾げ用紙を見てみると名前欄には華憐の名前が書いてあった。
そういえば華憐の進路については聞いたことがないし予想もつかない。宇宙飛行士だとか石油王だとか書いたのか、はたまた海外の大学名でも挙げたのだろうか。私は目を通して、驚きのあまり声を漏らす。
「……えぇ?」
紙に書いてある内容に私は困惑し、茅野先生と同じように頭を抱えた。今回呼び出された理由について理解する。
進路希望調査の紙には大きく「佐奈(さな)ちゃんのお嫁さん」と書いてあった。
佐奈とは私の名前である。
言うまでもなく華憐と婚約した覚えはないし、私達は恋人関係でもない。幼なじみで親友ではあるけれど、今まで結婚するなんて話が出てきたこともない。
茅野先生が頭を抱える私に問いかける。
「あなた達、結婚するの?」
「初耳です」
「まぁ、その。そういうわけなのよ」
「えーっと、華憐を取っ捕まえてきます」
「先生は応援してるからね」
「それはどっちの応援ですか……」
今度は一体何に巻き込まれるのかと、私は華憐の元へ急ぐことにした。
いつも私と華憐は屋上でお昼を食べることにしている。茅野先生に呼び出された私を置いてけぼりに、華憐は先に屋上に向かっている筈だった。屋上までの階段を駆け上がりドアを開けると私の名前を呼ぶ声がした。
「佐奈ちゃん、こっちだよ!」
私の姿を見た華憐が小柄な身体を弾ませながら、めいっぱいに手を振っていた。彼女の長い黒髪が一緒に揺れる。その仕草と華憐の身長が低いこともあって下手すると小学生に見える。華憐が舌足らずな喋り方で言う。
「遅いよ佐奈ちゃん。佐奈ちゃんのこと待ってたら、あたしお腹すいちゃった」
何かと騒動を巻き起こす華憐がそれでも周囲から甘やかされて受け入れられているのは、その人懐っこい性格と小柄で愛嬌のある容姿のおかげだった。クラスメイト達にとっても手のかかる妹といった扱いだ。
私がお弁当を持って華憐の横に腰掛けると華憐は私に聞く。
「先生との話終わったの?」
「終わったというか、終わってないというか」
「なにそれー」
華憐が無邪気に笑う。誰のせいだと思っているんだ、と私は口に出さずに思った。
「ていうか、華憐はなにやってんの」
「ホットサンド作ろうと思って!」
「なんでまた」
「佐奈ちゃん、ホットサンドが食べたいってこの前言ってたでしょ?」
「いや、言ったけどさぁ……。屋上で作ってほしいって話はしてないよ」
華憐は鏡を使って太陽の光を集め、購買で買ったサンドイッチをホットサンドにしようと苦心しているとこだった。今日は雲一つない晴天だけれども、流石にそれは無理だろうと口に出さずに思った。
鏡の角度と枚数を計算し始めた華憐に私は問い掛ける。
「あのさ、華憐。進路調査の紙になんて書いたの?」
「佐奈ちゃんのお嫁さんって書いたよ」
華憐は恥ずかしがる様子もなく、あっけからんと答えた。あまりにも簡単に口にされた婚約宣言に私は少なからず動揺する。今まで結婚なんて話題を華憐が出した事は無かったし、私は何も言われてないし聞いてもいない。私は動揺を隠せないまま言葉を濁す。
「いや、付き合ってもないのにいきなり結婚って」
「付き合ってないと結婚って出来ないの?」
「そういうわけでもないけど……」
付き合ってたからといって結婚出来るわけでもないだろうし、と私は付け加える。色恋沙汰を語れるような見識は残念ながら私にはない。華憐も見た目は良いけれど、周囲の誰も言動についていけないのもあって恋だの愛のとは無縁だった。
「そもそも、華憐。私のこと好きなの?」
「ん? 佐奈ちゃんの事は大好きだよ? 小さい時からずっと好き」
屈託のない笑みでそう返された。告白の言葉としてはあまりにも軽くて、多分華憐の言っている「好き」は、結婚したいとか付き合いたいとかの「好き」じゃないような気がする。友達としての「好き」だ、これは。そもそも華憐が結婚という意味を理解しているのかも不安になってきた。
「あのさ華憐……、女の子同士って結婚できないのは知ってる?」
「そうなの!? なんで?」
本当に驚いた様子で華憐は言う。そこから説明する必要があるのかと私は頭を抱えた。華憐が不満そうに口を尖らせる。
「あたしそんなの気に入らない。あたしは佐奈ちゃんのこと好きなのに」
華憐の言う「好き」は挨拶みたいなものだろうけれど、照れも迷いもなく、真っすぐに好きと言われると少し照れくさい。
華憐はホットサンドを作るのは諦めたのか、真っ白な食パンのサンドイッチをかじりだす。小さな身体に似合わず大きな口を開け、サンドイッチを一瞬で平らげた華憐が私に聞く。
「じゃあどうやったら、あたしは佐奈ちゃんのお嫁さんになれるの?」
華憐の中では私と結婚するのは確定事項になっているみたいで、私の返事を聞くつもりもないらしい。華憐が強引なのはいつものことだけれども。こんな風になし崩し的に華憐の思い付きに巻き込まれるのが毎度のことだった。
それにしても急に結婚なんて言いだしたのが気にかかって私は問いかける。
「あのさ、進路がどうして私のお嫁さんなの? なんか理由があるでしょ?」
「……佐奈ちゃんが怒ったから」
「怒った?」
「同じ大学に行くって言ったら佐奈ちゃん怒ったじゃん!」
「え? どういうこと?」
「佐奈ちゃんの馬鹿!」
「ちょっと!?」
何が何だか分からないまま怒られて、華憐が私に制服の上着を丸めて投げつけた。目の前が一瞬真っ暗になる。頭に被った上着をどけると走り去っていく華憐の後ろ姿が見えた。屋上の入り口で華憐は一瞬私の方を振り返るともう一度「馬鹿!」と叫んでどこかへ行ってしまった。
「なんなんだ……」
一人取り残された私は華憐の上着を抱えたまま呟く。
華憐に怒った覚えはないけれど、でも思い当たる節はあった。華憐が私に進路を聞いてきたことがあって、一緒の大学に行くなんて言わないでね、と釘を刺した覚えはある。高校に一緒についてきた華憐は大学までも一緒についてきそうな気がした。
それがどうしてか、私は気に入らなくてそんなことを言った。
華憐はその一件で腹を立てているということらしい。そこから結婚に何故繋がるのかイマイチ分からないけれど。
「同じ大学かぁ……」
別に華憐の事が嫌いになったわけじゃない。でも、私と華憐が同じ大学に行くことを想像してみた時、上手く理由が説明できないけれど違和感があって。何故だか良くない事であるように思った。
とりあえず走り去ってしまった華憐を追いかけることにした。放っておくと大概ロクなことにはならない。昼休みで混み合う校舎内をアテもなく探し回っていると、廊下ですれ違う生徒達に華憐を見かけたと声をかけられる。
とにかく華憐は目立つ。見た目も勿論そうだし、あれだけ奇抜な行動を繰り返していれば嫌でも全校生徒の目に触れる。この学校で一番有名なのは間違いないし、いつの間にか私も華憐とセットで覚えられてしまった。他の生徒達ではとてもじゃないけれど手におえないので何かある度に私が呼び出されるからだ。
華憐を目撃したときいて校舎一階にまで降りてみたけれど華憐の姿はなかった。足取りを見失い途方に暮れて足を止めると廊下の壁に飾られたトロフィーや表彰状の数々が目に留まる。様々な大会やコンクールで成績を残した歴代の生徒達の名前が残されていて、そこには華憐の名前もあった。
助っ人で参加したソフトボール部をインターハイ出場まで導いたとか、何故か参加していた陸上大会で短距離走の県新記録を出しただとか、突然美術部に入部して絵画コンクールに入賞しただとか、改めて考えると常識離れした活躍で。
華憐に引き連れられて応援に行った時の光景をどれも鮮明に思い出せる。
「すごいなぁ……」
私は無意識の内に呟いてしまう。
いつだってそうだ、華憐は私の予想の上を行く。
誰にも出来ない発想とそれを本当に実行してしまう度胸と才能が華憐にはあって。私はそんな華憐にいつも巻き込まれてきた。けれど私はそれだけ、ただ巻き込まれてきただけ。私は華憐にはなれないし華憐みたいなことは出来ない。ただ近くで眺めていて、いつだって驚かされて。それは決して悪いことじゃなかった。
「華憐さんは見つかった?」
私に声をかけてきたのは茅野先生だった。私は首を横に振る。
「逃げられました。なんか、私と同じ大学に行けない事を怒ってまして」
「先生もそんなことあったなぁ。私も友達と進路の事で喧嘩になったことがあってね」
茅野先生がくすりと笑う。並ぶ賞状を指先で辿って、その中の一つを茅野先生は指差す。喧嘩した友達というのが、その賞状に名前の載っている生徒だと言う。
「先生もね、高校の時仲が良い友達がいて一緒の大学に行こうって話をしてたのよ。でも三年生の冬にね、その子が志望大学を変えてしまって口論になってしまったの」
「それでどうしたんですか」
「結局別の大学に行ったわ、喧嘩したままね。友情より進路を取るのか、なんて言ってしまったこともあるわ」
「友情か進路……」
「高校生の時って夢とか希望がたくさんあるでしょ? でも全部は叶わないし、思っているだけでも叶わないし、諦めるものもあるわよね」
茅野先生は言う。私達は理想と現実の間を埋める時が来たのだと。
将来の夢なんて眩しい言葉は、高校三年生になった私達にとっては現実味を帯びたものに変わっていて。今すぐ何かになれるわけじゃないけど、少しずつその方針みたいなのは決まっていって。
いつまでも高校生をやっていられるわけじゃない私達は抱いた夢とか希望を少しずつ現実的なものに落とし込んでいくところで。
やりたいことがあって、叶えたい理想があって、でも現実はいつもそれを許してくれるとは限らない。
「なりたいものがあって、欲しいものがあって、夢見てるものがあって。でもそれだけじゃ何も叶わないのよ。高校生ってね、その理想までの道を現実的な方法で組み立てる時期なんだって先生は思うわ。そしてそれが、みんな同じ形じゃないってことにも。先生が高校生の時に気が付けなかったことだけれど」
茅野先生の言葉に私は華憐の進路希望調査の紙のことを思い出していた。
夢だとか希望だとか、そういう理想みたいなものをきっと華憐も持っていて。それを現実的な言葉に落とし込んでいくのを華憐もきっとしている筈で。
その手の作業が苦手な華憐はきっと上手くいかなくて、そうして出てきた言葉が「佐奈ちゃんのお嫁さん」なのかもしれない。奇妙な告白の裏には華憐の悩みとか葛藤みたいなものが隠れている気がした。
「なんか華憐の気持ちが分かったかもしれません。華憐は私と同じ大学に行きたかったのかも」
「先生達もそうだったけれど、あの時は卒業して別れることが永遠の別れみたいに思えてたの」
華憐もそんな気持ちだったのかもしれない。私はそう思った。おそるおそる私は問いかける。
「その喧嘩別れした友達の人とはどうなったんですか」
「大学四年生の時に駅で偶然再会して、その場で仲直りしたわ」
「そんな簡単に?」
私の言葉に茅野先生が優しい笑みをつくる。
「だって友達ってそういうものでしょう?」
私は曖昧に頷いた。
たまたま通りすがったクラスメイトが華憐が屋上へ上がっていくのを見たと教えてくれる。私は茅野先生に一礼して屋上まで急いだ。
行ったり来たりと忙しいね、と先程擦れ違った生徒達に声をかけられ手を振られる。私は笑って手を振り返す。
いつだってそうだ。華憐はいつでも私なんかじゃ届かない場所にいて、付いていくだけで必死で。
でもそれが楽しかった。
華憐が私と同じ大学に行くことに反対した理由が今ならちゃんと言葉に出来る。
巻き込まれることが、華憐のことが、嫌いになったわけでも嫌になったわけでもない。ただ、私と同じ大学に行くなんて選択が華憐らしくないことだと私は思った。
華憐と同じ大学に行ったら楽しいかもしれない。私と同じ事をやりたいと華憐は言うかもしれない。
けれども、それよりもずっと凄いことを華憐はきっと思いつくし、やってのける筈で。私が示した道よりも、私の予想よりも、その遥か上をいく華憐を見ていたくて。私と華憐はきっと同じ道は選べない。でもだからこそ、それが何よりも華憐らしくて私が見たいものだった。
階段を駆け上がり屋上へ辿り着くと華憐の後ろ姿があって、その背中に私は息を切らしながら言う。
「華憐の事、別に怒ったわけじゃないよ」
「でも佐奈ちゃんと同じ大学行っちゃいけないんでしょ」
華憐は背を向けたまま私の言葉に答える。その声からは華憐の不服そうな顔が簡単に想像出来た。
「あのさ、華憐。私の行く大学なんて名前か知ってる? 何の勉強するのかもさ」
「知らない」
「でしょ? 私と同じ大学に行っても、それって華憐がやりたいことじゃないと思う。華憐が本当にやりたいこと、叶えたいこと。それって私と同じ筈がないよ」
華憐にとって私が行く大学なんてどこだってよくて、別の大学だろうと専門学校だろうと就職だろうと留学だろうと、多分華憐はどれだって良くて。私が仮に、月にでも行くと言ってもきっと華憐は付いてくる。華憐は「私と」同じ大学に行くこと自体が目的になっている。
「私は、華憐が本当にやりたいことをさ、好きなだけやってるのが見たいんだよ。だからその可能性を私が狭めたりしたくない」
私がそう語りかけると華憐はこちらを振り返る。その瞳一杯に涙を溜めて、必死な声で叫ぶ。
「でも、でも! あたし、ずっと佐奈ちゃんと一緒だったから! それが変わっちゃうのなんて嫌だよ、絶対ふたり一緒が良い!」
その言葉と共に華憐は、勢いよく私の胸へ飛び込んでくる。小柄で華奢な身体が私の腕の中に収まって、私のシャツを生暖かく湿らせる。顔を埋めたまま声を篭らせて華憐は言う。
「だから佐奈ちゃんのお嫁さんになればいいと思ったの」
「二人で一緒にいれる方法が結婚だった、てこと?」
「うん」
「……あのさ、華憐。大人になると一緒にいることって段々難しくなっていくんだと思う。卒業したらみんなと違う学校だって行くし、働き始めたらもっとそう。いつも同じ時間に同じ場所で集まる事なんてなくてさ」
私が話しだすと華憐はじっとこちらを見て、次の言葉を待っていた。
ずっと一緒にいられると無邪気に信じていたのは華憐だけじゃなく、きっと私も同じ筈で。だからこそ私は言葉を探す。
華憐とは小さい頃からずっと一緒で、いつでも華憐の行動に振り回されて、悪態をつきながらもなんだかんだで私はそれが楽しくて。
華憐と一緒にいることも、華憐が私の予想を超えていくことも、私はどちらも欲しいけれど。それは同時には手に入らないことみたいで。私は腕の中の華憐に向けて口を開く。
「何もしなくても一緒にいれた時間は終わってさ、一緒に居続ける為には色んな努力しないといけなくなるんだと思う」
「佐奈ちゃんは、あたしと一緒じゃなくても寂しくないの?」
「寂しいと思うけどさ、それって悪いことじゃないと思う。時間とか距離とか色んな事に邪魔されても、それでも一緒にいたいって努力するのって素敵なことじゃない?」
屋上でこうやって当たり前のように二人でいる事も、いつのまにか当たり前じゃなくなっていく。華憐が騒動を巻き起こして私はそれに振り回される、そんな騒がしい日常をいつまでも繰り返すことは出来ない。
高校の次は大学で、大学の次は仕事で、その次は……、なんて無理な話だ。理想と現実に折り合いをつける時が私達の前にも来たのだろう。
私はずっと持っていた華憐の上着をその肩に優しく返して、抱き着いてきている華憐からそっと身を離す。その肩に両手を置いて問いかける。
「華憐は、私と同じ大学に行けないと私のこと嫌いになるの?」
「ならない」
「華憐は、私と同じ夢を持ってないと私のこと嫌いになるの?」
「ならないよ」
「ならきっと、大丈夫だよ。私も華憐のことが嫌いになったりしない。だから、ずっと一緒にいる為にはどうすれば良いのか、ちゃんと考えなきゃ駄目な時が来たんだよ」
きっとこれから先、何度も同じような事が起きるのだと思う。二人で一緒にいる為に私も華憐も努力しないといけないことが沢山ある筈だと思う。
夢だとか希望だとか難しい言葉は必要なくて、私達は一緒にいたいだけで。
言葉にするだけなら簡単だけれど、私達はそれを現実に変えていかなくてはならない。難しいことかもしれない。華憐のやりたいことはいつでも常識離れしているから、私はいつか付いていけなくなるかもしれない。
それでも。
「華憐が本当にやりたいこと、私達が一緒にいる方法。どっちも探してみようよ。夢じゃなくて現実にする為に」
私の言葉に華憐は頷いた。
同じ大学に行かなかったからといって私と華憐の関係性が変わるわけじゃない。この先もずっと華憐には華憐がやりたいことをやってほしい。華憐には敵わないといつまでも思わせてほしい。
その為に私は華憐の背中を押す。
翌日。
私は茅野先生にまた呼び出された。職員室に向かうと、嬉しそうに笑顔でいる華憐と茅野先生が何か話をしていた。私を見て茅野先生が手招きをして、そして質問をしてきた。
「あの、華憐さんとどんな話をしたのかしら?」
「華憐がやりたいことを叶える為に、現実的な方法を考えてみて欲しいって言いました」
私がそう答えると、私の横で華憐が頷いて言う。
「昨日の夜寝ないでちゃんと考えたよ。あたしがやりたいこと。それを実現する為の方法も」
頭を抱えた先生に見せられた進路調査の紙には、「佐奈ちゃんのお嫁さん」という文字の上に赤い大きな字で「その為に総理大臣」と書かれてあった。
「女の子同士で結婚できるように法律を変えればいいんだって」
華憐は満面の笑みでそう言った。私はもう何がなんだか笑うほかなくて。
やっぱり華憐は、私の予想なんかのずっと上をいく。
「だってあたし、佐奈ちゃんとずっと一緒にいたいから!」
(完)
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