扉の先に待っていた答え

髙橋

1

「久しぶり探偵さん、私のこと覚えてる?」


そう言い終わると、探偵はしれっとした顔でコーヒーを飲み始めた。


「え?それだけですか?」


探偵とテーブルを挟んでソファに座っている助手は探偵の言ったことに拍子抜けしたようで、ポカンとした顔で答えた。


「そうだよ、そんなに意外だったかな?」


と、探偵は微笑みながら答えた。


 話の発端は数分前に戻る。


助手は明らかにイライラしており、思わず口を開いた。


「もういい加減にしてくだいよ、西伊場さん!依頼はいくつもきてるんですよ」


呆れ顔でそう言うと、この事務所の一応の主である探偵の男、西伊場に非難の目線を送る。


「そうは言ってもねぇ。だってさぁ若林君。依頼といっても退屈なものばかりじゃないか」


「探偵の仕事なんてそんなもんでしょ。浮気調査とか失踪人の捜索とか」


「そういうのっていまいち私の興味をそそらないんだよねぇ」


「だからさっきから言ってるでしょう!選り好みできる身分じゃないんだから!依頼があるだけありがたいって話なんだから!」


探偵はゴロンとソファに寝そべると


「それじゃあ一つクイズを出そう。君がそれに答えることができたら仕事を始めようじゃないか」


「いきなり何ですか。ごまかさないでくださいよ。なんでクイズなんか・・・」


「まぁそう言わないで。それにクイズをやっているうちに私のやる気スイッチも入るかもしれないよ?」


こうなってしまっては仕方がない、この探偵にやる気を出させるためにはある程度コツがいる。

長年この探偵の助手をやっていると、嫌というほど分かってくる。

ここは一つ、この提案にのってやろうと若林は考え、ため息をつきながらも


「約束ですよ?私がクイズに正解したら、すぐに仕事に取り掛かるんですからね?」


「任せておきなさい。滅多に約束は破らないよ、私は」


西伊場は寝そべりながら右手を挙げ、ヒラヒラさせながら答えた。


「それでは問題。さっき私は何に会ったでしょう?」


そう言うと西伊場は首を若林の方に向けて、


「ルールとして君の質問一つにつき、私は“はい”か“いいえ”で答える。

質問の数は10個まで。それまでに答えを導き出してくれ。当然私も嘘はつかない。聞かれたことには正直に答える。20の扉、いや10の扉ってとこかな」


若林は少し考えると


「ちょっと情報が少なすぎませんか?何に会ったかだけでは見当がつきません」


「それじゃ一つヒント。相手が最初に言ったことを教えようか」


 そして話の流れは冒頭に戻る。

“久しぶり探偵さん、私のこと覚えてる?”

 この言葉だけで人物の特定をすることはできない。しかしいくつか推測することはできる。

覚えているか?と尋ねてくるということは西伊場と以前会ったことがあるということ。

探偵の仕事で会ったのか、あるいはプライベートか、まずはそこから突き止めよう。

そう考えつつ若林は口を開いた。


「では質問、その人は友人ですか?」


若林が尋ねると西伊場は


「いいえ」


と即、答えた。


「なら、家族?」


「いいえ」


またも外した。友人でも家族でもないとすると、昔の恋人とかだろうか。あるいは学生時代の恩師とか先輩?バイト先の店長?

こう考えていくとキリがない。それならば


「その人は探偵の仕事以外で知り合った人ですか?」


「いいえ」


ということはプライベートではない。


「その人は依頼人ですか?」


「はい」


依頼人と会ったのか。しかし、覚えてる?と聞いてくるぐらいだから相当前の依頼だろう。

次は依頼の内容を知りたい。そうすれば大体の人物像が見えてくるはずだ。


「その依頼人は浮気調査の依頼で来た?」


「いいえ」


「なら、失踪人の捜索?」


「いいえ」


まずい。この聞き方では質問の数を浪費してしまう。すでに6個も質問してしまった、あと4つで答えを出さなければならない。

西伊場の方はというと、さぞ面白そうにニヤニヤ笑っている。

なんとも腹が立つがここは我慢だ。冷静に頭を働かさなければ。


 その人物はここの探偵事務所に依頼があって来た。そしてその内容はありがちな浮気調査でも失踪人の捜索でもない。ということはだ・・・。


「その依頼は刑事事件になるようなものだった?」


「いいえ」


どうやら事件性がある類のものではないらしい。

ピンポイントに一つ一つ聞くのではなく、もっと大枠でとらえなければ。


「その依頼人は何かを探しに来た?」


「はい」


「その探しているものは生き物?」


「はい」


人の捜索ではなく、生き物の捜索ということは・・・


「依頼人はペットの捜索を依頼しにここへ来た」


「はい。さぁこれで10個だ。」


と西伊場は言うと、むくりと起き上がりソファに座り直すと、若林を正面から見据えた。


 若林は口元に親指と人差し指をあてて、考えている。

しぼれてはきた。しかし、気になることがある。

“久しぶり探偵さん、私のこと覚えてる?”という依頼人の言葉だ。

久しぶり、なら分かるが覚えてる?というのはやはり違和感がある。

まるで何十年ぶりかに再会したかのような言い回しだ。

自分の容姿が加齢などで変わってしまった。だから、覚えてる?と尋ねた。

そういうことなのだろうか。しかし、知り合いではない。

・・・待てよ、容姿が変わったということは・・・


「さぁ、分かったかな?」


西伊場が尋ねると、若林は考えがまとまったらしく、顔を上げて答えた。


「ええ、分かりました。西伊場さん会った人というのは、ペットの捜索をかつて依頼してきた人。

しかもその依頼人は小学生ぐらいの子供でしょう。おそらくは数年ぶりの再会で依頼した当時よりも大分成長していたんじゃないですか?だから依頼人は自分のことを覚えているか?と尋ねた」


若林の推理を聞き、西伊場は嬉しそうに笑うと


「いいね!でも半分正解といったところかな。依頼人が子供だったってのは正解だよ。ちなみに女の子ね」


「あとの半分は?」


助手が尋ねると、探偵はニヤリと笑い


「正確には犬を抱えた女の子、だね。君、肝心の犬を忘れちゃだめだよ」


「でも誰に会ったか?って問題だったでしょう」


「いや、私は“何に会ったか”と言ったんだ。誰ではなく、何だから当然犬でもいい。だから女の子と犬が両方答えに入ってないと完璧な正解とは言えないね」


それを聞くと、若林は頬をふくらませ


「屁理屈じゃないですか、そんなの。少ない情報から女の子までたどり着いたんですよ。

というかペット探しなんか、つまらないとか言ってませんでした?」


そう言うと西伊場は


「まぁね、あの頃は気持ちが沈んでいてね。ちょうど彼女を亡くしたばかりだったから」


 若林はハッとした。そうか、もうそんなに経つのか。西伊場の恋人が亡くなってから。

そしてその女の子はちょうどあの頃に現れたのか。


若林が黙っていると、探偵は続けて


「あの頃はね、気持ちが沈んで生活もかなり荒れていた。まるで街灯のない真夜中の道をずっと一人で歩いているようだった。毎日ここで酒ばかり飲んでいてさ。

そんなある日、事務所のチャイムをしつっこく押す客が来てね。最初は居留守を使ってやろうと思ったけど、あまりにも粘るもんだから頭にきて、怒鳴りつけてやろうと思ってドアを開けたらあの子が立っていたんだ。正直面食らったね。てっきり、セールスか、宗教の勧誘だと思ってさ。

まさかあんな小さい女の子が一人でいるとは思わなかった。すぐに追い返そうと思ったけど、彼女必死に行方分からなくなった子犬を探してほしいと言うんだ。ここの事務所の住所、スマホで調べて自分一人で来たんだぜ。あの女の子の真剣な熱意に何か感じるものがあってさ、それで依頼を受けたんだ」


「あの子に、覚えてる?と聞かれたとき、あの女の子と犬だけでなく、ちょうどあの頃のことを思い出してね。失踪した犬を探しているうちに自分でも少し気が晴れていくような気がしたんだ。子犬を見つけ、あの子に報告すると本当に喜んでくれてね。

その笑顔を見て、何だか私の心もスッと軽くなった気がしたんだ。

あの子の笑顔が真夜中の暗い暗い道にいた私を、日の当たる所へ戻してくれた気がしてさ」


西伊場はそう言うと、目を細めて


「それにしても子供の成長は早いね。あの子も犬もずいぶん大きくなっていたよ。

あの子、来年から中学生だそうだ。元気そうだったよ。本当にね・・・」


言い終わってしばらくすると、西伊場はコーヒーをぐいと飲み干し


「さてと!仕事を始める前にコーヒーを淹れ直そう。君もどうだい?」


「ええ、いただきます」


それを聞くと西伊場はカップを二つ持ち、コーヒーマシンの方へ歩いて行った。

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