第9話 火の精霊イフリート
ギルドは夕方に差し掛かり忙しさのピークも過ぎたのだろう。人の数もまばらだ。
電話がピピピピピと鳴る。この音は内線だ。
ミントさんが受話器を取り、カインに伝える。
「カインさん。ギルド長室でメンゼフさんが呼んでますよ~。」
どうやら、ギルド長室に呼ばれたみたいだ。
◇
「おう、カイン。まぁ掛けてくれ。報告したいことってなんだ。」
実は、昨日のエンリルの弓矢と同行した際、気になることがありまして。
「おう。無事達成できたらしいじゃねえか。カインの実力から見ると余裕だったか? やっぱり、エンリルの弓矢に加入するからギルド職員を辞めるとか言い出すのはやめてくれよ。」
全然余裕ではなかった。むしろ死にかけた。
「辞めませんよ。そろそろ信用してくださいよ。」
「わりいわりい。それで何があったんだよ。」
「実は…赤龍なんですが、ネーム持ちだったと思われます。」
笑いながら話していたメンゼフさんの顔が真剣な
これが証拠です。と赤龍の頭を差し出す。
「なるほど。そうだったのか。確かにでけえな。」
「はい。大きさですが、5メートルはありましたよっ」
「ごっ5メートルか…今まで聞いたことがねぇデカさだな。カインおまえよく勝てたな。」
首の皮一枚でなんとか。お茶を飲みながら答える。
「後…信じてもらえるか分かりませんが、こんなこともありまして…」
一部始終を説明する。ブレスを食らって吹っ飛ばされたこと。気絶して、神話に出てくるウンディーネみたいな女性と会話したこと。世界は緩やかに崩壊にむかっていると述べていたこと。赤龍の卵が消え、指輪になったと思われること。
これがその指輪です。と指輪を外しメンゼフさんに渡す。
「カインこれは……おそらくだが、魔法具じゃねえか。」
「魔法具ですか。」
魔法具と言えば、かなり高級品だ。貴族でもなければ見たことがない人が多いだろう。
物と性能によっては売れば一生暮らしに困らない金額が手に入る。
「魔法具と言えば魔力を流し込んでみろよ。何か起こるはずだぞ。」
メンゼフさんが指輪をカインに投げ返す。ほんとにこの人はガサツだ。
カインは指輪をはめ直し、触って魔力を流す。
指輪が光り輝く
火を
「メンゼフさん。これって…」
メンゼフは驚きソファからずり落ちる。
「俺も従魔ならほとんど分かるがこんなの見たことねぇよ。不死鳥<フェニックス>か。確証はねぇけど。神話とかに御伽噺に出てくるフェニックスそのものだろ。」
フェニックスと思われる鳥がカインの肩にとまり、上機嫌にピューイと鳴く。
メンゼフは席にキチンと座り直す。目は真剣そのものだ。
「フェニックスですか。話が飲み込めません。」
「とにかく、話しかけてみろよ。ウンディーネみたいに話ができるかもしれないだろ。」
カインの肩に乗っているフェニックスの方を向き、語りかける。
「やあ。僕はカイン。君は誰だい。」
『やっと出してくれたわね。カイン。このままずっと指輪に閉じ込められていたらどうしようかと思ってたわ。私は火の精霊イフリート。これからよろしく頼むわね。』
「メンゼフさん、火の精霊イフリートみたいですっ」
なにぃぃと言いメンゼフさんが立ち上がり、あごに手をあてぶつぶつとなにか考えているみたいだ。
火の妖精なんて神話の中の話だし、正直ピンとはこないが大事なのは間違いない。
「カイン、おまえを極力巻き込みたくはなかったが、そうは言ってられなくなった。他言無用で聞いてくれ。」
メンゼフさんが帝都議会によばれているのはどうやら大きいもめ事に巻き込まれているのではないかと思っていたが、帝国の姫様が神託を受けたらしい。
数年後、<大きな災害>が帝国に降り注ぐとのお告げがあったみたいだ。帝国では対策を講じるため、各地の優秀な人材が集められ会議が連日行われてるらしい。
「……」
言葉が出ない。現在の帝国では平和な世の中が当たり前だったが、急に平和が崩れるかもしれないなんて想像もしなかった。
「今まではダンジョン内しか魔物は出てこなかったが、ダンジョン外での目撃されることもちらほら増えてきていてな。その<災害>っていうものが近づいている証拠ではないかと言われてるんだ。」
「では、ネーム持ちのボスが出たのも、その影響ということですか。」
おそらく。と頷きメンゼフは頭をガシガシと掻く
「今すぐにカイン、お前になにかしろって言う話ではない。ただ、一度帝国議会に顔出して報告する必要はあるだろうな。それまではイフリートの件は他言無用で頼む。」
「もちろんです。僕になにかできることがあれば言ってください。」
ちなみにイフリートって隠せるのか。とメンゼフが尋ねる。
「家に帰ったら出すからちょっとだけ戻ってくれるかな。」
『分かったわ。家に戻ったらまた出してっ。』
指輪に魔力を流すとイフリートは消えていった。
「イフリートは極力隠すようにしてくれ。こんなの見たらパニックになるぞ。」
たしかに人前ではイフリートを出すのは得策ではないだろう。
「それに、すまないなカイン。お前も帝国議会に顔出すとなると、親父さんと顔合わせることもあるだろう。」
「事態が事態ですし、しょうがないですよ。」
まあなと言いながらメンゼフが大きくうなずく。
「とにかく、災害がなにかも具体的に分かっていねえし、今すぐどうこうって話ではないというのがお偉方の見解だ。ただ、これから各地で調査する機会が増えるかもな。」
帝国の鐘がなる。ギルドが閉まる時間だ。
「ちょうど良いタイミングだ。カイン、辛気くせえ話はここで終わりだ。今日も飲むぞ。」
世界の危機の話から切り替えの速さはさすが元冒険者といったところか。
メンゼフがビール瓶をカインに投げ渡す。乾杯する前から自分だけビールに口をつけているのはメンゼフさんらしい。
「そういえば伝え忘れてた。先日おまえを襲った男たちだが、ありゃ盗賊ニコラの手下だったようだ。」
「そうですか。」
「おまえ…そうですかって。そんな興味ないか。一応襲われてんだぞ。」
「いえ。たしかにあまり興味ないですが、恐らくそんなところだろうと思っていました。」
「ふむ。で、どうする。憲兵にでも差し出すか。」
「いえ。大丈夫です。こってりマンゼフさんに絞られたでしょうし、次はないことは分かってると思います。」
カイン様は心が広いな~と茶化される。
「話は変わるが、イグニスの槍やばいみたいだぞ。90Fのボス戦どころか、ボスまでたどり着けていないらしい。今の実力だったら、50階でも厳しいかもな。ギルド長としては正直、痛いんだが…一人間としてはざまぁみろだな」
カインは古巣のパーティのことを聞いてもどうも思わなくなっている自分に驚く。
「そうなんですね。」
「まぁ古巣の話ししても何だな。馬鹿話でもしようや。なんか浮ついた話わねえのかカイン。」
「……」
昨晩の記憶がないので、なんとも言えない。
「こりゃビンゴだな。」
◇
メンゼフさんと一杯だけ付き合い帰路につく。
ニヤニヤしながらおじさんが相談に乗るぞという姿はまぁまぁ腹がたつ。
あの顔は他人事だと楽しんでいる顔だ。
明けの明星でご飯を買い、家で食べよう。
イフリートのことも調べたいし、早く出してあげないとな。
『首を長くして待ちわびたわ。カイン』
「遅くなって悪かったよ。イフリートさんって呼べばいいのかい。」
『イフリートは種族みたいなものよ。あなた人間のことを人間さんとは呼ばないでしょ。』
それはたしかにそうだ。
「じゃあ名前はなんて呼べばいい。」
『名前はないわ。別にほしいわけじゃないし。せっかくだったら名前を付けてくれてもいいけど。』
「そうだな。イブなんてどうだい。」
『悪くはないわね。』
そう言うと、フェニックスが光を発し、人間の姿に変化した。
姿を見ると身長もほとんどカインと変わらない。どうやら女性のようだ。真っ赤な髪の毛に赤い目。目はフェニックスだった姿と似ている気もする。
この助成はイブなのだろう。
…たぶん。
「驚いた。イブは本当に精霊なんだな。」
「そうよ。でも人間の姿になるのって疲れるから、あまりしないんだけどね~、久しぶりに人間と話したくなっちゃった。」
イブが大きく背伸びをする。
「イブ、世界が災害に巻き込まれそうらしいんだが、何か知らないか。」
「残念ながら、私も分からないわ。なぜカインにお呼ばれしたかも知らないの。」
イブが晩御飯に買ってきたオークの唐揚げをつまむ
「そうか。って精霊ってご飯は食べるんだな。」
「ううん。精霊は食事から栄養は取らないわ。強いていうなら食事はカインの魔力ね。ってなにこれっ! めちゃくちゃ美味しいじゃない。100年前はこんなに美味しい料理はなかったわよ。カイン明日もこれ絶対買ってきなさいよ! 」
今日から食費がかさみそうだ。
「それにしてもカイン。あなたあまり驚かないのね。」
つまんなーいと言いながらベッドにダイブする。
驚いているさ。驚いてはいるがいろいろと唐突すぎて、感情が追いついていないというのが事実だ。
「なんにせよ。これからイブこれからよろしくな。」
「ええこちらこそ。よろしくねカイン。」
眠いから先寝るわと言い。ベッドに潜り込む。精霊も人間の姿のままで寝るんだな。
おなかもすいたし、さっさと食事をすまして、屋敷の掃除でもしよう。
椅子に座る。
……って野菜以外全部イブに食べられてる。
カインは野菜だけの寂しい食事にありつくのであった。
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