西暦2XXX年の僕へ
桐山じゃろ
最終話
僕の世界の全ては病院のベッドの上だった。
物心つく前から、体中に管が通っていて、あちこち痛くて、苦しくて。
苦い薬と少しのお粥と、毎日僕を診察する先生と看護師さんと、時折やってくる両親がこの世の全てだった。
眠っている間は、ずっと夢を見ていた。
綺麗な顔のおねえさんが冤罪を押し付けられて、それを助ける夢。
かっこいいお兄さんになって、ちょっと怖いおねえさんに首を絞められる夢。
錆色の空の下で、同級生に同じ話を延々と聞かされる夢。
死ぬときになって初めて、自分の娘にギャグを言う夢。
世界が滅ぶまで生きて、宇宙人を殺す夢。
乱暴者の友達を、いつのまにか懲らしめた夢。
ランニング中に恋人を見つける夢。
奥さんが猫みたいになっちゃう夢。
アパートで悩まされていた騒音に、実は助けられていた夢。
一番幸せだったのは、世界を救って、好きだった女の子と結婚する夢だった。
いくつも夢を見たけれど、特に不思議な夢を見た直後は、少しだけ体調が良くなる。
僕は先生に頼んで用意してもらったノートに、鉛筆で夢日記を綴った。
怖い夢も、切ない夢も、幸せな夢も。
現実は痛くて苦しいから、せめて夢の中の楽しい出来事だけでも書き残したかった。
十個めの夢を見た後、僕は昏睡状態に陥ったらしい。
朧気な意識の中で、両親と先生が話し合っていた。
「このままでは……」
「でも、それだと私達とは……」
「それでも、あの子が生きられるなら」
僕はまだ生かされるのかな。生きていても、痛くて苦しくてつらくて……寂しいのに。
僕は最後の力を振り絞って、誰かの服の裾をきゅっと掴んだ。
振り返ったのは、母親だ。
母親は僕の手を握って、それから何か喚いて……何かが決まった。
僕はコールドスリープというものをさせられることになった。
今の医学で、僕の身体は治せない。このままではもうすぐ死んでしまう。
だから未来に託すことにした。
きっといつか、治る時が来るから。
先生の説明に、僕は、すこしだけ待ってくださいって頼んだ。
痛む身体を無理やり起こして、ノートと鉛筆を手元に手繰り寄せる。
ノートには今まで見た夢の日記が、ぐちゃぐちゃの文字で書き綴られている。
最後のページに、こう添えた。
2XXX年の僕へ。
僕は、こんな夢を見ていたよ。
西暦2XXX年の僕へ 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro
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