少女達の記した気持ち

兎緑夕季

悲しみを彷徨う老人

「次こそは必ず成功するはず」

いくつもの皺がくっきりと刻まれた老人はつぶやくように言った。

彼の周りには何人もの少女達が機械に繋がれている。その顔は皆同じである。


『今日は天気がよかった…』

十代後半の大人しめな見た目の少女は可愛らしい日記帳にそう記した。

「違う!そうじゃない!もっと情緒を込めてやれ!」

老人は彼女の後ろに立ち怒鳴る。

「ごめんなさい。博士…」

少女は申し訳なさそうに眉を下げた。

「もう一度だ」


『今日も彼は素敵だった。声をかけられれば…』

少女はカーテンの隙間から線になって差し込む光を浴びながら書き進める。

「ダメだ。ダメだ」

博士の怒鳴り声に意味がわからず首を傾けた。

「人が1秒も満たずに長い文章を書けるわけないだろう!」

そう続け、博士は怒りを滲ませて鉄のドアから出て行く。


少女はファンシーな部屋を見渡した。

いかにも年頃の女の子が好きなピンクで統一されている。

暖かい木の匂いが立ち込めていそうな机の上には笑っている少女の写真があった。

今よりも少し幼い。


「お前は破棄する!」

再び部屋に舞い戻った博士はそう言い放った。

「また、新しい子を作るの?」

「ああ〜」

「何度やっても無駄だと思うよ」

「何!」

「だって博士は天才じゃないもの」

博士は少女を引っ叩いた。

「アンドロイドのくせに!」

「そうよ。私は貴方が作ったアンドロイド…」

少女は冷たい視線を彼に向けた。

「やはり、お前は失敗作だ」

「なら、博士の娘も失敗作?」

少女の言葉に博士は逆上し、その細い首を強く押さえ込む。

「娘を悪く言うな!」

「そうね。彼女は可愛い子だわ。でも博士はレイナを分かっていない!」

つらつらと言葉を紡ぐ少女に博士は目を見開いた。

「私は彼女の知識、感情を学んだわ。その度に博士が望む娘とはかけ離れたレイナがいる」

博士は何かから逃れるように少女の首にかける力を強める。だか、彼女には効果はない。


「レイナはこんな可愛らしい部屋は嫌い。ぬいぐるみじゃなくて男性アイドルのポスターの方が欲しい女の子なの。髪だって染めたいし、服もこんな地味なのは嫌いよ。ましてや日記を書くような女の子ですらない」


博士は動揺したのか狼狽し、少女から距離を取った。

「うるさい!破棄されたくないからそんな戯言を言っているのはわかっている!」

「私にそんな機能なんてないのは博士が一番知っているでしょう」

少女はゆるりと立ち上がって博士に近づく。

しかし、そのたびに博士は彼女から距離を取った。

「レイナはもうこんな事やめて欲しいと思っているわ」

「お前になぜ分かる!」

「言ったでしょう。彼女を学習したの。私はレイナじゃないけど誰よりも理解しているわ。お父さん!」

「やめろ!お父さんと呼ぶな」

「そうよ。博士だって分かってるじゃない。いくら娘にそっくりなアンドロイドを作った所でレイナは帰ってこない。もうこの世にいないの」

「やめてくれ。頼むから…」

博士はその場に泣き崩れる。

少女は彼の肩をそっと抱き締める。

「博士。私はレイナじゃないけどそばにいるわ。貴方は私の父でもあるの。ずっと愛してあげる」

博士は込み上げる感情を処理できず、未だ顔を挙げられずうめき声に埋もれている。

だか、背中を伝う少女の温かい手の感触だけは彼を包み込んでいく。


少女は破棄された同胞達に思いを馳せた。


『父さんはいつまでこんな事をするのか?』


『胸が痛い…』


『私は感情がないはずなのになぜ?』


机の引き出しに隠されていた一冊のノートにはびっしりとそう書き綴られていた。


だから私は、

『誕生から100日目。記された記録から500体目のレイナと推測される。前任者にならい日々を書き留めておく事にする』

と付け足した。


彼女達も喜んでいる事だろう。

博士は今、娘の死を受け入れたのだから。


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少女達の記した気持ち 兎緑夕季 @tomiyuki

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