序章-1

「妖精のいたずらには困ったものだ」



狼の特徴をもつ騎士は肩をすくめる。その所作に町娘たちから黄色い悲鳴があがった。狼騎士は王都から報告に来た者へこちらでもあたってみるこのを伝え、町娘たちに軽く手を振り冒険者の酒場へ向かった。

冒険者の酒場に着いた狼騎士は、この時期特有の人の多さに目眩を覚えたが顔に出さないよう堪え、薄桃色の髪を2つに結った馴染みの給仕に声をかける。



「コウはいるか」


「多分まだ寝てると思います。起こしてきましょうか?」


「頼む。奥の個室借りれるか」


「どうぞ」



狼騎士はギルド長の奥さんで虎の特徴をもつ酒場の女将さんに挨拶して奥の部屋に移動しようと思ったが、昼食がまだだった事を思い出し、好物である魔物肉料理を注文し酒場の奥へ移動する。

一通り昼食を堪能した後、控えめなノックの音が聞こえ入室を促した。扉を開けたのは、少年の風貌をした犬の特徴を持つ少女だった。彼女の癖が強い金髪が整えられていない様子から急いでこちらに来たことがわかる。彼女の青空の色をした瞳は、頼ってもらったことへの嬉しさと待たせてしまったことへの不安の感情が混ざり合っている。



「アオイ先輩!」


「休息中にすまないな」


「いいえ!アオイ先輩に頼ってもらって嬉しいです!それで、今回はどんな依頼でしょうか?」


そう言いながら、コウはアオイの隣の椅子に座る。アオイは好みのフレーバーティーが入ったティーカップをソーサーに置き答える。


「妖精嵐が起きた」


妖精嵐とは妖精がチェンジリングにより女児と妖精を取り替えた後、持て余した女児を遠くの場所へ捨てることで引き起こされるものである。

その性質上、妖精嵐が起こった場所では妖精の痕跡として妖力が濃く残りやすいため発見は比較的容易である。しかし、妖精を認識する力が強くなければ、妖精嵐特有の妖力による隠蔽効果で姿が隠されてしまうため発見することができない。



「なるほど。妖精嵐なら女妖精使いのオレの出番ですね!今から行きますか?」


コウはワクワクした様子で答える。

チェンジリングで取り替える対象が女児であることも加味し、女性で歳の若い妖精使いであるコウに仕事が回ってきたのである。

ちなみに、狼騎士もといアオイは、ウルフヘアで青黒い髪色とツリ目がちな意志の強い黄金の瞳から男性と間違われることが多いが、れっきとした女騎士である。



「待て。王都の妖精使いによる情報では、3人が巻き込まれたそうだ」


「3人も……ですか、妙ですね?チェンジリングで取り替えた子どもが3人も同時にいたとも思えません。妖精は新しい遊びでも思いついたのでしょうか?」


「そのあたりもわかっていない。過去に事例がないが、頼めるか?」


「アオイ先輩の頼みならもちろんです!それに、未知への探求は冒険者の好物ですから!早速始めますね!」



コウは慣れた手つきで身につけている耳飾りをヘッドマイク状に変形させる。これは妖精使いが妖精に言葉や思考を妖精に伝えることができる代物で、遺跡からまれに発掘されるアーティファクトである。補助具を持たない一般的な妖精使いは統計化された所作により大まかな指示で妖精を使役するが、この耳飾りは直接妖精とやりとりができるため、製造化のための研究が進められている。



(騎士団預かりか……教会は色々とめんどうだが子どもにとっては……)



アオイはというと、端からみれば独り言のように妖精と対話するコウを眺めながら、妖精嵐に巻き込まれた者の一時保護先を考えていた。





「アオイ先輩、大まかなの位置がわかりました!」


「場所は」


「裏門側にあるイリスの森です」


「不味いな。あの森は国境付近で近寄る者が少なく狂暴な魔物が討伐されずに多くいる。だが、あまり人を動かして隣国を刺激したくない」


「でも、早くしないと妖精の痕跡が薄くなって魔物に気づかれて襲われてしまいますよ」








しばしの静寂の後


「コウは一番頼りにしている精霊使いだ、コウは俺が守る。俺についてきてくれるか」


「……はい!」


「そうか。次の鐘に裏門の外で集合しよう。俺は騎士団に連絡を入れておく」


アオイは個室を出て、先程のうさぎの給仕を呼び止め退出することを伝えた。代金とチップを渡し足早に去っていった。


(いちばん……たより……まもる……)

コウはというと、憧れの元冒険者の先輩であるアオイに一番信頼されていると言ってもらえたことが嬉しく、嬉しさのあまりニヤケた顔のまま放心していた。






個室の片付けに来たうさぎの給仕こと、コウの幼なじみであるモモにほっぺたをつつかれるまであと3秒前


2


1



むにっ




「なにすんだよモモ〜」


「アオイさんに終わったって聞いて来てみたらコウがニヤニヤしながら惚けてるんだもん。この部屋もう片付けちゃうからね」


モモは小さな躰をせわしなく跳ねらせ片付け始める。時折モモの柔らかな桃色の髪をロップイヤーのように2つに結ったローツインテールがコウの顔にあたる。


「わかった。あと、今から急な依頼入ったから帰りが遅くなるかも」


「アオイさんと?」


「妖精嵐がでたんだってさ」


数年前にこの辺境に流れ着いたコウとモモは、アテもなく駆け出し冒険者としてその日ぐらしの生活を送っていた。そんな時に元冒険者の先輩だったアオイに面倒をみてもらった縁から今も騎士団の依頼を受けることがあった。

現在はコウはソロの冒険者として、モモは冒険者酒場のウェイターとして働きながら一緒に暮らしている。



「わかった。私も騎士団に用事あるからそこで合流しましょ。用事が終わったら酒場隣の温泉ね」


「そのあと魚介のお店いこ?珍しい海藻入ったって」


「仰せのままにお嬢様。既に予約しております」


「うむ!くるしゅうない」


二人はどちらともなく顔を見合わせて笑いあった。

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