妹の兄日記
最早無白
妹の兄日記
「お兄ちゃん、私遊びに行ってくるー!」
妹は明るい声で外出の旨を伝える。薄いピンクのトップスに、フリフリの黒いスカート。遊びに行く時は、いつもこの服を着ているような気がする。
「おう。遅くなりすぎんなよ」
「わかんないかもー!」
『わかんないかも』ってなんだよと引き留めようとするも、妹は既に厚底の靴を履き終えており、元気に駆け出していた。今日が土曜日ということもあり、もしかすると友達の家に泊まり……なんてこともありえる。とにかく無事ならいいんだけど……。
「ま、気にしてもしょうがないか」
俺としてもせっかくの休みなんだ、昼寝でもするか。部屋へ戻り、二段ベッドの上段へと至る。自然と部屋を見渡せるポジションになったところで、俺はある異変に気づく。
「なんだあれ?」
妹の机に、見知らぬ本のようなモノが置かれている。学校で使っているノートだろうか。さっきも友達から遊びに誘われるまで、机に向かって勉強していたし。きっと直し忘れたんだろう。
「ちょっと気になるな」
妹はお世辞にも『頭がいい』とは言えないし、むしろアホの部類にいる。そんなヤツがいきなり勉強を……? テスト期間というわけでもないしな。学校で先生に注意でもされたのだろうか?
「アイツには悪いけど……」
はしごを使って二段ベッドから降り、机上のそれと対峙する。表紙には黒のマジックで『日記!』の文字。しかもなぜか鈴まで付けている、意外と器用なんだな。
「なんだ、日記か……。安心したような、そうでないような」
だとしても日記は昼間に書くものなのだろうか。普通寝る前とかじゃない? むしろ高校生なんて、午後の方が一日のメインパートだろ。それはそうとして……
「より、気になってきたな」
アホな妹のアホアホエピソードが書かれているのか。それとも『○月×日、晴れ』のような課題スタイルの日記なのか。そもそも、いつからこんな日記なんて書き始めたのだろうか。気になってしょうがないことだらけだ。
身内のプライベートな部分に土足で踏み入ることはしたくないが……。
「……妹よ、すまん!」
左手で表紙を開く。びっしりと書かれている文字列。意外すぎた結果に俺は驚きを隠せない。今度は左上に視線を移動し、一文ずつ読んでみる。
『9/9 この日を日記記念日とする!』
いや今日なんかい。それに日記記念日ってなんだよ、已己巳己かよ。
『お兄ちゃんへの愛がデカすぎてビッグバンだから、お兄ちゃんがやったことを一秒も忘れたくない! つーわけで日記書くことにしました。誰に言ってんだろうね。私かな? それともお兄ちゃんかな? 念?』
えっ、なにこれ……さっきまで俺と同じ部屋にいたくせに、こんな訳の分からないこと書いてたのかよ! 念とか書いてるし、これもう読まれたいまであるだろ!
『でも私アホだからさー、こんな日記絶対続かないと思うんだよねー。どうしよっかなー? もう机の上に置いとこ! お兄ちゃん、これ読んで!』
やっぱり読まれたかったんかい! アホだ、アホすぎる……。俺のことを慕ってくれるのはちょっと嬉しいけど、全部空回ってるんだ、妹よ……。
「読んだね?」
「へぇぇっ!?」
なんでいるんだよ! 遊びに行ったんじゃないのかよ!
「あ、遊びに行ったんじゃなかったのか?」
「あれは嘘だよ。お兄ちゃんに日記を読ませるための嘘。で、どう?」
どう、って言われても……そりゃ怖いよね。怖いしアホだし、ちょっと嬉しい気もするし……もう情緒ぐっちゃぐちゃだよお兄ちゃんは。
「ま、まあ……お前が俺のことをどう思ってるかは分かったよ。あと、すっげぇアホなことも」
「うん! 私アホだから日記なんてムリだった! だからお兄ちゃん、私がいない時は一生家から出ないでね? 今から通販で防犯カメラポチるから。二十個くらいで足りる?」
やだ! 絶対やだ! 防犯カメラ二十個とか、どっから金出てんだよ! っていうか大学はどうすんだよ!
「あ、もしかして留年するとか考えてる? だいじょぶだよお兄ちゃん、私がお兄ちゃんのこと養ってあげるから……ね?」
あぁアホだ、俺の妹はどこまでもアホすぎる……。
妹の兄日記 最早無白 @MohayaMushiro
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