序章-7

「やあ、おかえり。待ってたよ」


相変わらず読めない様子のライは先ほどと変わらず椅子に座ったまま書き作業をしているようだ。


「生憎だが私はここ以外に住処を持っていなくてね。研究対象兼保護対象としてここに住んでもらうことになった。ほら書類」


ライは手を止め、端に寄せていた一枚の紙をピラピラさせるとアオイは強引に受け取る。書類には団長であるアオイの見慣れた人物の名前のサインがされている。


「確認しました。団長を締めてきます」


書類を確認すると、アオイは歯を見せ威圧感のある笑顔で言い放ち有言実行とばかりに部屋を出て行った。


研究室に取り残されたシキは所在なさげにしていると、いきなりライに抱えられ怪しげな模様が規則的に書き込まれている診察台の上にちょこんと乗せられる。


「ふむ」


ライはしばらく観察していたと思えば、シキのからだをペタペタと無遠慮に触り始める。

くすぐったさに耐えきれずシキは身をよじるとライはその手を止めた。


「肉体表面の傷どころか内部の傷もないか」


先ほどの行動は診察のためであったらしい。ライの側には橙色に光る妖精が磨かれた銅のように鈍く光っている。

ライは当てが外れたのか落胆した様子で肩を落とす。


「おかしい?」


「双子の記憶に妖精に頼んで大規模な治癒を施したことを見た。妖精の協力に対する代償は生命に関わるほど大きくなる。君が膨大な妖力を宿しているとしても足りないはずだ。不足分を等価交換として奪うために内部に傷でも負っていると思ったのだが」


君に直接話が聞ければよいのだがなとつぶやきながらライは赤いメンダコ妖精を摘み上げようとすると、シキは頭上の妖精をガシッとつかみ胸元あたりに両手で抱えライに視線をしっかりと合わせて口を開く。


「たのんでない。祈った」


「妖精に祈った?それはまた」


「いたくなくなればいいのになって」


シキは改めてメンダコ妖精をもちもちし、ありがとうと言葉にして感謝を捧げると、メンダコ妖精はほのかに赤く光る。

妖力ではないものが対価に使わている様子に驚いているライからアライグマの耳が一瞬見えた。妖精は人間の信仰も我々の願いにも気紛れに答えるが、対価である供物や妖力の要求なしに善意の行動は起こさない。ましてや生命に関することなど余程の深い関係性や縛りがなければ大量の妖力を対価にしたとしても答えない。


(シキの理屈で、もし妖精が対価なしに応えたとするならば……)


ライにとって妖力研究者として研究してきた妖精の根底が覆される現象であった。


「なんだ、その、いきなりで悪いが住処への案内の前に実験したい」


「いいよ」


「では、なにか祈ってくれたまえ。簡単なものでいい」


「この子に?」


シキはそう言って赤いメンダコ妖精を持ち上げる。


「ふむ、そうだな。これにしよう」


ライは身近にいるオレンジ色の妖精をメンダコ妖精の上にのせる。すると、メンダコ妖精はもぞもぞと動き定位置に戻った。どうやら嫌だったようだ。


「ライが元気になりますように」


ライは心中で病弱にみられていたことに突っ込みつつ観察を続ける。

しかし、いつまでたっても妖精に変わった様子はなく自身の調子もいつも通りである。器具を用いた妖力の痕跡も観測することができず、失敗に終わった。


「では、次に君の頭の上の妖精に祈ってくれ」


「うん」


シキはオレンジの妖精にありがとうというと妖精が淡く光る。

光ったままの妖精をライの黒衣の胸ポケットにインして、メンダコ妖精を頭から手のひらの上に移動させ、先ほどと同じように祈り始めた。


するとすぐに急激な妖力反応を観測したと思えば、ライは自身の体が見る見るうちに研究漬けにより濃くなったクマが消え肌艶が目に見えてよくなっていることに気づく。


「成程、ありがとう。今日はこれでおしまいだ。君の新しい住処を案内しよう」


ライはいきなり実験をやめ、シキを抱え部屋の奥へ案内し始める。シキは首をかしげながらも特に何も言わず、されるがままに運ばれる。


部屋の奥、仕切りの向こう側へ案内されると仮眠室と給湯室が合わさったような空間に白猫と黒猫の特徴を持つ少女たちが1つの布団に身を寄せ合って眠っていた。


「君がいない間に双子が起きてね。事情を説明したら君と一緒にいたいと」


「……いいのかな」


シキの戸惑いにライは双子のいる隣の布団にシキを降ろしながら他人事のように話し始める。


「君は命の恩人で友人だったそうだ。それに双子の意思で君の側にいたいといっているんだ。もし気になるなら記憶が戻ったときに感謝でもすればいい」



「……うん」


シキは少し考えてから答えた。


「布団は3つ敷いておいたが……まあ、好きにしてくれたまえ。私

は基本的に研究室か隣の私室にいることが多い。何かあればいつでもおいでなさい」


「うん」


シキはうつらうつらと瞼が閉じていく。

妖力の疲労による睡魔であることをライは知っており、実験を取りやめたのだ。ライはシキに布団をかけポンポンと一定のリズムで眠りに導きながら、今回の実験への考察を頭の中で纏め幾つかの仮説を立てる。




「おやすみ。良い夢を」

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