遡りから始める現代戦国物語、モブ的存在が過去に戻ってヒロインたちと成り上がるまで

三流木青二斎無一門

死ぬ




本日を以て命日を迎える。殉死者は述べ三十名。死因は惨殺。加害者は一人の少女。


「来たぞ」「老神おいがみだ」「構えろ」


ビルとビルの間、闇夜が周囲を包み込み、照らされる満月の光が少女の背から差し込む。

濃い臙脂色の学生服、肩元まで伸びたチョコレート色の髪が揺れて、隻眼の少女が此方を睨む。


「はッ…ぁ…」


息を整えて俺は武器を構える。

術儀を持たぬ弱者として鍛練を強制された俺が扱えるのは微量な霊力を宿す俱霊刀のみ。

黒外套に黒髑髏の仮面を装着する俺達は時価十万で買われた安物の傭兵。

戸籍の無い人間を買収し、それを売却する人身商人から雇い主に買われた存在。

俺達安物の傭兵の役割はただ一つ。


「…」


目の前に立つ少女の足止めをする事のみ。

その結果がどうなろうがどうでもいい、最低でも十分程稼げれば良いとまで言われている。

だが此処に立つ殆どの人間は理解している。

十分はおろか五分すら足止め出来ず、その結果は全滅であると。

それ程までに、俺達が戦うべき存在、少女は強い。


「…うっざ」


少女はか細く声を漏らした。

殺意を言葉にしたかの様に、棘のある口調で此方を睨む。

残光が見えた、月光に照らされた刃が目を霞め、即座に俺の傍に居た人間が三枚に卸される。

血飛沫が仮面の隙間に向けて飛び散る、生暖かくて粘着のある感触が肌にこびりついて気色が悪い。

『呪血皇』の異名を持つ『武芸者もののふ』、霊脈争奪戦に置いて異名を持つ人間の実力は計り知れない。


「(殺される、このままッ)」


俺は地面を蹴って後方に飛び態勢を整える。

呪血皇から離れる事で視界が広がる。

既に一瞬で、十名の傭兵が斬殺されていた。

眼帯の少女の両手から血が流れている、血液が凝結し、二振りの処刑鎌として展開されている。

生き残った二十名は多少の腕を持つ者や傭兵として長年飼われた玄人だ。

俺は訓練は積んで来たが、実戦経験はない。これが緒戦であり、終戦にもなろうとしている。


「(死んで堪るかッ)」


恐怖を打ち消す様に鼓舞を繰り返して息を吐く。

闇雲に飛び刃を交える事は得策ではない、剣術も経験も能力も確実にあちらの方が上手だ。


「(焦るな…どんな相手でも隙は生まれる、その一瞬の隙を突けば…)」


思考を過らせる、この時に、既に七名程が首を切断された。

まだ二分も経過していない事実、時間が経過すれば全滅となる。

急がなければ、彼女が振るう刃を喰らい、地面に転がる死体の山の一部になってしまう。


「(くそッ…震えて来やがった)」


手が震える。

刀を持つ掌が強く握っているのか握力が無くなっているのか分からない。


「(やれ、やるんだ…此処で、俺はッ!!)」


唾を飲み込む、前を向いて牙を剥く。

戦う為に筋肉を凝縮して、俺の体に刃が通った。

左腕が吹き飛んだ。視界を一瞬腕に向ける。


彼女が凝固した血液を此方に飛ばして来たのだ。

ギロチンの様な刃が俺の左腕を二の腕から切り離した。


「が、ああああッ!!」


激痛を伴う。

訓練で殴られた時よりも、三日間飯を抜かれた時よりも、何倍も痛くて思わず失神した。





十家大戦。

大地に眠る霊脈の所持権限を巡る武芸者千年の悲願。

嘗て百を栄えた武芸者の戦乱も、現在では十の家系へと沈着した。

多大な霊脈を宿す零泉の地。此処に住まう人間は外部の人間を欺く為に用意された傀儡でしかない。

俺はこの大戦で中立に属する『人身商人』の元で誕生した。

『人身商人』は人間を売買する組織であり、下位、中位、上位、特位の四つのクラスに別れて売買されていた。

その中でも俺は下位に属する人間。十万程度で売られる雑魚要員でしかない。


幼少の頃に俺は戦力として買われた。武術の心得を持てば中位として扱われるが、俺には才能も術式も持たぬ無能者だから1ダース単位で雑に買われたのだ。

戦力として育てる為に訓練を培い、腐り掛けた飯を喰らい、時には武芸者の暇潰しとして虐待を受けた。

それでも勝手に死ぬ事は出来ない、契約に従い自死を行う事が出来ず、精神を殺して鍛え続けた。


クズとして扱われる、そんな俺でも、夢はあった。

何時か、自由になる。と言う夢。

こんな人として扱われない生活を脱却したい。そう願う様になった。


特に優秀な駒は、稀に家系に加わる事が出来るらしい。

特別な才能も術式も持たない俺には実績が必要だ。


この緒戦で討ち取る事が出来れば、きっと…。

俺の夢に一歩近づくだろう…そして。




そして、次に目を覚ました時、約二十五秒程。

俺が目を開くと、全てが終わっていた。

呪血皇が、未だ息のある人間を一人一人丁寧に殺して回っている。

そして俺の番がやって来た。

血液で作られた刀が、俺の心臓を射抜こうとしている。


「い、嫌だ…」


死にたくない。終わりたくない。俺はまだ人生を謳歌していない。

こんな所で幕を下ろすなんて、嫌だ。

俺の懇願が届いたのか、胸元を差した刃が上がる。

一瞬、俺だけは命を救われたのかと希望を抱いた。


「どうでもいいけど…さっさと死ね」


だが、それは単に軌道を変えたに過ぎない。

首に刃物が突き刺さる、鋭い痛みが発生して悶える。

今度こそ、これで終わりだった。


流れ出る血液が食道を抑えて呼吸を不可能にする。

俺は自らの血液に溺れながら息絶えた。



―――……次に目を覚ました時、俺は天井を眺めていた。

目の前に広がる光景は、懐かしい少年時代で過ごした我が家の天井だった。


「あ…え?」


これは一体どういう事だろうか、俺は確か呪血皇による戦闘で死亡した筈だ。だとすれば此処は死後の世界なのだろうか?


「何をしているの?」


声が聞こえて来ると、部屋から入って来るのは一人の女性だった。

何処にでもいる様な平凡な主婦、その姿を見て此処は死後の世界ではないと悟る。


「か、母さん…」


エプロンを装着して掃除をしている母親が居る。

俺の母親はまだ死んでいない、なのに死後の世界に存在する事は可笑しい。

同時に俺は自らの視線が低く、声も幼くなっている事に気が付く。

母親を押し退けて洗面所へ向かうと、自らの姿が写る鏡を確認した。


「…嘘だろ?」


俺の姿は幼くなっていた。

それは十年くらい前であり、人身商人から俺の身柄を購入する以前の姿である。


「(この世界には、超常現象を偶発的に発生する術儀と言う概念がある…)」


燃料も無い場所から火を発生させて見せたり、遠くに立つ人間に念じるだけで負傷させる事も出来る。

その概念を理解しているからこそ、俺は即座に自分が一体どの様な状況になっているのか理解出来たのだ。


「時間が戻ってる…」


時間遡行が起きていた。

俺の死後、何らかの武芸者が術式を発動して時間を巻き戻したのだろうか。

しかしそうなると、何故俺には時間が戻る前の記憶が残っているのか不思議でならない。

能力を発動した際に、その対象外となるのは、能力所有者が指定した人間か、能力所有者自身だ。

もしも前者ならば、俺を時間遡行の対象に取る意味がない。

能力も才能も無い俺を生存させるメリットなど無いし価値すらないのだから。

ならば後者…この時間遡行の原因は俺である可能性がある。


「土壇場で能力者になってたのか…」


武芸者として肉体を改造された俺だが適正が無い為に多少力が強いだけの人間でしかない。

だが稀に命の危機に瀕すると思い掛けない力を発動する事がある、火事場の馬鹿力と言う奴だ。

それが発動して、俺の死後、性格には死ぬ寸前に能力が発動されて時間遡行をしたのだろうか。


「何、自分の顔を見詰めているの?めぐる


長考していた矢先に母親が俺の名前を口にした。

懐かしい響きだ。そうだ、俺は人身商人に買われる前はそんな名前をしていたのだ。

廻戸はさまどめぐる。それが俺の本名、名無しなんかじゃない。


「なんでも無いよ、かあさん」


そう言った。

母さん、母さんなんて言葉、長年発して無かったから、イントネーションがおかしくなっていた。

母さんは首を傾げながら時計を見る。


「もう時間じゃない。ほらパン」


俺にランドセルと焼いたパンを口に咥えさせて外に出された。

黒いランドセルを持たされた俺は、これで何をしろと言うのか母さんを見詰める。


「学校、さっさとしないと遅れるわよ」


「がっこう?」


そうか、今の俺は小学生で小学校に通っているのか。

確か、何処の小学校だったか…この零泉市には多くの小学校があり、一つの都市で二十の小学校が建設されている。


しかし、小学校に比べて中学と高校は少ない。

その謎は簡単だ。


この零泉市は、十の家系による抗争があり、それは政府も認可している事だ。

争いが表沙汰にならない様にすべての行政機関が存在を隠匿している。


この街に住む住人の全ては、十の家系を支える為に用意されたのだ。

街に在籍する子供は、ある一定の期間まで育つと、武芸者としての能力を査定される。

そして下位・中位・上位・特位と分けられて人身商人の元で躾をされる。

適正年齢になると十家の何れかに売却され、駒として扱われるのだ。


それがこの街の仕組みで、この街に住む大人は皆それを承知している。

…いや、承知しているワケではないか。住民は催眠を受けているのか、十家の存在を理解せず、利用されている事にも気づかない。


…其処まで思い出して、俺は絶句した。

人身商人が子供を攫いに来るまで、後十日程しかない。

次の身体測定の日から一週間後に選別が始まり、そして俺は下位として自由を奪われるのだ。

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