序章-3

「記憶喪失?」


コウが少女と双子の仔猫に敵意がないことを示して妖精嵐について説明した後、少女と仔猫たちを故郷に帰すため今までにおきたことを聞くうちに、今までの妖精に関する常識ではありえないことが連続して起こっていることが発覚した。

コウは未知で異常な光景に興奮しながらも出来る限り少女から話を聞き出そうとする。しかし、記憶喪失である少女と依然喋らない仔猫たちでは、思い出した少女の記憶程度の情報しかなかった。

アオイと合流するために場所を移動しようとしたが、仔猫たちは歩くのも難しそうな様子だったためコウは自身の背に乗せて移動しようとしたのだが、こねこたちは少女にくっついたまま離れようとしなかったため、モヤが完全に晴れてアオイにみつけてもらうまでコウたちはここで待つことにした。



「アンタ、何にする?」


コウの唐突な問いかけに少女は首を傾げる。


「名前だよ、名前。ないと不便だろ?ちょうどヒマだし思い出すまでの呼び名でも決めようぜ。って言っても記憶喪失じゃ決めるのも難しいか……」


「そうだ、今からてきとーに名前言ってくから。ピンときたやつがお前の名前な」



コウは女の子によくいる名前をスラスラと羅列していく。すると、今まで少女の頭の上で静かにしていたメンダコの妖精が七色に光り始める。


メンダコの妖精は少女に耳打ちするように頭から肩に移動すると、虹色の光の海に攫われるかのような神々しい光景が繰り広げられた。少女は光の中で妖精と戯れくすぐったそうに笑ってからコウに向きなおって告げる。



「シキって、この子が」



「おう、そうか。じゃあ今からお前はシキな!でも、こいつみたいほわほわした奴らと話せるのはないしょにしといた方がいいぜ」


コウは少女と出会ってから次から次へと起こる妖精の積極的な干渉に驚きをながらも、少女の認識への危機感を覚えた。

チェンジリングの被害者は、妖精と補助具なしに直に会話ができるようになる。コウは文献で読んだことがあったためそのことを知っており驚くことはなかったが、妖精と話すことができるとなると一部の国と教会に巫女や聖女として攫われる可能性が出てくるのだ。最悪の場合だと、チェンジリングがおきた付近の村を焼き囚われた聖女を"救済"したとの記述があった。

とはいっても、ここは獣人連邦である。元々は集団で独立した際に纏まった時のまま続いている共同体のような国であり、獣人の特徴ごとに居住区が制限されていたそのままに連邦の構成国となっている。国といっても街程度の規模であるが、連邦構成国の国教のほとんどか獣神信仰であり、次いで自然信仰、精霊信仰が少数存在しているが妖精信仰はない。妖精信仰が好まれない理由として、なんの特徴ももたない人間には知覚することができないが、獣人を含む人間の言うところの異種族にとっては妖精は悪戯好きな隣人のような身近な存在であり、妖精使いが使役することもあって信仰対象としてみることが難しいのである。また、迫害が激しかった元支配国の国教であり、なんとなーく忌避してしまうのが心情から受け入れられにくい存在になっている。


「なんで?」


シキの疑問は最もであるが、ここが国境付近の森であることが原因なのだ。

コウが拠点にしている土地の通り名、あるいはアオイが詰めている騎士団はそれぞれ国境街と国境騎士団と呼ばれ、異種獣が暮らす元支配国との国境付近であり防衛拠点でもある。現在は他国民の出入りが多少なりともあるため、どこから情報が漏れて拐われるかわかったものではないのだ。

といった事情を話したところでシキには難しいだろうしコウもうまく説明できる自信もないため、コウはわかりやすく



「こいつらみたいな妖精ってやつと話せるのは貴重で悪い人に見つかったら怖い目にあうかもしれねーから、かな。」


「うん。わかった」


少女が頷いたことを確認して、コウはこれから生きていくための方法や国の常識などをざっくりと話しながらアオイにみつけてもらうまでの暇を潰していた。


「わかんねーことあったらなんでも聞いてくれていいぜ!」


楽しそうに先輩風を吹かせるコウと興味津々な少女はしばらく話し込んでいると周囲を囲むモヤが完全に晴れ、妖精嵐からの救出を言い訳に強そうな魔物狩りを楽しんだ(振り仮名バトルジャンキー)アオイと合流し森を出ることになった。


少女と少女からくっついて離れたがらない双子の仔猫をアオイの背中に乗せ、イリスの森を走り抜ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る