第13話 先視の巫女 肆

「やだっ! 駄目! そんなの駄目だよ、耀ひかりちゃん!! ねぇ、一緒に逃げよう?!」

 勝てない。耀ひかりでは、あの濃密なまでに死の気配をまとった男に勝てない。

 わかりたくないのに、わかってしまう。そのうえたちが悪いことに、耀ひかり自身もそれに気がついていて、その上であかりたちを逃がそうと言うのだ。

(わかってる。足手まといなのも、わがままを言ってるのもわかってる!! でも、でも、このままじゃ耀ひかりちゃんだけが!!)

 耀ひかりにむかって手を差しのべるあかりかたわらで、おなじようにあやが身を乗り出した。

耀ひかりさま! ここはわたくしが命に代えても姫様がたをお守りいたしますわ!! どうかお逃げくださいませ!!」

 ぶんぶんと力強く首を横にふるあやに、くつくつと男がわらう。

「ずいぶんと慕われているようだな? 呪われた、姫宮の本家が。」

 男のひどく低い、地の底から響くような声には、ありありとこちらへの敵意と憎しみがこめられていた。

 びくり、と肩をはねさせるあかりを庇うように前に進み出たあやはきっと眉を上げて男をにらんだ。

「呪われた、ですって? こんなにも尊い姫様がたの素晴らしさの一欠片も知らない下賎げせんやからが何を知ってると言いますの?」

 あやの問いに答えるかわりに、男は手を挙げる。それまでずっと男の背後で空に浮かんでいた刀たちが、一斉にこちらへ襲いかかった。

「っ! 代償を、ここに! 我が血をかてに、咲けよ焔の華よ!!」

 はっと息を飲んだ耀ひかりが叫ぶのと、荒れ狂う嵐のように数えきれないほどの刀や矢が更に更にと何もない空間から現れてあかりたちを襲うのはほぼ同時。

「さて、姫宮の巫女よ。どこまで耐えられる?」

 耀ひかりの無事だった左足から血が流れ、すぐにそれは焔になって迫りくる矢を、刀を、槍をまたたく間に燃やしていく。

「おおっ! さすがは耀ひかりさまだ!!」

 その光景に里の衛士えじたちは嬉しそうな声を上げるが、ぐらり、と耀ひかりの体が揺れると、歓声はすぐに悲鳴へと変わった。

耀ひかりちゃん! しっかりして!! どうしようあやちゃん、このままじゃ……!!」

 耀ひかりの肩を支えたあかりが顔を上げると、あや以外の皆のようすがおかしい。

「みんな、どうしたの……?」

 からからになったのどの何とか奥から声を絞り出して問うと、一人の男が意を決したように叫んだ。

「……御免! あかりさま、ご無礼をお許しください!!」

 どん、と。首の後ろに衝撃を覚えると、目の前の景色が遠のいていく。薄れゆく意識のなかで、あやの声がした。

あかりさま?! あなたたち、何をしているんですの!? あかりさまをお離しなさいませ!!」

「正統な姫宮家の主であるあかりさまだけは、失うわけにはいかないのだ! 耀ひかりさまには申し訳ないが、ここであの化け物を相手に時間を稼いでいただきたい! ひいては、それが姉君さまをお守りすることになるのですぞ!!」

 いやだ。逃げたいなんて、あかりは一言も言ってない。それなのになぜ、勝手に連れていかれようとしているのか。

耀ひかりちゃん……!!」

 手を伸ばす。届かないとわかっていても。

「……姉様、あや、皆。どうか、無事に逃げてくれたまえよ。」

 涙でにじむ視界のなかで、耀ひかりが微笑む。あんまりな仕打ちに怒っても恨んでもいいはずなのに、こんな時でさえも凛とした美しい笑みを浮かべている耀ひかりの姿に、あかりは何も言えなかった。

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