不貞寝
魔法少女空間
第1話 不貞寝
部屋の隅の段ボールに目を向けるのが嫌で、ずっと映画ばかりを観ていたらいつのまにか日は暮れてしまっていた。カーテンの隙間から覗く夕焼けはいつにもまして不気味で、そこかしこに黄色い斑点みたいな影を落としていた。そこには桜の面影もないし、賑やかな人通りもなかった。ただ、聞こえてくるのは線路がきしむ音と車輪が擦れる音だけ。わたしは気が付くと、寒い、白い部屋で手をこすりながら次のDVDを入れ替えているのだ。サイレント映画のように白い字幕を注釈しないときっと誰も分からない。四月一日。女はあと二日で大学の入学式を迎える。そんな感じに。
段ボールは壁際に山のように積まれている。これなら、面倒くさがらずにちゃんと親に頼めばよかった、とわたしは思う。引っ越しの当日、わたしは面倒くさくなって親に全部投げた。親が引っ越しの準備をしている間、わたしは近所の満喫でごろごろしていた。だけど、両親もとりあえず部屋に運んだのはいいもののどれをどこに置けば分からなかったのだろう。わたしがバッグひとつで部屋にやってきたときにはほとんど未開封の段ボールの山々が部屋の隅っこで座っていた。わたしはため息をつき、親に電話しようとしてすんでのところで立ちどまったのだ。
とりあえず、なにか飲み物でも作ろうと台所へむかう。なにか行動を起こせば次のところへ進める気がする。なんでもいい。新聞を取りに戻る。電話をかける。いつの間にか作られた、誰も知らないタイムーテーブルの項目がひとつ消化されてる気がする。
台所は赤い光を反射して線のように輝いていた。それを小窓から差し込んできた光だと理解するのには少し時間がかかった。冷蔵庫には昨日買ってきた卵と缶のレモネードしか置いてなかった。わたしは居間に戻り、水道水の入ったコップを掴むと、無感動にプルタブをつまみレモネードをコップへと流しこんだ。黄色い沈殿が広がる。それでまた、わたしはコップを洗わないといけないと思う。
レモネードを飲みながらじっくりと段ボール群を観察する。左の山の下にあるのはきっと電子レンジだ。その奥にあるのは夏用の服。一番手の近くにあるのは実家から持ってきた本でこれは読みたいときに取り出せるようにわたしが一番上にひっぱりあげたからだ。
段ボールの山の中には布団もある。それだけでも今日中に取り出さなければ、わたしは今日眠れない。
レモネードは思いのほか早く飲み終わってしまった。魔女が貨物列車に乗るくらいの早さで。わたしは画面を、テレビを眺めている。なぜならまだ、映画は始まったばかりだからだ。映画を観終わると外の影は黄色い透明な影に変わっていた。風が吹くたびに揺れている。わたしの部屋の前にある電灯は窓ガラスの前、真っすぐ立っている。なんだか覗き込まれているようだと、わたしは感じた。わたしは立ち上がり、直視カーテンを閉め、直視を避けるようにした。青白い液晶が海のように部屋を漂っていて、電源を消すとあたりは本当に真っ暗になってしまった。
暗くなった部屋でわたしは電気をつけようという気持ちにはなれなかった。この部屋にわたしの気持ちを明るくしてくれるものは一つもなくて、ただ、気怠いような感情と焦りが擦れあうだけ。それはきっとわたしを不快な気分にさせるから、させてきたから、きっとこのまま部屋は暗い方がいいんだ。わたしはそう結論づけて床に耳をつけた。ひんやりとした振動と音が、電車のダイヤルとともにやってきて、わたしは目を瞑った。眠りはなかなか訪れようとしなかった。
不貞寝 魔法少女空間 @onakasyuumai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます