第17話 これが噂のざまぁ展開? ニコラ編後篇

 ニコラは泣いていた。仲間に裏切られて装備も何もない。あるのは絶望と薬草のみだ。


 今39Fにいるので、戻る手段は2つ。1つは40Fの骸骨ロードを倒すこと。もう1つは30Fにある転移門まで逃げ帰ること。


 ボスは一人では絶対に無理だ。勝てるわけがないい。でも一人で9Fも戻れるのか…。装備と回復があればなんとかなる可能性もあるが、武器は何も持っていない。


 それに、30~40Fにはアンテッド系が多い。物理攻撃が基本的には効かないので、ニコラにとっては相性が非常に悪い。


 仲間だったブラックキャットのことを思い出す。確かに強く言い過ぎたこともあった。それは仲間を思っての発言だし、強がっていた部分もある。言い方と態度が悪かったのだろうか。


 冗談だよって戻ってきてくれる可能性はないだろうか…。男たちが去ってから既に10分は過ぎたし、それも望めないだろう。本当に仲間に見捨てられたんだっ。



 ―――そういえば。


 先日ギルドで渡された笛を思い出した。


 笛を吹くとギルドに報告が行く魔道具らしい。最近、帝国議会から予算が降りたから導入されたそうだ。各パーティリーダーに支給された。まあ要は、笛を吹いたらギルドに連絡が行って、助けに来てくれる代物だ。ただ、対価として10万PYNは支払うことになる。一文無しになったニコラには払えるわけがない。


 でも、背に腹は代えられない。


 ニコラは涙を拭いて笛を吹いたっ。



 アシスト制度での同伴が終わり、カインは控室に向かった。扉を開けると、そこにはメンゼフさんと女性が座りながら話していた。

 

 「すみません。入ったらまずかったですかねっ。」


 「いや大丈夫だ。こいつは身内だ。」


 「? メンゼフさん。誰ですかそちらの女性は。」


 「おっこいつと話すのは初めてか。おまえが冒険者やってたときには受付にいたと思っていたが。」


 メンゼフさんが頭をガシガシと掻いている。


 見たことはありますが、会話したことはないですとカインが答える。 

 

 女性は背が低く、身長150くらいだろうか。それに服装が帝国ではあまり見ない格好をしている。


 「はじめまして。カインさん。私、十六夜<いざよい>と申します。以前はミントちゃんと受付してたのよっ。職種は忍<しのび>です。」


 「忍ですか。始めてみましたっ。」


 服装を観察するとたしか東方の格好だろうか。いつか見た本でそんなことが書いてあった気がする。


 「カインちゃんの噂は聞いているわっ。よろしくね。」


 席を立った十六夜が手を差し伸べる。カインが握り返そうとすると、カインはくるんと一回転して倒されてしまった。


 「急にごめんね~見せたほうが速いと思って。私こういう体術が得意なのっ」


 「そっそうなんですね。自然な動きすぎてついていけませんでしたっ。」


 十六夜がカインに手を差し伸べる。カインは立ち上がり改めて十六夜と握手をした。


 「それで、十六夜さんは帝都の冒険者ギルドに戻ってきたということですか? 」


 メンゼフにカインが問いかける。


 「ああそうだ。カインおまえが陛下にお願いされた家庭教師の仕事でな。すごい予算がギルドに入ったから、例のシステム導入したんだよ。」


 「おおっ。例のシステムですかっ。」


 「そうだ。ただ予算の都合上、全員には配れなかったからパーティ毎にリーダーに配ったぜ。」


 例のシステムとはギルドにSOSが出せる笛のことだ。SOSが出たらギルドから助けに向かうシステムを導入したらしい。


 「そっそれはすごい良いニュースですね。これで冒険者の死亡率も改善されますね。」


 「そうよっ。それで探索と移動が得意な私がサンドラのギルドから戻されたってわけ。」


 十六夜がえっへんと言う。


 そういうことなんですね。とカインが頷く。


 「ただ問題もあってな。設置するのに魔法具が必要で莫大な予算がかかった。最低限の機能だけつけてもらったから、まだダンジョンの何階で誰が鳴らしたのかしかわからない。それに助けられた冒険者は10万PYN費用がかかる。人件費とギルドのリスクを考えるとそれが今できる限界だ。まあある程度の金額がかかったほうが、連発するやつも少なくなると思ってな。」


 メンゼフさんがドヤ顔でオレすげえだろと言う。メンゼフの態度は鼻につくがこれは生存率が劇的に向上するであろう画期的なシステムだ。素直にすごいとカインは感じた。


 「今度、開発者も紹介してやるよっ。アイツは変わり者だが天才だ。」


 「そっそうなんですね。」


 「まぁおまえのことだ、どうせ惚れられるか、厄介事に巻き込まれるだろうなっ。」


 メンゼフがガッハッハと笑う。


 カインは笑えない。心当たりがありすぎる。何も言えなかった。


 

 カインはメンゼフさんと十六夜さんと笛について話しをしていた。


 まだまだテスト段階で問題点もありそうだ。現状だと十六夜さん。メンゼフさん。そしてカイン3人しか対応できる人がいない。後は対応できる時間だ。どうしてもギルドの営業時間の8時から17時までしか対応できないのだ。


 それに、鳴らした場所は分かるが、その後、パーティに移動されるとこちらも探しようがない。ギルドにしか報告することができず、救けに向かった人には場所の変更を伝える手段がないからだ。


 「まぁそれでも説明したときには冒険者たちはだいぶ助かるって言ってたぜえ。」


 「そうですね。24時間体勢は無理でしょうし。まずは運用してみてって感じでしょうか。」


 それにしてもこのシステムを導入するのにいくらくらいかかったのだろう。少なくとも豪邸が3件は立つ金額ではないだろうか。


 「それで、名前は何ていうんですかっ。」


 「それはオレが単独で決めさせてもらった。『助け手』だっ」


 カインは絶句する。


 「冒険者の助けてという思いと、我々助け手をかけ合わせてる。どうだ。かっこいいだろ。」


 カインは横に座っている十六夜に目を向けるが十六夜も顔を横に振った。


 「そっそうなんですね。僕は良いと思いますが、マンゼフさんが怒りそうな気がします…。」


 ―――ビィビィビィと<助け手>が鳴り出す。


 「おっさっそく鳴ったな。39階でニコラたちブラックキャットが鳴らしたみたいだっ。39階は特に苦戦する階層じゃない。なにか事件があったと思ったほうがいいだろうな。」


 メンゼフが指示を出す。


 「十六夜、そしてカインも39階に向かってくれっ。最初の助け手だっ。ミイラ取りがミイラになるんじゃねえぞ。」


 決まったという顔をするメンゼフさんの顔に腹がたったのはここだけの秘密だ。



 十六夜さんは走るのが速い。とてもスムーズにかつ安全も確保しながらサクサク進んでいる。


 「十六夜さんすごいですねっ。S級パーティにいてもおかしくないんじゃないですか。」


 カインが走りながら十六夜に質問するっ。


 「まぁお誘いもあるけど、今はギルド職員が楽しいのっ。それに一族のしきたりもあってね…」


 十六夜さんの歯切れが悪い。カインと同じく家庭の事情というやつだろうか。


 アンテッド系の敵は倒すのが一番だが、魔物を無視して駆け抜けるのが最適解だと思う。精神攻撃をしてきたり、物理攻撃が当たらなかったりと、とにかく面倒な敵が多いのだ。


 「さっそく39階ですねっ。カインちゃん徹底的に探すわよっ。」


 了解ですと答え、二人で駆け出す。


 この階で見つからないとやっかいだ。また階を降りてしらみつぶしに探す必要があるっ。


 「カインちゃんいたわっ」


 ニコラが3体の骸骨剣士から襲われている。


 「私が前に出るわっ。カインちゃんはサポートよろしくっ」


 と言い十六夜が駆ける。


 投擲物を投げ、一体をノックバッグさせて、もう一体を一撃で屠る。


 カインは残った一体にライトニングを放ち、動きを止め、切り捨てた。


 投擲物が当たった骸骨剣士に十六夜が双剣で刺し、とどめをさした。


 一瞬で戦闘が終了した。


 「あなたがブラックキャットのニコラね。助けに来たわ。」


 尻もちをついて今にも泣き出しそうなニコラに十六夜が手を差し伸べる。


 「あっありがとうござます。ってカインじゃないですか。こんな無能に救けられるなんて屈辱ですっ」


 この分だと、どうやら異常はなさそうだ。


 「あんたねっ失礼なこと言うと置いていくわよっ。それで他の仲間はどこ。」


 ニコラが口ごもる。


 「その様子だと。仲間に見捨てられたんでしょ。ったく、ケンカはダンジョンでするんじゃないのっ。」


 十六夜さんがニコラに説教する。


 「それにねっ…あんたたち評判悪すぎんのよっだいたい他のパーティ襲うってどういう考え方してるのよっ…」


 十六夜さんのニコラへの説教は10分は続いただろうか。ニコラは涙目どころか、泣き出しているが十六夜さんは説教を辞めない。

 

 …黙って聞いていたが、さすがにニコラがかわいそうになってきた。


 「十六夜さんそろそろ良いんじゃないですかっ。」


 「あらっまだ話し始めたばかりだと思ってたけど、じゃあサクッと帰りますかっ。」



 「メンゼフさん戻りましたよ~」


 十六夜さんとニコラを連れてギルド長室へ報告も兼ねて入る。


 入るとメンゼフさんとマンゼフさんがなにか言い合っているようだ。


 「あんたね、ネーミングセンスがないのよっ。ネーミングセンスがっ。」


 どうやらメンゼフさんが怒られているようだ。


 「うっうるせえ。良いだろうがよ。助け手ってかわいいだろっ」


 「かわいくないわよっそんな名前。だいたい私に相談しないで決めるってどういうことよっ。」


 「なに~おまえにはこのセンスが分からねえのかっ。ったくこれだから、困るぜ。」


 二人の争いはよくあることだが。止めないと。


 「まあまあ、メンゼフさん、マンゼフさん落ち着いて下さい。今、戻りました。」


 事の顛末を報告する。


 「そうか。よくやったな。十六夜。カイン。」


 十六夜さんはペコリと頭を下げる。


 「まあニコラこれもいい勉強代だと思え。裏切られたってことはおまえ10万PYNも払えねえだろっ」


 メンゼフさんが怪しく笑っている。


 「はっはい。今すぐは払えないです。たぶんアジトのお金も持っていかれていると思うので。」


 「そうか。まあ規則は規則だ。10万PYN払えないなら、働いてもらうしかないな。」


 「え~私がですかっ」


 「説明しただろっ。おまえに与えられる選択肢は2つだっ。ルークたちと同じ様にノース鉱山で1カ月働くか。もしくは借金を返し終えるまで、ギルドで働くかだ。」


 「え~私には肉体労働は厳しいので、ギルドでお願いしますっ。」


 「そうか。ギルドで働くかっ。なんでもするんだなっ。」


 「はっはい。」勢いに押されてニコラが頷く。


 メンゼフは嬉しそうに笑い、こちらを見て話す。


 「よかったな十六夜。おまえの直属の後輩ができたぞっ。これで助け手の人員確保だっ。」


 十六夜さんは呆れた顔をした。


 「そんなのりでいいんですか、メンゼフさん。この子裏切るかもしれないですよっ。」


 「そうだな。規則だから契約の首輪をつけよう。」


 十六夜さんは頭をかかえた。


 「でもそれはいい考えかもしれませんね。ニコラは盗賊ですし、十六夜さんとの相性も仕事の適性もバッチリだと思います。」


 カインが口をはさんだ。


 「だろ~カインはわかってるなっ! 」メンゼフさんは嬉しそうだ。


 「なっなに生意気に無能なカインが言ってるんですかっ。私そんなのするとは言っていません。」


 ニコラが怒り出す。今まで格下だと思っていたカインにまで言われたのはプライドが傷ついたのだろう。


 僕は困った顔でメンゼフさんを見る。メンゼフさんも肩をあげてどうすると聞いているようだ。


 言葉を出そうと口を開けようとすると、十六夜さんがすごい勢いで怒り出す。


 「あんたねぇ。さっきから聞いてりゃ調子に乗ってんじゃないよ。全部自分の身から出た錆でしょうが。命助けられたのにも関わらず、挙句の果てにカインに生意気ですって? あんた助け手がなかったら間違いなく死んでたのよっ。それにねぇ…」


 メンゼフさん、マンゼフさんはまた始まったという顔をしている。どうやら一度火がつくと十六夜さんの説教は長くなるのはギルドでよくあることみたいだ。


 「まっまあいいだろ。十六夜そこまでにしとけっ。」


 「いいえ。私は収まりませんしこんな態度で働くひとを絶対に認めません。カインさんにしっかりと謝るまで許しませんよっ。」


 もうニコラ泣いてますから、さすがにもう良いんじゃないですかとカインが言った。


 「もう皆甘いんだから。そうやって甘やかすからこんな小娘が調子に乗るのよ。あんた聞いてるの。それにね…」


 メンゼフがカインの肩をたたき、部屋の外に連れ出した。窓を開けてタバコに火をつける。


 「十六夜は良いやつなんだけどなぁ。一度火がつくと誰も止められないんだよ。なに10分もすれば収まるから、一服したら戻ろうやっ。」


 メンゼフさんはタバコを吸っている。カインはメンゼフさんに詳細を報告する。魔獣に追われて救助対象が移動してしまった場合は、救出するために階層を何階もくまなく探す必要があると。


 「確かに。盲点だったな。魔獣に追われている時は緊急事態だ。こうしてくださいと通達を出していても従うことはできないかもしれないなっ。ギルド側としても階層とパーティから仮説を立てて、助けに向かう必要があるかもしれないなっ」


 そうですね。と頷くと、そろそろ良い頃合いだろう戻るかと言い、部屋に戻った。


 部屋に戻ると、ニコラが正座してわんわん泣いている。


 泣いても許しませんよっ。と十六夜さんが言っているが、マンゼフさんは引いた目で見ている。


 「そこまでだ。十六夜。」


 メンゼフさんが手を叩き注目を集める。


 「ニコラなにか言うことがあるんじゃないか。」


 「カッカインさんどうもすみませんでしたっ…」


 泣きながら謝るニコラを怒る気持ちなんて起きなかった。オレもイグニスの槍に裏切られた身だ。悪いことをしていたとしても傷ついている姿を見ると同情してしまう。


 「僕は大丈夫ですから。ニコラこれからよろしくねっ。」


 手を差し伸べたカインにニコラが抱きつきながら泣いている。よっぽど怖かったのだろう。


 よしよし、ほら皆にもお礼を言いなさいっ。


 「皆さん救けていただきありがとうございました。」


 ひょんなことからニコラがギルドのメンバーとして働くことになった。


 そういえば、ルーク達はノース鉱山で元気にしているのだろうか…

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