この日記の最低文字数は?

ぬまちゃん

なにを書いたらええのぉ?

「はぁー、だめや。ぜんぜんダメや。どー考えても、なーんも浮かばへん」


 彼女は天使のリングがハッキリと見えるほど艶やかな髪の毛をぐしゃぐしゃにして悶えていた。せっかく毎日お風呂で高級シャンプーとリンスを使ってお手入れしている髪の毛はあっという間にぼさぼさのバサバサになってしまっていた。


 彼女の目の前に置かれたハードカバーの分厚い本の開かれたページには、わずかな文字が並んでいるだけで、それ以外の大部分は真っ白な状態だった。


 どないしょう。せっかく無理いうて貸してもろた日記やのに、このままやと、完全に宝の持ち腐れや。こうなったら恥をしのんで、野辺良さんや、角川君にお願いしぃ、助けてもらおうやないか。


 * * *


「なーなー、野辺良さん角川君、ちょっと助けてくれへんか」


 翌日の昼休み、彼女、佐倉魔美は教室の前の席に座っている彼らに、すまなそうに声をかけた。


「どーしたの魔美さん。目の下にクマなんか作っちゃって、定期試験対策バッチリって感じじゃない」

「すごいじゃん魔美さん。あまり無理して勉強してると、体壊して試験どころじゃなくなるぞ」


 前の席にいる彼らは、魔美の顔色の悪さが定期試験のための勉強だと良い方に解釈してくれていたが、実際にはゲーム三昧の日々による寝不足が原因だった。


 今回の定期試験対策のために、彼女は自分が属している関西魔法少女協会の秘蔵の魔導書である『未来日記』を、この学校に転校する前に半ば無理やり借りて来ていたのだった。この魔導書は、日記に書かれた事象が必ず未来に実現するという恐るべき能力を秘めていた。大好きなゲームに時間を費やして定期試験対策をしていなかった魔美は、この能力を駆使して定期試験を乗り越えようと画策していた。

 しかし、この魔導書が未来日記として機能するためには、日記として記載する文字数が600文字以上必要だった。だから、彼女が単純に『定期試験で赤点をとらない』と魔導書に書いても、未来日記の魔法は発動しないのだ。


 その事実に、昨日の夜自宅で未来日記の魔法を発動しようとして気が付いた魔美は、こうやって昼休みに未来日記への記載文字を増やす方法を教えてもらおうと思っていた。


「いやぁー。それよりな。この日記にな、600文字以上書かなあかんのよ。どーやったらええやろな?」


「えー? なにこれ、ずいぶん古めかしくて高級そうな日記帳ですわね。あらあら、『定期試験で赤点をとらない』ですって。魔美さん、謙遜してらっしゃるのね」

「あ、ホントだ。これってあれだろ。ほら、自分の思いや意思を具体的な文章に書き出して、自分のモチベーションを上げるっていうヤツだろ? 魔美さん気合入ってるじゃん」


「そんな褒めんといてぇな。ウチ、そんなカッコ付けてるわけやないんよ。ただな、野辺良さんや角川君に理由言われへんけど、この日記に600文字以上書きたいんよ。なんか、ええアイディアあらへんかな?」


 魔美は、この日記が魔導書であることや魔法の発動条件が600文字以上という秘密を隠したまま、ネコなで声で彼らに助けを求めた。


「そーね。もう少し具体的な内容を書いたらどうかしら。例えば『赤点を取らない』じゃなくて、数学では60点以上取るとか、もっと具体的な科目のリアルな点数を書いてみたら?」

「あー、そうだ、そうだ。それって良いアイディアじゃん。もっと具体的に中身を深く突っ込んだらどうだ? 例えばさ、数学の微分で30点はとるとか、英語の単語は半分とるとか、だな。野辺良さんって、ヤマ張るの得意だろ、魔美さんに教えてあげればどうだ。例えば、教科書の演習問題3番が出るから、その問題は答えられる、とかだよな」


 魔美の前に座っている彼らは、定期試験に出そうな箇所をより具体的に言い始めた。彼女は、彼らの指示に従い机の上に置いた魔導書の開いているページに、こまごまと書き始めた。いくら楽天家の彼女でも、彼らが一生懸命教えてくれる試験問題を、彼らの目の前で未来日記に書かないわけにはいかなかったからだ。


 * * *


「やったでー! むっちゃ具体的な内容を日記に書いたから、魔法発動条件の600文字こえてもーた。これでここに書かれた問題だけやっとったら、絶対に定期試験で赤点とらずにすむやん。よーし、試験勉強するぞー」


 結局、未来日記に書かれた試験内容が定期試験に出たおかげで、彼女が赤点を取ることはなかった。


 しかし、そもそも。


 これは未来日記の魔法が発動したからなのか、それとも彼女が未来日記に書かれた具体的な試験問題を勉強したからなのか……


(了)

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