青の塔の記録

綿野 明

青葉の月 16日



 私はこれを今、賢者の塔の自室で書いている。今日は待ちに待った引っ越しの日だった。


 馬車を降りた私を出迎えてくださった水の賢者シャラウィナ様は、とても美しい方だった。淡い淡い金の髪に、先がほんの少し尖った耳、鮮やかな青色の瞳。祖母君おばぎみがエルフでいらっしゃるらしい。こんなお方が師になるなんて素敵だと思ったが、次の瞬間、彼女はこう言った。


「へぇ、王子様って聞いてたからどんな偉そうな子が来るのかなと思ってたけど、大人しそうね! よろしくね、もやしちゃん!」


 もやしちゃん。


 第二王子として大切に育てられてきた私は、あまりのことに言葉に詰まって硬直した。それは一瞬のことだったが、それを見たご夫君のアドル殿が賢者様の頭にポンと手を乗せた。


「こら、スーリア。アトラ君だろう?」

「でも弱そうじゃない。色白だし、銀髪だし」

「すまないね、アトラ君。部屋に案内しよう」


 私はこの時、このご夫君の方が私の師匠だったら良かったのにと、かなり強く思った。弟子入りが決まった十歳の時から五年間、ずっとずっと今日のこの日を楽しみにしてきたが、早くも気が重くなった。


 けれど立ち入った賢者の塔の中があまりに素晴らしかったので、私はその暗い気持ちをすぐに忘れた。丸い塔の中は吹き抜けになっていて、どこまでも高く続く一面の本棚が一望できた。


 その後は塔の中を案内されて過ごし、食事と入浴を終えて与えられた自室に下り、今に至る。夕食は料理人を雇っているのかと思ったが、なんと長男のアレアル殿が作っているらしい。私とそう歳は変わらないのに、とても料理上手で驚いた。


 明日から本格的に勉強が始まるらしい。師の性格には思うところがあるが、それでも楽しみだ。





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