7 学祭 まさかの おニャン子?

 2学期が始まった。

 9月の頭には学校祭がある。その準備で毎日が賑やかだった。

 我が校の学校祭は全クラスそれぞれが行灯を作ることになっていた。学校祭当日にそれを担いで夜の市内を練り歩く。この街の夏の風物詩、名物行事だった。学祭はその他に全クラスが様々催し物をするわけなのだが、3年生は劇をやることになっていた。

 夏休み前に我がクラスでは、行灯作りをするに参加するか演劇をするのか希望を取り2グループに分かれた。どういうわけで誰が言い出したのか忘れてしまったが俺たち4人(大佐、巻、小坂、そして俺)は演劇をやろうということになった。演劇を希望したのは俺たちの他にはクラスの女子のほとんどと前田という気取った野郎だった。

「なんだ、このメンツ?」

「女子ばっかだな」

「だな〜」

「なんか楽しそうじゃん!」

「で、なんで前田がいんだ?」

 大佐と巻は前田が嫌いだった。まあ、俺も好きなタイプではないし、クラスでも割に嫌われ者だ。そもそも、前田の気取った立ち振る舞いやキザな物言いが気に入らない。それに、どうやら前田はお嬢様が好きらしく、なんだかんだとちょっかいを出していた。大佐はそれが大いに気に入らず、柔道の授業ではわざと前田と対戦し寝技で奴を落としたことがある。体育の教師にめちゃくちゃ怒られてたが。

「なんだか、脚本と演出をしたいんだってさ」「ふ〜ん」


 演劇希望者が、何をやるのかを話し合うために集まった。前田と渡部さんが作品の案を出していた。どちらにするのかを決めねばならない。二人は冊子を人数分用意していた。俺たちはざっと目を通し、どちらにするか決めなければならない。

「おい、すごくねえ、これ」俺は巻と小坂に呟いた。「・・・・ああ」

 渡部さんのものは大雑把なあらすじが書かれているのもだった。しかし、驚いたのは前田が用意していたものの方だった。それはすでに、しっかり一冊の脚本になっていたのだ。表紙から裏表紙まで。表紙には『國語元年 作・井上ひさし 脚本演出・西洲斎写楽 』と書かれていた。ページをめくるとまず最初に配役が書かれていた。すでにもう決まっている。そしてセリフが延々と続く。なんて気合いの入りようだ。

「でもよう、内容だよな、問題は」みんなは早速目を通した。


「みんな読んだ?」場を仕切っている高品さんが言った。

「じゃあ、恨みっこなしの多数決ね。渡部さんのがいい人?」

 誰も手をあげなかった。場が固まった。やばくない?当然だけどこれってまずくない?

「前田くんのいい人?」手をあげさせるまでもないでしょ。

 俺と、渡部さん以外が手をあげた。当然だろうけどさあ・・・・。

「・・・・じゃあ、決まりかな。いい?」誰も何も言わない。

 渡部さんはクラスをまとめるリーダー格の女子で、性格も非常によく皆に好かれていた。それに反して前田は嫌われ者。しかし、そうはいっても結果は結果だ。でも、非常に気まずい雰囲気が漂っていた。

 仕方ない、俺の出番だな。

「はい」俺は手をあげた。

「何、高和くん?」「う〜ん。どっちもイマイチだな」「はあ?」

「どういうこと?」「そうだよ、今更、どっちもイマイチって。何がだよ?」「渡部さんのは主人公が女子でしょ。で、前田の方はさあ、すでに主人公が渡部さんになってるじゃん」「それがどうしたよ?」巻が言った。

「そこなんだよ、二つともイマイチなのは」「意味わかんないぞ、高和」

「それがどうしたって言うの、高和くん?」

「あのさ、普通、主人公は俺だべさ」「はあ?」

「俺を主人公にしないで1位取れる?」「ぷっ、何それ?」

「ははは・・・・、お前バカか?」メチャクチャ笑ってやがる。

「なんだよみんな、俺じゃダメかよ?」「お前じゃなくてもいいよ」

「何よ、小坂!」「はいはい、じゃあ、前田くんの作品でいいわね?」

 高品さんがそう言った。早速、その日から台本読みにはいった。

 そして、夏休み中も何度か集まって稽古をやった。配役は前田が指定した通りで、それ以外の人は大道具小道具音楽と別れた。実にみんな楽しくやっていた。

 2学期が始まると、授業は午前中だけで午後は学校祭の準備となった。それだけでは稽古は足りなく、前田の親が所有する倉庫で放課後、稽古をした。彼の実家はよくわからんが自営業で非常に金持ちのようだった。そもそも、我が校はなぜか金持ちが多かった。

 稽古は熱が入りお互い厳しいことを言い合ったが、それは実に楽しいものだった。


「涼くん、演劇だって?」廊下で京子ちゃんにあ会った時だった。

「うん。京子ちゃんは?」「私もよ」「へえ、もしかして主人公?」

「そんなわけないじゃん。私は裏方よ」「えっ、裏方?」

「そうよ」「マジで?てっきり出るのかと」

「私には無理よ、演劇なんて。涼くんは?」

「もちろん出るさ。俺が出なきゃ始まらんべ」「何それ。まさか主人公?」

「そこなんだよ。みんな俺を見る目がないんだ」「・・・・」

「まあ、楽しみにしてよ。1位間違いなし」

「そう?うちのクラスのも負けないと思う」「いやいや、無理だよ悪いけど」

「じゃあ、賭けない?どちらが勝つか」「いいよ。チョコレートパフェね」


 学祭は三日間に渡って行われた。1、2年生の各クラスの展示や各部の催し物は三日間、割り当てられた教室で行われていた。メインの会場の体育館では1日目、吹奏楽部、合唱部、演劇部などの舞台発表、2日目が軽音楽部をはじめとするバンドのライブ、3日目が大いに盛り上がる全クラス対抗の歌合戦だった。そして、3年の演劇は2日目の講堂で行われた。

 学祭のメインイベントである市内を練り歩く行灯行列は初日の夜に敢行される。だから、学祭初日の日中は実に静かだ。各クラスは夜の行灯行列の準備に余念がなかいからだ。ほとんどのクラスはギリギリまで行灯の作成に追われていた。

 俺たち4人は演劇なので行灯には口を出さず日中は合唱部の小木さんやお嬢様の歌声を聴きに行ったり、大佐が所属する山岳部の部室でだらだらしていた。午後から演劇の最終打ち合わせがあったので教室に集まった。

 外はすっかり暗くなった。18時だ。行灯行列出発。

 俺たちは3年3組なので23番目の出発。校門を出て、幹線道路に突き当たり右へ曲がった。完全に片側車線は通行止め。途中途中に警官が交通整理をしている。

 我がクラスの行灯は熊だった。クマが鮭をくわえている。アイヌの木彫りかよ。なぜこれなんだろうと思うが、なかなかの出来栄えだった。大きさは長さ5m、幅2m、高さ2m。これを交代交代で担ぎ、市内を練り歩くのだ。自然、掛け声が上がる。そんなんが30基続く。なかなかの見ものだ。

 20分ほど歩くと左折し、鶴ヶ岱公園へ向かう。公園を超え大きな交差点に差し掛かりそこを左折。今度は市内の中心へ向かう幹線道路を行進する。釧路川に差し掛かった。久寿里橋を越えるといよいよ市街地だ。

 道路の左右には行灯を見ている人たちがたくさんいた。二つ目の交差点で国道44号線と交わりそこを左折するとすぐに栄町公園が見える。そこを越えるとすぐにこの街のメインストリートの北大通だ。この通りが人が多く一番盛り上がる。担ぎ手のボルテージも一気に上がる。

「おい、仕掛け仕掛け」行灯のリーダー格の田中が叫んだ。

「仕掛け?」

 行灯の電灯が消えた。暗い時間を練り歩くので、行灯の中にはいくつかの電灯が仕込まれている。その電灯が一気に消えた。そしてすぐに電灯がついた。また消えた。ついた。消えた。ついた消えた・・・・。その繰り返し。

「仕掛けってそれかよ・・・・。中で誰かがスイッチつけたり消したちしてんだろ。クマの口から火でも出てくると思った」

「んなわけねえだろう。でも意外に受けてるよ」

 立ち止まって行灯見物をしている人たちから歓声が上がっていた。

 幣前橋を渡るときつい坂道だった。ここは一気に行きたいとことだがなんせ前には22基の行灯が詰まっている。牛歩のようにゆっくりとしか進まない。

「坂を登りきったらあと10分。頑張ろうぜ!」「おお!」

 リーダーが叫ぶとみんなが応えた。

「仕掛け仕掛け!」巻が叫んだ。

「おう!」俺は中に入ってスイッチのオンオフを繰り返した。

「今、仕掛けいらんだろ」「うん。ここ坂だから誰もう見てる人いないぞ」

「うるさい、気持ちの問題だ!」


 校門に入り校舎を抜け、校庭に向かった。

 校庭には行灯が数箇所に集められていた。我がクラスの行灯も実行委員の一人に導かれた場所へ向かった。

 このあと、この行灯を燃やす。一か所に5基、6か所に分かれ行灯を燃やすのである。2ヶ月ほどかけ作った行灯たちは一瞬にして灰にされるのだ。一気に5基を燃やすとなるとかなり盛大な炎が立ち上がる。それにして行政機関がそれを許したもんだ。まあ、市内トップの進学校だからなのだろう。これが他の学校なら許されないはずだ。

 行灯に火がつけられ炎が立ち上がってきた。次第に炎が大きくなり始め、至る所で歓声や奇声が上がり大きな拍手が湧き上がった。

 校庭のボルテージが一気に高まった時、校庭の水銀灯が消された。拍手や歓声がさらにたかまった。スピーカーから曲が流れ出した。マイムマイムだった。行灯を燃やしそれを囲みマイムマイムを踊るのが恒例であった。これがまた非常に盛り上がるのであった。いったい何回繰り返すのだろうかというくらいマイムマイムは流し続けられる。

「そろそろ行くか?」俺は小坂に言った。

「OK」俺たちは自分たちの輪を抜け出し、他の輪へ向かった。

 これは俺と小坂との恒例行事で、他のクラスや他学年の女子のグループに向かいゲリラ的にその輪に加わり一緒に踊るのであった。これが意外にウエルカムされるのであった。


「あっ、京子ちゃんだ」俺は京子ちゃんの横に無理やり入った。

「ここも、盛り上がってるね」「あら涼くん」「じゃあね」

 俺はすぐにそこから離れた。笹山さんのとこ行こう。俺は6組の輪を探した。


 20時には炎はほぼ消され、解散となった。

「じゃあ、行きますか」巻が言った。

「そだな」「どこに?」小坂が怪訝な顔をしている。

「いいところ。ついてこいよ」俺たち四人は出世坂を下り、幣前橋を渡り、丸三鶴屋の手前を右折した。しばらく歩き小さな小路に入った。ここの小路にバイトをしているときによく来た鶴ラーメンがあった。前に巻とここへ来たときに、その3件横になかなか良さげな小さな居酒屋を見つけたのだ。二人していつかここに来ようぜと言っていたのを、今宵実現させたのだ。店の前で小坂が立ち止まった。

「おい、大丈夫かよ」「高校生の分際で、とはいうなかれ。事前に大佐がリサーチに来ているらしい。気のいい大将が歓迎してくれたってよ」

「うん。大丈夫だ」なんとも頼もしい。

「じゃあ、入ろうぜ」巻が暖簾をくぐりドアを開けた。

 中はカウンターだけで小さい。席は8つ。

「いらっしゃい」温厚そうな40代くらいの大将が笑顔で俺たちを迎えてくれた。

「な、大丈夫だろ」大佐が小声で小坂に言った。「う、うん」

「ビール二本ください」席に座るなり大佐は大将に注文した。手慣れたもんだ。

 肴はお品書きとにらめっこをして、安くて腹の足しそうなものをいくつか注文した。


「いや〜、いい店だったね。また来なきゃな」小坂は満足げに言い放った。

「おい、おい。入る前にあんだけビビってたのはどこのどいつだよ」「だよな」「そう?大佐じゃないの?」

「じゃあ、次はスナックにでも行くか」大佐が呟いた。「ごめんなさい」

 北大通りと44号線の交差点で3人と別れた。

 部屋の電灯をつけタバコに火をつけた。体が少し火照っていた。吸い終わると風呂場へ行きゆっくりと湯に浸かった。目を閉じると、なぜかわからないが、巻の「仕掛け仕掛け!」と行っている姿と、マイムマイムを一瞬一緒に踊った京子ちゃんの笑顔、そしてはにかみながらもゲリラマイムマイムの餌食になった笹山さんの姿が浮かんだ。

「は〜・・・・・・・なんなんだべか」


 二日目、演劇の本番。我がクラスは15時だった。

 最後の打ち合わせは昼食後の13時ということなので午前中はフリー。しかし俺はバンドのステージが午前中にあった。俺は2年の時にバンドでドラムを叩くことを頼まれ、大したやる気もなかったが未だに続けていた。バンドなんかの発表は体育館で行われていた。

 俺は中2の頃からドラムを叩いていた。しかし、ドラムは持っていない。借家じゃ無理だった。だからその頃、ドラムセットを持っていたダチの家に毎日叩きに行っていた。我流ではあったがそこそこ叩けるようになった。中3になりその頃の仲間と袂を絶ってから、叩いてはいなかった。しかし、どこで聞いてきたのか、俺がドラムを叩けるのを知った他のクラスの連中が俺を誘った。ギターもベースもボーカルも知らないやつだったが、入った。2年近くぶりではあったが、そこそこ叩けた。細かいテクニカルなことは置いといて、俺は思いっきり叩いた。でも、俺は淡々と叩くスタイルが格好いいと思っていたので、音量とそのプレイスタイルのギャップが俺なりに気に入っていた。それがなかなか評判だった。

「さて。今日も負けないよ、君たちには」俺はバチを三人に向けた。ベースが俺に中指を立てた。

 ちょっと走りすぎたが、それがかえって良かったのか盛り上がった。

「さて、次は演劇だ」

 舞台を降りて体育館の出口に向かうと、京子ちゃんと笹山さんがいた。

「涼くん、良かったよ。ね、理央」「うん。良かった」

「本当〜?ありがとう。今日は二人のために叩いたんだ」「ぷっ、嘘ばっかり」「そんなことないよ。そうだ、次は演劇だ。6組にも9組にも負けないよ〜」

 俺は二人に親指を立てながら、最終打ち合わせをする3組の教室へ向かった。

「決まったぜ!今の」

 俺は二人を見続け後ろ向きで歩いた。そして程よい頃合いだと思い、前へ向くと先を歩いていたメンバーとぶつかり二人して転んだ。

「痛えな、高和!」「・・・・・・ごめん」

 京子ちゃんと笹山さん、大爆笑。格好悪い〜。


 教室で芝居の最終チェックをした。ここにきて今更、特に何もないのですぐに終わった。「じゃあ、開始15分前に舞台裏集合ね」

 時間は1時間ほどあった。俺たち四人は自然と山岳部の部室へ向かった。

「そういやさ、下馬評では9組らしいよ」

どこで仕入れた情報なのか小坂は訳知り顔だった。

「はあ、俺らだべ、1番」巻が噛み付いた。

「だな。俺らだ」「まあ、3組も悪くはないとの評判だけどね」またも小坂、訳知り顔。

「誰だよ、お前は!」「お前も3組だろうが!」小坂は巻と大佐に小突かれた。「絶対、1番取って再演だ」

「まだまだ時間あるけど、講堂行ってみる?」「他のクラスの見んのかよ」

「まあ、参考にどうだろう」「俺らには必要ないけど、行ってみるか」

「その前によ、景気つけない?」そう言って巻はカバンから怪しい瓶を取り出した。

「それって、ラベル剥がしてるけど、日本酒じゃねえの?」

 大佐がすかさず見抜いた。確かに、ラベルはないがその茶色い瓶は日本酒の4合瓶だ。

「中身は違う。気持ちだけよ」「本当かよ?」俺は匂いを嗅いでみた。

「ぐっ、なにこのアルコール臭、強烈だなあ」

「どれ」そう言って大佐は俺の手から瓶をとった。大佐は瓶の口に鼻を近づけた。

「うん」そして口をつけた。

「なんだこれ?ウイスキーだな」「つうか、飲むんかい!」

 小坂のツッコミにもならないツッコミを無視して、大佐は俺に瓶を渡し飲む仕草をした。

「まじ?」俺はウイスキーはそんなに得意ではなかった。大佐は俺に向かって二回顎をしゃくった。

「わ〜ったよ。飲むよ・・・。ゲホッ、きついなあ〜。まあ、でも飲めなくはないかも」

「で、巻、これ何なんだ?普通のウイスキーじゃないべ?」

「まあな。親父の酒、いろいろ少しずつ混ぜたんだ。少しずつってのがミソよ」「おじさんにバレないためだね」「そうとも言う」「道理で普通じゃないぜ」「まあ、景気付けの一口にはいいかもな」

「本当、一口だけにしなよ。酔っ払っちゃ芝居にならんもんね」


 まもなく開演。高品さんと前田が一人一人を捕まえて声をかけていた。

「頑張ってね」「大丈夫!」

「おい、気合い張ってんなあ、あの二人」

「うん、あれって逆にプレッシャーじゃない」

「だよな。今まであの二人のおかげでやってこれたけどよ、最後にプレッシャーかけんなってよ」

「まあ、俺はあの二人無視する」

 俺は二人の声をスルーして幕の降りた舞台についた。巻と小坂は案の定、つかまっていた。

 景気付けのおかげか全然緊張しない。でもなんだか空気が張り詰めていた。みんな緊張している。

「あ〜、緊張してきたな〜 ねえ、竹原さん、僕怖いよ〜」

「うそ〜高和くん、いつもと変わんないでしょ。全然緊張してるように見えない」すかさず横にいた竹原さん突っ込んだ。

「そんなことないよ。めちゃくちゃ心臓バクバク。私のハートはドキドキよ!」

 みんなが笑った。一瞬で空気は和らいだかな?

「馬鹿かお前は」「えへっ」俺はかわい子ぶって舌を出した。


 幕が上がった。げっ、人いっぱい。なんだか急に緊張してきた。でも周りはすっかりリラックスしてるぜ。ん〜、俺って・・・・

 順調だった。みんな、いつも通りでセリフを忘れたりミスをすることもなかった。それどころかアドリブなんかもしちゃって。すごいぞ、この人たち。

 俺と巻と大佐が酒を飲むシーンに差し掛かった。お嬢様がお銚子からまず俺に酒を注いだ。俺は台本通り飲み干した。

 ん?まさか。巻がニヤニヤしている。マジかよ。続いて大佐が注がれた。一気に飲み干す。大佐の眉間にシワがよった。そして「もう一杯」と言った。

 いや、それ台本にないぞ。お嬢様は一瞬躊躇したが、すぐに大佐のお猪口に注いだ。するとすかさず巻が懐から大きな湯呑みを出し「オラはこれでな」とお嬢様に差し出した。おい、それも台本にはないだろうよ!お嬢様はもう迷うことなくその湯呑みに注いだ。巻はそれを一気に飲み干した。全くこいつらは・・・・。その後の二人のアドリブっぷりは凄まじかった。でも、なんとか無事に劇は終わった。大きなミスもなく大成功と言えるだろう。大きな拍手が講堂に響いた。

 幕が下りると巻が雄叫びをあげた。小坂もそれに続き、前田も叫んだ。女子のみんなは抱き合った。泣いている子もいる。

「なあ、高和」「何、大佐?」「あの酒うまかったな」

「うん。でも、飲み過ぎは良くないぜ。アドリブしすぎ」

「悪い悪い。で、なんか今宵も飲まない?そんな気分になった」

「いいねえ。俺の部屋でいいか」「了解。酒は俺持っていく」

「じゃあ、つまみは適当に用意するよ」


 衣装を着替え、落ち着いた。

「なあ、これから9組の劇やるみたいだけど見に行かねえ?」

「他にやることもないから行ってみるか」「下馬評一位のお手並み拝見ってか」


 確かにいい劇だった。

「やるな、9組」「確かに下馬評一位だけあるね」巻と小坂が言った。

「主人公の子、いい演技してたね」

 それは俺の本心だった。悔しいが、あの子の演技はうちのクラスの誰よりもうまかった。

「でもさ、他はどうだった?」「イマイチだな」

「トータルでいったら、俺ら、負けてねえな」

「うん。これは俺たちの再演間違いないな」「だな」「明日が楽しみだ」

 演劇の審査は明日の紅白歌合戦の合間に発表され、歌合戦終了後に一位が再演を行う。9組の演劇が終わり、講堂の灯りがつけられた。舞台の袖から9組の連中が出てきた。その中に京子ちゃんを見つけた。俺は椅子から立ち上がり彼女に近づいた。

「京子ちゃん」「涼くん。見てくれたの?」「うん。よかったよ」

「ありがとう」「でもまあ、俺たちの敵じゃないな」

「そうかしら。3組の劇も良かったけど。いい勝負じゃないかな」

「主人公の子がよかったね。後さあ、クライマックスあの演出、正直ビックリだ。もしかしてあれ、京子ちゃん?」

「ふふふ・・・・・・・」「なんだ?その不敵な微笑みは」


 部屋のドアがノックされたのは19時を過ぎたあたりだった。

「来たか。どうぞ」大佐がいつもの格好で入ってきた。

「よっこいしょ」いつもの背嚢を床に置いた。

「何?随分重そうだね」大佐は床に座りタバコをくわえ火をつけた。

「ふ〜、酒だよ」「はあ?どんだけ持ってきたの?」

 タバコをくわえながら背嚢の口を開けて、一升瓶を取り出した。そしてさらにビールの500缶を8本も出した。

「・・・・そりゃ重いね。そうだ、小坂も来るってさ。つまみは彼に任せたよ」「そう」そういっておもむろにビールを開けた。

「おいおい、早いね。ちょっと待って」

 俺もあわててビールを取り、プルを開けた。

「じゃあ、乾杯」「乾杯。明日は再演だ」

 

 小坂がやってきた。ケンタッキーのフライドチキンを持ってきた。

「おいおい、酒のつまみにフライドチキンかあ」

「いいんじゃない。意外に日本酒に合うかもよ」

「なんだかんだ言って、大佐は骨まで食べるんでしょ」

  気持ち悪くなった。大佐に勧められ調子こいて飲んでいるうちに。小坂はとうに潰れていた。

「じゃあ、俺帰るね。明日は気合い入れて再演だ」

 大佐は上機嫌で俺の部屋から出て行った。

「ぬ〜、お気をつけて。自転車のライトつけないと職質されるぞ」

「小坂」俺は小坂の体を揺らした。

「何?」「大佐帰ったぞ」「本当?でも、俺は・・・・・・」

「じゃあ、泊まっていけ」「・・・・・ありがとう」

 

 ドアがノックされて目が覚めた。

「まだ寝てんのか。起きろ朝だ」「た、大佐?早いね」

「何言ってんのよ。もう9時だべ。再演の準備しなきゃな」

「あれは夕方だろ。全く気が早い。おい、小坂、起きろ、朝だ」

「・・・・頭痛い」小坂は見事な二日酔いだった。

 俺たちは仕方なく起き出し、1階の浴室で手早くシャワーを浴び、向かいの近藤さんで菓子パンと牛乳を買って手早く食べた。その間、大佐はひたすらタバコを吸っていた。考えてみたら、大佐、先に行けばいいじゃん。俺はそう言った。「そうだったな。別にお前ら待つ義理はないよな」

 そう言い捨てて、部屋を出て行った。

「なんか急いで損したな」「全くだ」

 お互い顔を見合わせタバコの煙を吐き出した。

 その後も結局二人でウダウダしていた。

「そうだ、まゆみさんに会いに行こうよ。コーヒー飲みに行こうぜ」

「いいね、小坂くん。ナイスアイデア」

 まゆみさんの胸元を二人してチラチラと盗み見しながらコーヒーをチビチビと飲んだ。

「そろそろ行こか、紅白始まる」「別にいいんじゃない。今年のうちのクラスは友吉が出るんだろ。なんかイマイチじゃんあいつ」

「でも、応援してやんなきゃ」「そうだな。何番目だっけ?」「結構、後の方じゃない」


 体育館に入ると、すでに歌合戦が始まっていて大盛り上がりだった。

「すげえな、毎年のことだけど」「逆に俺ってこういうの白けんだよなあ」

「あまのじゃくだね」

 友吉の番がきた。3組のほぼ全員で舞台前で行き盛り上げた。

 曲は『ローラ』

 歌い出した瞬間、俺たちの血の気は引いた。なんて下手なんだ。

 でも、クラスのみんな頑張って応援した。終わるまでが長かった。そして辛かった。終わった瞬間、みんな急いでそれぞれ散った。ホッとした。

「おい、ありゃないな」「うん。ひどすぎる」「誰が選んだ?あいつを」

「知らん。多分、自薦」「・・・・そうなんだ」 

 とりあえず後ろの席を見つけ、小坂と座った。なんか、疲れた。

 歌合戦は続いていた。


 その後もなんとなく歌合戦を見ていた。

 ローラが終わったから3組くらいだろうか。舞台上にセーラー服の女子たちがスタンばった。

「あれ、うちってセーラー服だっけ?」小坂がいった。

「ブレザーだべ。衣装だな。何がセーラー服だよ。つまんねえ」

 曲がかかった。

「なるほど、『セーラー服を脱がさないでか』へ〜いいじゃん、6組やるね」

「はあ?6組?」

 俺は立ち上がり舞台を見た。6組って笹山さんのクラスじゃん。

 笹山さん・・・・・、そんなことしちゃうの!嘘でしょ〜

 うわっ、めっちゃ体育館、盛り上がってる。俺は周りを見渡し驚愕した。

 だよなあ、学校一の美人さんが出てるんだもん。間違えなしの優勝じゃん。

 いやはや、セーラー服の笹山さん、かわいい〜


 歌合戦もあと残り二組だった。

「いや〜驚いた。笹山さん、あんなことするんだ」

「だな」

「それよりこの歌合戦の後、演劇の順位だべ?」

「もう、歌合戦はいいから早く発表やれってな」

 その時、アップテンポの曲が流れ始めた。なぜかわからんが、会場内が大拍手と歓声。

「なんだ?」

 舞台を見ると、背の大きい女の子が二人が現れた。

「またおニャン子かよ」「これって、うしろゆびさされ組だべ。え〜!」

 小坂が舞台を指差した。

「オイオイ、あれって滝沢さん?だよね」

「きょ、キョコちゃん?9組代表?・・・・・うそだろ?」

 何してるの、京子ちゃんまで、セーラー服着て。嘘だろ〜

 体育館、めっちゃ盛り上がってる。

 何?京子コール?

 ええええ?


 歌合戦が終わった。俺はあまりの衝撃にクラクラしていた。

 笹山さん・・・・そして、京子ちゃんまで・・・・セーラー服って。

 しかもおニャン子?笹山さんはまだいいよ。大人数の中の、後ろの方で恥ずかしそうにしていた。それがまた何とも可愛かったけど。

 京子ちゃんは何?何してんの?。

「ねえ、滝沢さんて、あんなキャラだった?」

「・・・知らん」

「でも、ノリノリだったよね?」

「・・・・うん。めっちゃ笑顔だったな。あんな顔見たことないかも」

「歌うまいし。驚いた」

「・・・・・うん」

「踊りもうまかった」

「・・・・・うん」

「セーラー服、ちょっと短くておへそがチラリしてた。しかも、スカート、短かった」

「・・・・・・うん」

「なまら太腿ムチムチして良くかった。サービス?」

「・・・かな?」

 京子ちゃん・・・・どうしたの?何かあったの?


「最後に、3年生の演劇の順位の発表です」ステージで派手な格好の司会がそう言った。

「いよいよだね」「うん。でも、なんかさっきの笹山さんと京子ちゃんのことで俺は混乱してる」「そうだよね」


「3位は・・・・・・・・・・・・・7組の『ロミオとジュリエット』です!」拍手と歓声が湧き上がった。

「あ〜、あれね。あれ意外に面白かったよ」「見たんだ」

「うん。一応、前評判が良かったから偵察」「な〜る〜」

「2位は・・・・   3組の『國語元年』です!」

拍手と歓声が上がった。

「えっ!」俺と小坂は顔を合わせた。

「はあ?まじかよ!」「くそっ!」「なんでよ!」

「だよね。俺、納得できねえ〜」珍しく小坂が叫んだ。

 俺たちは乱暴に椅子から立ち上がり、出口へ向かった。

「あ〜つまん。行くべ」「おお」

 

 体育館を出た時に聞こえた。

「1位は・・・・9組の『ひかりごけ』です!」

 今までより大きな歓声と拍手が響いた。

「あ〜くだらねえ」「やってらんねえ」

 俺たちを追うように巻と大佐も出てきた。

「なんだ、あの審査、おかしくねえ?確かに9組良かったけどよ・・・・」

「明日、飲みに行くか」大佐がつぶやいた。「そうすっか、明日は片付けやって終わりだし、明後日休みだもんな」「・・・・俺はやめておくかな」小坂が小声で言った。「だめ!」


 その日は演劇関係者で軽い打ち上げをした。もちろん酒抜き。そこで、来週末、改めて打ち上げをすることが決まった。何を思ったか、大佐が幹事を名乗り出た。「どうしたんだろうね、大佐」「うん」

 

 翌日は後片付けはそれも午前中で終わった。廊下で、京子ちゃんに会った。「涼くんおめでとう」「何が?」

「演劇」「喧嘩売ってるのかよ?そちらこそおめでとう」「ありがとう」

「あ〜、そうだ」「な、何?」

「京子ちゃん、何やってんの?」「えっ?」「歌合戦!」

「・・・・・・・・・・・・・」京子ちゃんの顔がみるみるうちに赤くなった。

「信じられない。あんなことするなんて。めっちゃ愛想良かったじゃん、しかもミニのセーラー服!お腹見えるし、太腿ピチピチしてさあ 」

「う、うるさい!見てたの〜。涼くんあんなの絶対見に来ないと思ったのに・・・・仕方なかったのよ」

「まあ、良かったよ。俺はあんな京子ちゃんが見れて。意外だったけど。ますます好きになっちゃうなあ、京子ちゃんのこと」「うるさいの!」

「あ〜、そんなこと言っていいの?お母さんに教えちゃおうおかなあ〜」

「あ〜ごめん、黙っておいて。あの人に知られたら一生、言われる」

「俺も一生言うけどな〜」「え〜」「うそ。良かったよまじで」「・・・・」


「でも悔しいな。演劇は絶対勝てると思ったのに。主人公の岡崎さんと京子ちゃんの演出にやられたな」

「えへへ。で、いつ行く?」彼女がいたずらな目つきでそう言った。

「どこへ?」「忘れたの?勝った方にパフェ奢るって」

「・・・・忘れた。そんなこと約束したっけ」

「もう〜」「わかったわかった。いつでもいいよ。これから行く?」

「本当!でも、これからクラスで打ち上げなんだ、残念」

「あっそう。いつでもいいよ」「楽しみにしてるね。さよなら」

「したっけ」なんだよ。食べたかったなあ、京子ちゃんとパフェ。


 いつものように、俺の部屋で4人してウダウダしていた。

「で、今夜どこ行く?」「この前の店?」

 大佐は首を振った。

「ここの道筋に『つくし』って店あるだろ?」「おお、あそこ?」

「うん。行ってみないか?」

 5時過ぎに行ってみると、店は開いていた。

「いらっしゃいませ」引き戸を開けると明るい店内が広がっていた。

 カウンターの中の女性がこちらに向かって言った。女将かな。

 カウンター内には男性が仕込みのようなことをしていた。大将かな。よくわからないけど。

 俺たちは女将に勧められるままに小上がりに座った。この時間、当然のごとく客はいない。俺たちは高校生とバレないように、あらかじめ打ち合わせていたようにおどおどせずスマートに席に座った。つもりだけど。

 すかさず「ビール二本ください」大佐が言った。さすがだ。大佐に任せよう。俺はタバコに火をつけた。巻と小坂はボソボソ何やら囁きあってる。いかんなあ、こいつら。

 テーブルにビールが置かれ、それぞれの前にコップが置かれた。

 「お疲れ」俺は大佐のコップにビールを注いだ。

「乾杯!」コップを重ねた。

「ひや〜、うめえ〜」巻が思わず声を出した。

「うまいな」俺は同意した。

「どうぞ〜」小坂がすでにカラになった大佐のコップにビールを注いでいた。

 それぞれが適当に肴を頼んだ。冷奴、お新香、唐揚げ、ホッケ、枝豆。そして、ビールを4本追加した。

「お互い注ぐの面倒だから、これからは手酌な」

 いつものようにたわいのない話で盛り上がった。

「そういや大佐。演劇の打ち上げ、どこでやるのよ?幹事なんて立候補してさ。いいところあるの?」「うん。決めてるよ」「さすが早いな」「で、どこよ?」「ん?まだ予約してない。予約ができたら教えるよ」

 あらかた食べ終わり、瓶に残ったビールを飲み干した。

「会計お願いします」一人当たり2000円だった。小坂が払いに行った。店を出て、トイレに行った大佐を待った。

 出てくるなり大佐は言った。

「店決まった」「何の?」「打ち上げ」「はあ?」

 大佐は今でてきた店を指差した。「ここ。今予約してきた」「はあ?」

「全部で20人くらいいるだろ、入れないでしょ、ここ」

 小坂がもっともなことを言った。カウンターに小上がりのテーブル席が3つ。「うんにゃ、大丈夫。二階にお座敷があるってよ。そこ予約しておいた」

「まじか。さすが大佐」「でもさあ、女子的にどうなの、こういう店?」

「確かにそうか。無難に笛園とかイズミヤとかがよかったんじゃねえ?」

 巻と小坂がもっともらしい意見を言った。

「でもさあ、意外にいいんじゃない、つくし。普通ならこんなところなんて来ないじゃん。女子的には珍しくていいかもよ」俺は大佐に同意した。

「だろう」「そうかなあ」

「大丈夫だと思うけどね。まあ、女子が渋ったら別の店探せばいいじゃん。それこそイズミヤでもいいし」

「いや、当日まで店は教えない。いわゆるサプライズ」

「おい・・・・まあいいか」「そだね」

 巻も小坂も渋々納得した。


 翌週の土曜の放課後、大佐は演劇メンバーを集めた。

「以前より告知していた打ち上げの場所、発表します。つくしでやります。場所は市役所前の通りを港方面に歩くこと5分。すぐにわかる。時間は前にいっておいた通り、18時開始。以上。では」そう言って教室を出て行った。

「ちょっと、久遠くん、それだけ?」「どう言う店なの、その店?巻くん」「え〜と・・・・」巻は女子に囲まれ困っている。俺や小坂に顔を向け、助けを求めた。

「え〜と、なかなかいい店だよ・・・」小坂が助け舟を出した。

「うん。なかなかいい店」俺はそう行って大佐の後を追った。

「そういうこと。いい店だよ。来てのお楽しみ」

 巻も小坂も教室を出てきた。

「大丈夫かなあ〜」小坂が呟いた。「まあ、大丈夫じゃない」


 大佐は幹事なので早く行くと言うので、俺たちも一緒に早めに出た。

 時間が18時に近づくにつれメンバーが集まってきた。みんな迷わずに来れたようだ。まあ、ここなら大佐のあの説明でも訳なく来れる。

 意外にも女子の反応は良かった。普段彼女たちが行くような店の雰囲気からかけ離れた店のはずだ。それが新鮮だったのか。

「ふ〜、良かったね」

「みんな揃った。時間だし始めるか。じゃあ、小坂、よろしく」

「えっ、俺?」「ああ、当たり前だべ」「マジかよ」「さすがコサちゃん。なんでもできるやつはすごいぜ」「うっせえなあ、わかったよ」

 しぶしぶ小坂は立ち上がり、開始の挨拶を始めた。そしてグラスに各々飲み物を入れて立ち上がった。「乾杯!」「カンパ〜い!」

 打ち上げは大いに盛り上がった。少数派の男はビールをどんどん飲んで徐々に酔ってきた。女子はジュースや烏龍茶だったが、雰囲気に酔っているという感じだった。会話が弾んだがやっぱり、話題の中心は演劇についてだった。2位というのが納得できないというのが、みんなの一致した意見だった。

「リベンジできねえってのが悔しいな。もう一回できたら負けないのになあ」

 巻が言ったそのセリフにみんながうなづいた。

「でもさ、みんな良かったよ。俺が演出した以上にやってくれた」

 前田がしみじみと言った。

「そうね。頑張った、みんな。本当に良かったよ。感動した」

 リーダーの高品さんは目を潤ませていた。

「じゃあ、まあ、良かったってことで、改めて乾杯だな」小坂が立ち上がった。「おお、名司会者。いいねえ」


 女将がカラオケをセットしてくれて、打ち上げはさらに盛り上がった。

 二時間はあっという間に過ぎ打ち上げは大成功に終わった。店を出てなんとなくみんなで、北大通りまで歩いた。ここで、栄町公園のバス停方面と駅前のバス停方面に別れることになった。

「じゃあ、みんな、気をつけて」そう言った大佐は珍しく自転車じゃなかった。「俺は電車で帰るは」「じゃあね、大佐。巻も電車だべ?」

「あっ、うん。ちょっと寄るとこあるから。大佐またね」

「おお、じゃあ行くね」大佐は駅の方へ向かい歩き出した。

「なあ、高和」「なに?」「今日、泊めてくれる」

「えっ、別にいいけど。飲み足りないのか?小坂はどうする、来る?」

「俺?いや、帰るわ」「そりゃそうだ」


 小坂は調子に乗って飲んでいた。そしてカラオケが始まると率先して歌い出した。ギザギザハートの子守唄。これが引き金になり大いに盛り上がったのはいいが、歌い終わった10分後に、彼は見事に沈した。終了、5分前まで寝込んだのだ。

「ねえ、小坂くん大丈夫?」さすがお嬢様、優しい。「大丈夫だ。心配ないよ、お嬢様」巻が言い放った。「ったく、お嬢様にまで心配かけて、このやろう」

大佐が小坂のケツを蹴った。「まあ、最悪、港に捨てに行けばいいしな」


 そんなことがあったので、小坂はそそくさと栄町公園の方へ歩き出した。

「またね」「おう、ゆっくり休め。明日は二日酔いだ」

「で、巻、寄るとこって?」「いやさあ・・・・」「何よ?」

「美樹と会う約束してんだ。あっちも打ち上げでさ、その後会おうって」

「そうか。いいな。てきり俺と青春について夜通し語り合いたいのかと思ってたけど。憎いね。わかった。勝手口の方開けておくからいつでも入ってこいよ。船山さんによろしくな」

「ありがとう。でさ」「何よ?」「お前も来ない?」「なんでよ?人の恋路の邪魔をするほど、俺は無粋じゃないぜ」

「いやさあ、美樹、結構、笹山さんを連れてくるんだ」

「えっ、笹山さん、付いてくんの?笹山さんてそんな気の利かない子なんだ」「いや、美樹が無理やり連れてくるんだ。でさあ、笹山さん、いっつも気を遣ってすぐに帰るんだ。それがいつも悪くてよ」

「ふ〜ん。船山さんに言えばいいじゃん」「ええ、無理」

「お前、尻にひかれてんな」「・・・・頼むよ。まあ、笹山さん来ないかもしれないけど、その時はすぐに帰っていいからさあ」

「ん〜」俺は腕を組んで考えるふりをした。笹山さん、来るのか。これは断る理由はない。

「しゃあねえな、わかったよ。しかし、お前は優しいやつだな」


 二人が約束していた喫茶店へ行くと、すでに船山さんが奥のテーブル席に座って俺たちに向かって手を振っていた。その横には笹山さんが座っていた。やったぜ!俺は喜びを顔には出さずに心の中でガッツポーズをした。

「高和くんも来てくれたんだ」

「こいつよ、笹山さんもいるかもしれないからって言ったら、来たいってうるさくてよ」「はあ!」俺は巻に顔を向け睨みつけた。

「さっきの優しいって、撤回」小声で言った。

「何?撤回って。でもよかった来てくれて。ねえ、理央」「う、うん」

 あ〜、笹山さん顔紅くなった。キャワイイ、ステキ。俺は顔には出さず心の中でバンザイをした。

 巻と船山さんの会話は弾んだ。そりゃそうだ。俺も適当に会話に入った。笹山さんはその話をニコニコしながら聞いていた。それにしてもやっぱりこの子は激カワだな。

「ねえ、笹山さん」「何?」

「見ちゃったよ」「・・・・」彼女の顔がみるみるうちに赤くなった。かわい〜。

「高和くん、理央いじめないでよ」「え〜いじめてないよ。めちゃくちゃ可愛かったじゃん、セーラー服を脱がさないで!」笹山さんは俯いた。

「もう、やめなさいよ、高和くん。あれは仕方なかったの、ねえ、理央」「・・・・」

「いや、俺は良かったって言ってるのに。感動したのよ、笹山さんの別な一面がみれて。つうか、船山さんだってめっちゃノリノリだったじゃん」

「そうそう、美樹、良かったぜ、昨日も言ったけど」」「本当!ありがとう」「・・・・なんだかなあ、この二人」

「笹山さん、マジで可愛かったよ」「・・・・ありがとう。でも、高和くんいたのね。やっぱりやめれば良かった・・・・・・」


 「私そろそろ帰らなきゃ」

「こんな時間か。二人の邪魔しちゃ悪いし、じゃあ、俺もかえる。笹山さん、バス停まで送るよ」

「・・・・ありがとう」「おう、高和、頼むは」

「ごめんね、理央、私もう少しだけ」

「気にしないで。じゃあ、またね。巻くん、さようなら」

「さようなら。気をつけてね。特に、高和には」

「は〜あ!」


 喫茶店の中が暖かかったので外が寒く感じる。

「もう、すっかり秋だね。まだ葉っぱは落ちてないけど」

「うん」

「前も、バス停まで歩いたね」

「うん」

なんか会話続かないなあ。

「あっ、弟君なんだっけ?元気?」

「うん、元気よ。いまだに高和くんに買ってもらったチョコバナナを食べたがってる」「そう、かわいいね。また、ご馳走してあげたいけど、さすがにいつも売ってるものじゃないもんなあ。あっ、あのバスじゃない?」

 その時ちょうど、バス停にバスが停まった。

「そうみたい」

「急ごう」

俺は思わず手を繋ぎ走り出した。

「あっ」俺はすぐに手を離した。彼女の手は温かかった。

 彼女がバスに乗り込み窓側の後部座席についた。バスの窓は曇っていた。彼女は窓を拭いた。そして俺に向かって手を振った。

 バスが動き出した。俺は大げさに両手を挙げて振った。


 俺はバスが走り出した逆方向へ歩き出した。

「さて、帰るか。それにしても今日はとってもナイスデ〜イ。打ち上げは盛り上がったし、笹山さん見送れたし」

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