始まりの歌-1
昼間の手伝い、夜間の研究にとシキはせわしない日常を過ごすも、記憶に関する情報は双子が思いだしたシキのおぼろげな記憶の女性はクマの特徴を持つミクという女性であるというものが最後だった。
特徴の発現もまだな幼い子どもが働きながら自分の記憶を取り戻そうとしている様子は、この辺境村の村民たちにとって同情足りえたようで、無知なシキを酒場に訪れる冒険者たちは様々なことを教えシキは無口ながらも真剣な様子で話を聞くものだからに余計に好感をもち……といった具合でシキは冒険者たちを師匠や先生にもち急速に偏った知識や経験を積んでいった。
これはそろそろモモと遅れて入ったシロとクロで揃いの給仕服も様になってきた頃である。
「シキ、これ奥の常連さんに」
「はい女将さん」
シキは慣れた手つきで料理をトレーに載せ運んでいく。体格のいいお客さんの足や長い尻尾を踏まないよう気を付けながら、奥の席には楽器を小脇に置き書き物をしている濃い青色の羽を腰のあたりからのばした鳥の特徴を持つ男の席を目指す。
「おまたせしました」
邪魔にならないよういつものように少し遠い場所に置いて戻ろうとすると、先ほどまで書いていた紙をこちらに向けながら低く響く綺麗な声で呼び止められる。
「シキ、詩ができたのだが。少し歌ってはくれんか」
「まえのつづき?」
「うむ」
シキは紙を受け取り軽く目を通し頷くと男性は椅子を座り直し楽器を構えた。トントンと弾き始めの合図に合わせセッションが始まる。ひとつの楽器から奏でられたとは思えないほど重厚な旋律と少女の澄んだ歌声が初めから楽器による二重奏かと錯覚してしまうほど調和したその曲は、近しい者への餞のような哀愁を感じさせる音を少女の無垢な歌声によって歌詞の悲嘆さが強調されている。
古い昔の言葉から始まり冒険譚をなぞりながら最後には死んでしまった冒険者へ捧げる歌
歌が終わるとといつの間にか椅子を勝手に動かし集まっていたギャラリーによる万雷の拍手がふたりに向けられる。やんややんやと騒がしい外野を放って鳥の特徴を持つ男はクチバシを開く。
「やはりお前さんの声はいい。曇りのない透明な歌声だ」
シキはありがとうと歌い終わって高揚した頬で曖昧に微笑む
「スタンピードがもうすぐだろう」
「うん」
「前夜祭で歌ってはみないかな」
「うん。あっ、えっと……」
一度は頷いたが、スタンピードは忙しいと聞いていたのを思い出しシキは女将さんの顔を窺うように厨房の方へ視線を向けると、カウンター越しに目が合う。
「それぐらい構わないさ。元々日中の約束だろう?これだけいりゃいつもと比べりゃ楽さね。それに手伝いも呼んである」
女将さんはウインクして答えると、店はにわかに騒がしくなった。
「スイさん?」「受付のスイ姐さん!?」「スイ嬢復帰か?」
酒場の騒がしさに一瞬顔を顰め神経質に尾羽を撫でつけながら男はシキに語りかける。
「名が売れりゃお前さんを知っている者が気づくだろうよ。お前さんの歌はそれだけの力をもっておる」
「うん。ししょう、やりたい」
先ほど披露した歌とは裏腹に和やかな会話をするふたりへ忍び寄る影が1つ
「じゃあさ、踊りもあった方がよくない?」
「シロ?」
「姉さま、シキが驚いてるから」
いつの間にか背後に近づいていたシロに驚いたシキにシロはにししと笑っていると、クロがシロの肩を軽く叩いてからシロの手を引き踊りだす。吟遊詩人は先ほどと同じメロディを双子のダンスに合わせて引き始めた。
「踊りなら姉さまじゃなくてわたしが教える」
「なんでさ!?妹ちゃんのお姉さまはそんなに下手っぴじゃないよ!」
「知ってる。でも姉さま自己流じゃない」
「踊りは心が大事なんだよ!自分だけの個性は大切なの」
「基礎も大事。それに教えるのはわたしの方が上手だから」
「じゃあお姉様も教えてもらいましょうか!」
「姉さまの方が上手じゃん。ヤダよ」
「指先の表現は妹ちゃんの方が綺麗だもん」
姦しく会話をしながらも息の合った民族舞踊(ベリーダンス)はきまぐれで排他的な猫の集落に伝わる伝統的な踊りで各地を渡り歩く冒険者と言えども物珍しく、シキと吟遊詩人の歌が終わり散り散りになりかけていた酒場の客たちは双子が踊りやすいように先程よりもスペースを開けてサークル状に双子を囲む。次第に酒場に住み着いた生物が発する微量の妖力を掠め取り発光する低級妖精、通称灯妖精が双子に近寄り暖かな光で双子を照らす、観客が湧くほど灯妖精は発光しているようだ。
シキも踊りに合わせて歌うと光の強さが跳ね上がり、酒場を光で満たす。
「揉め事と妖精使いにしかはっきり光らねえ灯妖精がなあ」
「今日はスゲーのが見れた……」
酒場にいた者は例外なくその光に目を焼かれ夢うつつのまま少女たちから視線が逸らすことができない。一種のトランス状態というものだろうか、神秘的な光に包まれた少女は一種の信仰に値する偶像(アイドル)足りえたのである。誰もがみな歓喜の声を止められず、誰もが網膜に少女の光を焼き付け続けることをやめることができずにいた。
「はいはい、これ以上は金取るよ」
しかし、以前役場で似た光景を見ていた女将さんだけはいち早く目を覚まし、ひと吠えで少女たちを囲う輪を解散させた。
すぐに光が収まり、恍惚とした表情を浮かべながら皆口々に先ほどの光景を語り合う。
「暇なときでいいからまたやってくれよ!な、女将さん」
「シキちゃん前夜祭楽しみにしてるから頑張れよ!後夜祭は双子ちゃんも、なっ」
終了してしまったことへ少しの不満を出しながらも初の即興舞台は好評のまま終わった。
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