第3話「現婚約者・王太子」





「さあ、アリス!

俺の手を取れ!!」


カスパー様が立ち上がり、私の手を掴もうとした。


だが私に伸ばしたカスパー様の手は、護衛の騎士に押さえられ、後ろ手に締め上げられた。


何が「俺の手を取れ!」ですか、気持ち悪い。


勝手に私の手を掴もうとしておいて、呆れますわ。


「くそっ!

俺はラウ侯爵家の嫡男だぞ!

俺にこんなことをしてただで済むと思うな!」


「いや、その男の腕は取り押さえたままで構わない」


応接室の扉が開き、金髪碧眼の貴公子が現れた。


貴公子の後ろにはおじさんが二人、その後ろには近衛兵がいた。


あらいやだ私ったらのろけてしまいましたわ。


金髪碧眼の貴公子こと私の婚約者で王太子のレヴィン様の登場です。


レヴィン様の後ろにいたおじさん二人は、ノイマン侯爵家の当主であるお父様と、カスパー様の父親であるラウ侯爵でした。


レヴィン様とお父様は、額に青筋を立て、絶対零度の視線をカスパー様に送っていました。


ラウ侯爵は真っ青な顔でオロオロしています。


「レヴィン様、どうして当家に?」


「ノイマン侯爵家の使者が、ノイマン侯爵を呼びに来たとき、たまたま僕もノイマン侯爵の執務室にいたんだよ。

婚約者の危機だと知り、急いで馬車を飛ばしてやってきたんだ。

ラウ侯爵とは屋敷の入り口で会った。

それよりアリス、ラウ侯爵令息に変なことされなかったかい?」


レヴィン様が私を抱きしめる。


「大丈夫ですよ、レヴィン様。

メイドが二人、執事が二人、護衛が三人も同席しておりましたから」


私はレヴィン様の背に腕を回した。


私にはレヴィン様が貸してくださった影もついていますしね。


「婚約者とイチャイチャするのはいいが、パパのことも気にかけてほしいな」


私はレヴィン様から体を離した。


するとレヴィン様が私の肩に腕を回した。


「おかえりなさいお父様。

急にお呼び立てして申し訳ありません」


お父様お呼び出しして申し訳ありませんが、婚約者の次に扱ったぐらいで拗ねないでください。


「ノイマン侯爵令嬢、久しぶりだね……」


「ラウ侯爵、挨拶は結構です。

早々にラウ侯爵令息を引き取っていただけますか?」


ハンカチで冷や汗を拭うラウ侯爵に冷たい視線を送る。


「分かっています。

 帰るぞ!

 カスパー!」


ラウ侯爵がカスパー様の頬を殴る。


カスパー様の左頬が切れ、血が流れた。


ラウ侯爵はカスパー様の首根っこを掴み、カスパー様を連れて帰ろうとする。


「ちょっと待った。

 ラウ侯爵とラウ侯爵令息」


レヴィン様がラウ侯爵とカスパー様を呼び止めた。


「王太子殿下、なんでしょうか?」


ラウ侯爵は怯えた様子で返事をした。


「今、アリスにつけていた護衛に聞いたんだけど、ラウ侯爵令息はアリスと縒りを戻しに来たみたいだね。

明日王太子とアリスの婚約発表が行われることを知っていながら、ノイマン侯爵家を訪れ、アリスに復縁を迫ったそうだ。

僕とアリスの婚約は王家がゴリ押ししたとか、アリスは自分に気があるとも言っていたそうだよ。

アリスがラウ侯爵に謝れば自分がラウ侯爵家の当主になれる。

だから一緒にラウ侯爵に謝ってくれと、アリスに頼んだそうだね。

その上、王太子である僕を『馬鹿王太子』呼ばわりしたそうじゃないか。

ラウ侯爵、ラウ侯爵令息、これは王族への不敬罪だね」


ラウ侯爵が真っ青を通り越して真っ白な顔をしている。


「さらに、ザックス男爵令嬢がいじめの偽装をした件まで持ち出して、「中に入れないならこの件を言いふらす!」と言って、ノイマン侯爵家の屋敷の前で騒いでいたそうじゃないか。

これは由々ゆゆしきことだよ」


レヴィン様の目から氷の刃が出るんじゃないかというぐらい、レヴィン様がラウ侯爵とカスパー様を見る目は冷たかった。


「これはどういうことかなラウ侯爵?」


お父様が鬼の形相でラウ侯爵とカスパー様を睨む。


「ザックス男爵令嬢がアリスにいじめられたと虚偽の報告をした件は、貴公とザックス男爵が、地面に頭をこすりつけて『息子(娘)を許してください!』と言うから、示談にしてやったんだ。

婚約解消の件も、カスパーの浮気が原因だ。

当家としてはカスパーの有責で婚約破棄し、慰謝料を請求してもよかったんだ。

ラウ侯爵が泣いて頼むから、双方の同意による婚約解消にしてやったし、慰謝料も請求しなかった。

それなのにカスパーは私の留守中に我が家を訪れて、図々しくもアリスに復縁を迫ったというのかね?」


お父様に睨まれ、ラウ侯爵は倒れそうだ。


ラウ侯爵の口から魂が抜けかけている気がする。


「申し訳ありません。

息子にはよく言って聞かせます。

その上でザックス男爵家に婿入りを……」


「そもそもその罰が!罪の重さに対して軽すぎるんだよね」


レヴィン様が不機嫌な顔で言う。


「ラウ侯爵令息はご自分がザックス男爵家の婿養子に入ることを、私に説明されるまで知らなかったわ。

ラウ侯爵、きちんとご子息にご自身が犯した罪と、罰について説明されましたか?」


「それはその……今から、説明しようと」


私が問い詰めると、ラウ侯爵はカスパー様に何も説明していないことを白状した。


「息子に説明はしない。

男爵令嬢との結婚まで、監視を付けて屋敷に幽閉させておくことも出来ない。

とてもこんな輩に、大罪人の処罰は任せられないな」


レヴィン様がラウ侯爵を睨む。


レヴィン様はかなり怒っているようです。


「僕とアリスの婚約は正式に王家とノイマン侯爵家で交わされている。

ラウ侯爵令息は王太子の婚約者に横恋慕し、自分の妻になるように迫ったんだ。

僕がアリスにつけた護衛の他に王家の影もその現場を目撃している。

言い逃れは出来ないよ。

ラウ侯爵令息は厳罰に処される覚悟は出来ているよね?」


レヴィン様が凄むと、ラウ侯爵は顔を真っ白にしブルブルと震えだした。




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