第12話 先視の巫女 参

 耀ひかりの放った雷は火花を散らし、しかしながら男には当たらない。見えない何かに阻まれるように雷は男の足下すれすれに落ちる。

「ふふ、ふ。まだ戦うか。」

 それにあわせて、あかりたちを囲む炎は伸び上がり、よりいっそう激しく燃え上がった。

 そんな、地獄じごくのような光景のなかであかりたちの前に立つこの男は笑う。ひどくたのしげに。

(何なの……この人?!)

 男はあまりにも場違いだった。いにしえの貴族を思わせる、一目で高級なものとわかる装束は傷ひとつ、汚れひとつすらない。そしていっそ嫌味なほどに整ったその華やかな容姿は一度として恐怖に歪んだことがない。

(強すぎる……! このままじゃ、勝てない。)

 自分たちと男の力量にはあまりの差がありすぎる。そのことに息を飲んだあかりの横を通りすぎ、皆を庇うように耀ひかりが前に出る。

「下がってくれたまえ、姉様。」

「だめ! 耀ひかりちゃん、お願いだからこれ以上神通力を使わないで!!」

 残った人たちのなかで最も傷ついているのは耀ひかりだ。それでもなお、前に出て戦おうとする耀ひかりの袖にすがりついてあかりが叫ぶのと、ぐらり、と耀ひかりが体勢を崩すのはほとんど同時だった。

(血が! 耀ひかりちゃん、こんなに怪我してる!! やだ、やだ!!)

 耀ひかりの右足は深い傷を負っており、ずいぶんと無理をしたせいで開いた傷口からとめどなく血が流れていた。

 ーー里が襲撃されてすぐ、何もないところから出てきた刀に狙われた無防備なあかりを庇ったせいでできた傷だ。

「ねぇ、耀ひかりちゃん! お願いだから!! せめて、自分の怪我を治すのに神通力は使ってよ!!」

 よろめいた耀ひかりの肩を支え、目に涙を浮かべてあかり懇願こんがんする。そんなあかりに優しく耀ひかりは微笑んで、

「ーー安心したまえよ、姉様。これでも生まれつき、神通力は多いほうなのでね。」

 男の後ろーーまたしても何もないはずの場所から一斉に降り注いだ大量の矢を、耀ひかりの結界が弾きとばす。

(……私が、弱いからだ。だから耀ひかりちゃんは私たちを守るために神通力を使って、自分の怪我を治すのに使えないんだ。)

 わずかに、男が驚いたように目を見張った。それからすぐに、こちらにむけて頷く。いっそ恐ろしいまでに優しい声音で、男は耀ひかりに話しかけた。

「よく耐えたな。だがもはや君は立っているのもやっとの状態だろう? これまでの健闘をたたえてーーせめて最後は、楽に死なせてやろう。」

 先ほどまでとは比べ物にならないほどの矢が、刀が、槍が、男の背後から現れる。まるで暗雲のように辺りを覆ったそれに、あやはきつく拳を握りしめた。

「こうなった以上は……! あかりさま、耀ひかりさま、わたくしたちが時間を稼ぎます。その隙に、どうかお二人だけでもお逃げ下さいませ!!」

 懐から取り出した短刀を握りしめて訴えるあやに、しかし耀ひかりは首を横にふった。

「いいや、あや、それならば君たちが姉様を守ってくれたまえ。私の足では、走るのが難しいのでね。」

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