ある日記

山本アヒコ

ある日記

『きょうから夏休みだから日記を書こうとおもう。夏休みのしゅくだいだから。きょ年も書いた』


『夏休みだから、がっこうがない。朝からテレビがみれてうれしい。いつもおとうさんがみてて、すきなテレビがみれなかったから』


『テレビばっかりみるなって、おとうさんにおこられた』


『テレビをみるなって言われたから、マンガをよむことにした。なんどもよんだマンガだけど、おもしろいからすき』


『マンガをよむなっておこられた』


『テレビもマンガもだめだって言われたから、なにもすることがない。スマホももってないから、みんなみたいにゲームもできない』


『おとうさんに、家からおいだされた。ずっとぼくが家にいるのがイヤみたい。外はとてもあつくてジュースがのみたかったけど、お金はもってなかった。だから公園の木のかげでずっとすわってた』


『きょうも家からおいだされた。きのうよりあつくて、これじゃあ死んじゃうかもっておもったからコンビニにいった。お金はないからなにも買えない。三十分ぐらいいたら外にでて、また違うコンビニにいった』


『きょうはおとうさんがしごとだから、ぼくがテレビをみれた。やった』


『きょうはおとうさんが、お酒をのんであばれた。なぐられた』


『きょうもお酒をのんであばれた』


『家からおいだされた。ふつかよいだから、ぼくのかおをみたくないんだって。へんなの』


『きょうもおいだされた。なんどもいってるから、コンビニのひとにへんだとおもわれてる気がする』


『おいだされたから、きょうは図書かんへいった。マンガがあるかなとおもったけど、なかった。ぼくとおなじぐらいの子が、おとうさんやおかあさんといっしょにきてた。いいな』


『図書かんへいった。みんなよんでるから、ぼくも本をよんでみようとおもった。本をとろうとしたら、ちかくにいた子のおかあさんが、その子といっしょにどこかへいっちゃった。ぼくはがっこうでもきらわれている。かなしい』


『おとうさんがおこった。ぼくのせいせきがわるかったから。せいせきひょうはかくしていたけど、先生からでんわがあったんだって。でもしょうがないでしょ。あんなにむずかしい漢字がいっぱいのきょうかしょなんてよめないし。すう学もえいごもぜんぜんわからない。ぼくはまだ、小がくせいなんだから』


     ○○○○○○


「先輩。お疲れ様です」

「おう」

「父親による息子への暴行殺害で決まりですか」

「ああ。自供してるし証拠も十分あるからな。けどよ、胸糞悪い事件だぜ」

「酒で酔った父親が暴れただけじゃないんですか?」

「父親が酔って暴力を振るうのは日常茶飯事だったみたいだ。息子が子供のころからな。それで息子は精神を病んじまった。高校生なのに自分を『小学生』だと思いこんじまってたらしいぜ。夏休みの宿題だって、絵日記まで書いてた」

「その日記、読んだんですか?」

「……ありゃあ見ないほうがいい。俺は鳥肌が立っちまったよ。きれいな字で書かれてた英語のノートが、途中からまるっきり子供の汚い字になってるんだぜ」

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ある日記 山本アヒコ @lostoman916

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