ミナヅキからカンナヅキまで

阿紋

 ワルター・ワンダレイのオルガンが気持ちいい。蒸し暑いこの時期に、エアコンのきいた部屋で涼しげな音楽を聴いていると、世間で起きていることなんてもうどうでもいいやと思ってしまう。

 インドネシアのクロンチョンやハワイのスラックキーなんかもそうだけれど、南国の音楽ってそういう気分になってしまう音楽が多い。

「人を怠惰にする音楽」

「たしかにそうかもしれないけれど」

「心の休息って必要だよね」

 まあ僕は怠惰ではないけれど、バリバリ頑張っているわけでもない。

「無人島に持っていく一枚」

「昔よく聞いたね」

「でも、電気もないのに円盤だけ持って行ってどうするんだろう」

「持っているってことが重要なんじゃないのかな」

「所有しているっていうか」

「たしかに今は、音楽を所有しているって感覚はなくなってきているよね」

「そうかなあ」

「僕なんかは所有していないとダメなタイプだけどね」

 僕の前にすわっている女の子がにこやかに笑っている。

「でも、おじさんだってレコード世代ではないんでしょう」

 ギリギリってところかな。もちろん家にはレコードがあったし、子どもの頃はよくレコードを聴いていた。もしかすると少し若く見られているのかもしれない。おじさんだけど。

「あたしはダウンロードが嫌いなの」

「イヤホンも好きじゃなくて」

 昨日たまたま入ったスナックでバイトをしていた女の子。音楽の話をした覚えはなかった。

「あの歌だよ」

「あの歌?」

 ランチを食べたせいだろうか。急に睡魔におそわれる。

「おじさん眠いの」

「CD探してくれる約束だよ」

 そうか、そうだった。エルトン・ジョンを歌ったんだ。

「レディ・サマンサ」

「そんな曲だっけ」

 違うよね。多分カラオケにはないだろうから。わかってるよ。僕の歌は君の歌。ユア・ソングだ。

「この声、何かいいよね」

 枯れた歌声。おじさんというよりおじいちゃん。カルトーラだ。

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