第18話 ルークの追放

 ルークがカインに敗れ、ノース鉱山に送られてから一週間が経っていた。


 鉱山での労働は死ぬほどきつい。毎日が肉体労働で夜にはへとへとになる。休みの日は週に2日あるが、寝て体を回復するだけで終わった。


 イグニスの槍のパーティは同じ場所で働いているが次第に会話も減っていった。


 (チッ。これも全部カインのせいだっ!!)


 このままダンジョンにも入れないと勇者の認定も取り消されちまう。


 昼休憩となりお弁当が支給された。ルークはパーティメンバーに話しかける。


 「なあ、今週末はノース鉱山近くのダンジョンに行かねえか。」


 魔法使いのルキナが突っかかる。


 「あんたね、一言くらい他のメンバーに謝罪があってもいいんじゃないの。あんたとアパムはまだ男だし力もあるからいいけど、私とソラなんて力がないんだから、ツルハシ持つのもいっぱいっぱいだわ。そんな状況でダンジョンなんて行けるわけ無いでしょっ」


 あの決闘からルークは一切、イグニスの槍の他のメンバーに謝っていない。


 ルークはこの期に及んで、自分が悪いと思っていなかったのだ。


 (またルキナが突っかかってきてやがる。でもパーティリーダーとして、こいつらを引っ張って行かないといけねえのは事実だ。ここはご機嫌取りでもするか。)


 ルークはこう考えていた。


 自分が悪くない。悪いのはカインと足を引っ張るイグニスの槍メンバーだ。


 俺が何を謝るってんだ。お前たちが無能だからいけないんだろっ!


 俺はイグニスの槍、勇者のリーダーだぞっ!


 「悪かったよみんな。機嫌直してくれ。ただみんなもまだ勇者でいたいだろ? だからさっ、鉱山の仕事はサボってでも力抜いて、週末ダンジョンで魔物狩ろうぜっ。」


 自信満々にルークが言う。


 ルークの顔を見て僧侶ソラは思った。人は簡単には変われないのだと。でもこれからは自分の意見も言おう。もう流されるだけの人生は変えないと。


 「わっ私はルークさんに賛成です。サボるのは賛成できませんが、ダンジョン行きたいです。」


 「ソラは分かってんな。それで、アパム、ルキナはどうする? 宿で寝ていてもいいぜ。」


 賛同を得たルークはすごく嬉しそうだ。


 アパムとルキナも勇者の認定を外されることは本望ではない。2人もしぶしぶ賛同した。


 (クックック。こいつらちょっと褒めれば余裕だ。俺のリーダーシップがないと何もできないもんな。)



 その日から目に見えてルークたちイグニスの槍の鉱山での稼働量は落ちていった。


 鉱山の頭領が見るに見かねて、イグニスの槍メンバーを呼び出す。


 「おい。お前たちなんで呼ばれたか分かってるよな。」


 「なんのことですか。分かりません。」


 ルークが代表してヘラヘラと答える。


 「サボってんだろ? 数値見れば一目瞭然だ。」


 採石量が半分近くまで落ちている証拠の紙を頭領がルークたちに見せる。


 「頭領。サボってるだなんて。誤解です。ただ、ルキナとソラも女性で肉体労働には向いていませんから、それが原因じゃないですか。」


 頭領がルークを睨む。


 「ほう。そんな子供だましが俺に通用すると思うか。別にギルドに報告してもいい。ただ、オレたち鉱山夫が舐められるのは許せねえ。分かるか。」


 気のない返事をするルーク。


 「どうやら分かってねえみたいだな。オレたちは鉱山で働くことにホコリを持っている。それなのにギルドの罰則で手伝います? なめんじゃねえよ。俺が止めちゃあいるが、皆お前たちのことよく思っていねえ。言ってることが分かるか。」


 イグニスの槍の面々はつばを飲み込む。


 「別にお前たちが1カ月しか働かないことは分かってる。だがなぁガキどもなめんじゃねえよ。ここは魔獣はいねえが、鍛え上げられた男たちがいる。もし…次同じようなことしたらただじゃ済まねえ。」


 さすがに脅かしすぎたかと頭領は思った。ここまでにするかと話を切り上げようとすると、ルークが反論した。


 「待ってくれ。オレたちは勇者だ。採石なんて仕事じゃなくてなにか他の仕事にしてくれっ。魔獣がいりゃあいくらでも狩ってやる。」


 (こいつ何も分かっていねえ…)


 頭領はルークに近寄り、頭をガツンと殴る。


 かなりの威力だ。ルークはふらついた。


 「もういい。話は終わりだ。お前の言い分は分かった。だがな、次同じことがあったら即ギルドに報告するからな。」


 慌ててそれだけはやめてくれとルキナとソラが頭を下げる。


 「ねえちゃんたちに力がないことは分かっているが、嫌なら別に娼館で働かせてもいいんだぞ。それも鉱山での立派な仕事だろ。」


 頭領にルキナとソラを娼館で働かせる気なんてサラサラない。ただこの場でなぁなぁにしても何もコイツラは変わらない。不器用で脅すしかやり方を知らないが彼らを思って、している話だ。


 (どうやら、ルーク以外は反省した顔してんなっ。)


 ルークは頭領を睨んでいるが、他のメンバーはうつむいている。


 「分かったなら、下がっていい。明日から頼むぜっ勇者さんたちよっ。」




 ―――数日後。


 頭領は腕を組みイグニスの槍の働きっぷりを影から観察していた。


 ルークを除いたイグニスの槍面々の態度は変わった。今できることをしっかりとやろうという目をしてやがる。


 (……あいつら、やりゃあできるじゃねえか。一人を除いてだが。)


 頭領はルークをどうしてやろうかと悩む。ただあいつだけ説教しても他のメンバーのやる気に影響がでるかもしれないな。


 とにかく働いているのは事実だ。ここは見守るとするかっ。



 あれからルークを除く面々は一生懸命頑張って働いた。


 そうすると少しずつだが、休憩中や仕事終わりに鉱山夫がルキナたちに話しかけてくる機会も増えていった。


 (最初は鉱山で働くなんて<底辺>だと思っていたけど、いい人たちだわ。少し汗臭いけど。)


 ルキナは自分が偏見で見ていたことにも気がついたし、自分の考えを恥じた。


 最初は私たちの態度も悪かったし、下に見ていたけど、いい人たちだっ。


 週末には仕事終わりに飲みに行くことも誘われた。


 ルーク以外の面々はもちろん行きますと返事をした。



 鉱山の男たちの飲みっぷりはすごい。酒の瓶を開けたと思ったら、すぐに空になっている。話も冒険者には馴染みがない話も多かったが、豪快に笑う男たちと飲むことに不思議と嫌な気持ちはしなかった。


 ソラがルキナに話しかけてくる。


 「ルキナさん、ルークさん大丈夫ですかね…」


 「あいつのことなんて知らないわ。今日もせっかく誘ってもらったのに返事すらしなかったじゃない。一人ですねてるのよ。ほおっておきましょ。」


 「そうですね…ちょっと心配だから寮まで見てきます。」


 ソラは寮に向かい、ルークが居るであろう部屋をノックする。


 返事はない。


 扉を開けると電気はついていないが奥に人影が見えた。


 「ルークさん? 」


 どうやらベッドに腰掛けたルークが剣を抜いてなにかぶつぶつと言っているようだ。


 「ルークさん。大丈夫ですかっ。」


 ルークがソラに気がつく。


 「ああ…まあ座れよ」


 ソラは警戒して少し遠くの椅子に座った。今日のルークさんはなにか怖い。いつもと違う。


 「ソラお前はどう思う。」


 「なっなにがですか。」


 「決まっているだろっ。オレたち勇者がこんな汚え鉱山で働かされているってことだ。」


 ソラは後悔した。この場に来たことを。これは良くない展開だ。


 「頭領さんも言ってたじゃないですか。あと2週間ちょっとですよ。がんばりましょうよっ。」


 「あ? お前までふざけたことを言ってんじゃねえよ! 」


 ソラは勇気を振り絞って、ルークの前に立つ。


 「何言ってるんですかっいい加減にして下さいっ! いいですかルークさん、よく聞いて下さい。今あなた変わらないと一生負け犬ですよ。勇者だって取り消されちゃう。」


 ルークがジッとソラを見つめる。


 「うるせえな…お前になにが分かる。なにが分かるって言うんだよっ。」


 「そんな態度だからカインさんに負けるんですよっ」


 怒ったルークがソラの手を引っ張り、ベッドに押し倒す。


 「ソラ、お前俺のこと好きだったよな。抱かせろよっ。」


 この人に話は通じないんだ。もう懲りた。


 力でルークに勝てるわけがない。最悪この男に抱かれてもいい。でも心までは…もう屈しない。


 ―――おい。邪魔したかっ。


 頭領がノックをして部屋に入ってきた。


 「お取込む中のところすまねえな。ルークお前に言わなければならないことがある。残念だが、イグニスの槍は勇者取り消しだ。」


 頭領がルークに帝国議会からの手紙を渡しながら、説明する。


 「これは決定で、今月いっぱいで取り消されるみたいだ。他のイグニスの槍のメンバーはかわいそうだが、お前の態度見るとしょうがないだろう。また一からやり直せっ。」


 「…うるせえ。冗談じゃねえ。こんなところ辞めてやる。イグニスの槍も俺以外は全員追放だっ! 」


 「怒る気持ちもわかるが、いいのか。おまえここ逃げ出したらギルドもクビになるぞ。」


 「ごちゃごちゃとお前何様だよ。関係ねえよ。せいぜい土でも掘ってろ。」


 捨てゼリフを吐いたルークが装備を持って部屋を出ていった。


 「悪いな。ねーちゃん他のメンバーにも伝えておいてくれないか。」


 「はっはい。」ソラは返事をする。


 「それに追いかけなくてもいいのか。彼氏なんだろ? 」


 「いえ。今ルークは私たちに追放と言ったので、もう仲間ではありません。残念ですがっ…」


 そう言うとソラの目から大粒の涙がこぼれた。勇者を取り消された悲しさより、イグニスの槍が終わった事実がただただ悲しかった。


 「まあ泣くなよ。ほらっ今日は飲もうぜ。後2週間はあるんだ。それから残った3人でやり直せばいいじゃねえか。皆お前たちのこと気に入ってんだ。もし冒険者辞めたくなったらこのままいれば良い。」


 「はっはい。」


 「ほら、泣き止みなっ。なにアパムもルキナも分かってくれるさっ。一からやっていこうぜっ。冒険にオレたちはついていけないが、できることがあったら手伝ってやるからよ。」


 「ありがとうございます…」


 ソラは涙を拭いた。もう泣くのはこれで最後だ。さよならイグニスの槍。


 「よしっいい子だ。今日は飲むぞっ! 俺が奢ってやるからな」


 頭領は座っていたソラに手を差し伸べる。二人は皆が飲んでいる飲み屋に向かっていった。

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