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 彼女の部屋に入ると、ヴァイオリンが流れていた。無伴奏のソロヴァイオリン。

「バッハですか」僕が彼女に聞く。

「知ってます?好きなんですあたし」

「ちゃんと聞いたことはないんですが、無伴奏ってバッハぐらいですよね」

「そうですね、一般的には。他にもあるんですけど、普通知らないですよね」

「コダーイなら知ってます」

「コダーイはチェロですね」

「ああ、そうか」

「チェロも持っているんですか、バッハ」

「はい、でもあたしはヴァイオリンのほうが好きで。まあ、そのときの気分ってこともあるんですが」

 彼女は話をしながら、次々と料理の皿をテーブルに置いていく。全部手作りなのかな。

「ワインがいいですか。それともビール」

「それじゃワインを」

「わかりました、美味しい白ワインがあるんです」

 週末の夜、彼女の部屋を訪ねる。

 お見合いをするってことは、当然結婚を前提にしているわけだけど、正直僕は彼女とこんなふうになるとは思わなかった。

「今日は何の映画ですか」

「たまたま立ち読みした雑誌で見て良さそうだったので」

「邦画ですか珍しいですね」

 白ワインに合わせたのか、魚介をメインにした料理が並んでいる。

「あったかいうちにに食べてくださいね。エビとアサリのマカロニグラタンです」

「猫舌なんですよね。取り皿持ってきますので、取り分けてると少し冷めます」

 そう言った後彼女は取り皿を二つ持ってきて僕のとなりにすわった。

 ヴィデオはすでにセットされている。僕はリモコンのスイッチを押した。グラタンは取り皿に取り分けてもまだ熱くて、火傷しそうになる。僕はよく冷えた少し甘口の白ワインを飲んだ。たしかに美味しいワインだ。飲み過ぎないように注意しなくちゃ。彼女はじっとテレビの画面を見ていた。

「この女の子本当は死んじゃっているんですね。台風の時に」

 盆に世間は動かない。僕は今年実家に帰ろうか悩んでいた。こっちに出て来てからはほとんど帰っていない。でも今年は彼女のことを話さなくちゃならないだろう。その前に僕は彼女に言わなくちゃならないことがある。僕はそっと彼女のほうを見た。

「生きているのかなあ。たまにあたしのそばに来ているような気がするんです」

 彼女はその瞬間ポツリとつぶやいた。

「あたし、姉か妹がいるみたいなの」



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